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第54話 やっぱり紙を食べるのはダメだったかなぁ……


―――――――――――――――――――




【人間族のオスが滅ぶ可能性があるのはさすがに見過ごない。お互いの状況は報告し合う決まりなのに、呪いについて全く情報がないというのも怪しい。この話をしたのは、貴様に人間族について調べてほしいからだ】




―――――――――――――――――――




「魔王様にはそう言われたが、やはりケンちゃんと離れ離れになるのは寂しいねぇ」


 ここは、魔界と人間界の狭間に位置する町酒場。


 昔から情報取引の場として使われており、座っているだけで「新しく人間族のオスが生まれた」だの「今年は野菜が不作だった」といった噂が耳に入ってくる。


 こうした新鮮な情報が入ってくるのは、人間族を研究している身としてはありがたい限りだ。


 ただ……


<聞いたか?魔界に人間族のオスが現れたらしいぜ。名前はケンちゃんっていうんだと。羨ましいよな~


<ケンちゃん……そんな名前、オス名簿にあったかな?戻ったら確認しないと


 ”深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている”とは、まさにこの酒場にぴったりの言葉だと私は常々思う。


 ここが魔界と人間界の狭間に位置する性質上、この酒場には人間族の姿も時折見られる。

 私が人間族の情報を集めているように、彼女たちもまた魔界の情報を集めているのだ。


 やはり、ここでも“ケンちゃん”の話題で持ちきりのようだ。まぁ、あれほど堂々と宣伝したのだから当然と言えば当然か。


「これは向こうのお偉いさんに知られてしまうのも時間の問題かもしれないねぇ」


 もちろん中には、『ケンちゃんの人懐っこい様子を見るに、オスではなくメスだった』という情報や『人ではなく空から降り立った神の使いだ』という突拍子のないデマ情報も混じっている。


 ただ、例の写真付きの魔新聞が売買する現場を見るに、『人間族が魔界にいる』という情報が知られるのは確実だろう。


「……魔王様の話では、誘拐と誤解されないよう色々と工作しているらしいが、果たしてどこまで通用するのか」


 こればっかりは魔王様を信じて、祈るしかないねぇ。


 カラン……コロン――


 注文していた酒を一口煽ると、木の扉が軋む音と共にゆっくりと開き、深いフードで顔を覆った一人の女性が現れる。

 その女性は、まるで何かを探すかのように店内の隅々まで目を走らせる。


「やぁやぁ、遅かったじゃないか。待ってたよぉ、カメレオン君!」


 笑顔を浮かべ、手を大きく振りながらカウンターにチップを滑らせる。

 マスターは言葉を発さず、じっとこちらを見つめた後、ゆっくりと頷いた。


 その合図に従い、たった今店に入った女性と共に、防音魔術で守られた奥の部屋へ足を運ぶのだった。



===================



「カメレオン君……いや、もう誰も聞き耳を立てていないか。久しぶりだねぇメーテル君。1年ぶりかい?こうして顔を合わせるのは」


「お互い忙しいんですから、久しぶりになるのも無理ありませんよぉ……特に私は、世界中を移動しまくっていますからぁ……」


 彼女はゆっくりと椅子に腰を下ろし、そっとフードを取った。


 するとその瞬間、ピンク色だった肌がみるみるうちに鮮やかな緑色へと変化していく。


「相変わらず不思議な体だねぇ」


 彼女は爬虫類族カメレオン種のメーテル。多種多様なオスの生態を研究する傍ら、旅の途中で拾った情報を売買することで生計を立てている。


 カメレオン種特有の魔法を使わずとも透明化ができる特性により、噂話の収集や機密情報の保管場所への潜入を難なくこなせるらしい。


 それに加えて、壁にも張り付けるっていうんだから羨ましい限りだねぇ。


「それにしても……アウラさんなんだかすごく雰囲気が変わりましたぁ。前よりもずっと綺麗っていうか、髪もつやつやしててなんだか別人みたいですぅ……」


「おや、気づいてくれるとは嬉しいねぇ!」


「何か心境の変化でもあったんですかぁ?アウラさんって、『おしゃれはしない!時間の無駄だからねぇ』ってずっと言っていたはずなのにぃ……」


 口元をわずかに歪めて怪訝な表情を浮かべる。疑念と軽い驚きが入り混じったその視線が、こちらに向けられた。


「最近、ちょっとした心境が変化してね。髪を整える以外に服も思い切って新調したりしてるのさ」


 だって、よく考えてもみたまえ?


 服を変えるたびに、ケンちゃんがキラキラと目を輝かせて満面の笑みを見せてくれる。


 その笑顔を見ていると、胸の奥がなんだかくすぐったくなって、思わず頬がゆるんでしまうんだよ。


 こんなの、どうしたって嬉しくなっちゃうじゃないか!


「大好きな子に喜んでもらえるってのは案外悪くないのさ。ふふっ」


 ケンちゃんがいない間も、人間族で流行っている服をつい買ってしまった。

 おかげで私の部屋はかわいいフリフリの服だらけになっている。


 まったく……数か月前までは冷血だとか怖いだのと言われてたのに、すっかり乙女になってしまった。


 これはもう、責任を取ってもらうしかないねぇ♡


「ふふ、そういうメーテル君は……なんだか痩せたんじゃないかい?」


 以前から細身ではあったが、今は単に痩せたというより、まるで重い病気にでもかかったかのようにげっそりとやつれて見える。大丈夫だろうか。


「えっと……実は最近お腹を壊しまして。悪いものを食べ……いや、むしろ良すぎるものを食べて体が興奮したのかもしれないですぅ。体調はもう落ち着いているのでご心配なくぅ……」


 メーテル君ゆっくりと自分のお腹をさすりながら、どこか恍惚とした表情を浮かべている。


 ふむ……オスの研究のために世界各地を飛び回っているんだ。その分、体に合わない食事でお腹を壊すことが多いのかもしれないねぇ。


 次回の密会では、消化に良くて美味しい料理が味わえるお店を指定してあげよう。


「あ、そうそう。本題に入る前に少し聞きたいことがある。手紙に書いてあったけど――君、オスと交尾したらしいね?」


「はい……この前、ようやく30人を超えました」


「30人……よくもまぁそんなにオスと出会えるものだねぇ。もし魔界中にこのことが知れ渡ったら、確実に拷問されるから注意するんだよ?」


「は、はい……そのあたりはうまくキャラを変えて、バレないようにしてるからご心配なくぅ」


 オスと何度も交尾した事実が知られたら、恨む人と情報を引き出そうとする人で指名手配されるだろう。


「で、そんな経験豊富な君に相談なんだが、実は最近オスと交尾しようと思っていてねぇ。先駆者のきみにアドバイスを聞きたいんだが……なにか注意点はあるかい?」


「おお、ついにアウラさんもですかぁ。そうですねぇ……最初はオーソドックスに髪の毛がいいと思います。いい感じに喉に突っかかって、交尾してる感があって最高ですぅ」


「髪の毛?よくわからないが、こう……入れる時の注意とか嫌がる行動とかあるんじゃないのかい?ちなみに相手は人間族のオスなんだが」


「?」


 メーテル君は首をかしげ、私の言葉が理解できなかったような戸惑いの表情を浮かべている。


「……確認なのですが、交尾ってオスのDNAを体内に取り込むことで間違いないですよね?」


「まあ、言い方を変えればそうなるのかもしれないねぇ」


「なら、遠慮せず思いっきり「パクッ!」っといけばいいと思います。食べられる側も変な工夫をされるより嬉しいですから。最初はシンプルが一番ですよぉ」


「なるほど。遠慮せずに思いっきり『パクッ!』っと……だね。ありがとう。参考にさせてもらうよ」


 エルフの森から戻った頃には、きっとケンちゃんは言葉をしっかり覚えているだろう。

 そうなれば『ラヴァイス』の本当の意味を知っているはずだ。


 ケンちゃんが私に一目惚れしているのはか確実だし、今度こそ自分の気持ちを伝えてくれるに違いない。


 その瞬間こそ、わしとケンちゃんが真の夫婦として結ばれる日。これなら魔王様も文句を言えないはずだねぇ。


「ふふ……思いっきりパクっと♡楽しみだねぇ」


 こんな私を異性として見てくれたケンちゃん。


 不貞腐れていた私を解放してくれた大大大好きなケンちゃん♡


 そんなあの子のためにも……


「さて、雑談もここまでにしてそろそろ本題に入ろうか。人間族の調査を依頼してからもう2週間。何か分かったことはあるかい?」



 少しでも早く、ケンちゃんの謎を解き明かさないといけないわねぇ。


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