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第53話 オスガキ童話

【む、昔々ある所に……竜族のお姉さんがいました】


「オネエサン……ムカシ……イタ」


 僕は文字の読み方を覚える練習として、フィーリアさんに絵本を読み聞かせてもらっていた。


 緊張しているのか、時折ページを二枚まとめてめくってしまったり、言葉に詰まって小さく息を呑んだりしている。

 それでも、諦めずに一文一文を丁寧に声に出して読もうとする姿は、どこか愛おしく頬が緩んでしまう。


 見ず知らずの僕なんかの為にここまでしてくれてありがたい。


「フィーリア……ラヴァ」


「ん?ケンちゃんどうしました?」


「ナ、ナンデモ……ナイ」


 危ない、危ない。『ラヴァイス』はお礼の言葉じゃなくて、言っちゃダメな言葉だった。


 唯一覚えてる言語だから頻繁に使ってたけど、これからはもっと気をつけないと。


 それに、帰ったらアウラさんに謝らないといけないな。一番この言葉を口にしてしまったし、今までのことは勘違いだったってちゃんと伝えよう。


 そして、もう二度と『ラヴァイス』なんて言わない!って約束もしなきゃ。


「とりあえず、読み聞かせを再開させます……こほん」


【そんなある日。空を自由に飛んでいたところ、遠くに見えた人間族の村で性的にいじめられている人間族のオスを見つけました】


【「私に貸せ!私の物は私の物!人間族の物は私の物だ!」】


【人間族のメスが心の底から嫌いな竜族のお姉さん。そう言い放つと村を焼き払い、一面をは焦土と化します】


「?????」


 子供向けのほんわかしたイラストのはずが、一面に炎が描かれ、火は人々や家々へと容赦なく燃え広がっている。


 まずは耳で発音を覚えて、後からじっくり意味を理解してくださいって言われたけど……どんな話なんだろう?


 この村焼き尽くした女性が悪者なのだろうか?


【「さすがは魔族!好き!もう人間族なんて忘れます!私と結婚してください!お婿さんにしてください!」】


【当然。人間族を蹂躙するところを目撃した人間君はそのたくましい姿に一目惚れ。その場でプロポーズと初夜を行いました】


【「お”ぉ”ん!お”ぉ”ん!ひぐぅ」……竜族のお姉さんとベットに挟まれて可愛く鳴く人間族。やはりオスは無理やり襲うに限ります」】


「……………」


(絶句してどうしました?今のシーン、このお話の中で一番盛り上がるシーンなのですが……)


 どうしました?って言われても、明らかに明らかなシーンが始まったけど…………なんで?


 何の前触れもなく、しかも真顔で話を読み進めていくもんだから、頭が混乱して言葉が出ない


 さっきフィーリアさんは、この本を手にしながら

、【これは魔界で一番有名な童話で、広く知られているポピュラーなお話……です。内容もわかりやすくて、魔界の価値観を色濃く反映してます】……って説明してたじゃん!


 ってことはあれか?この世界の子どもたちは、このシーンを当たり前のように読んで育つのか?


 この異世界、性に対して奔放過ぎない?


『ほう……エルフたちの【オスガキ解放物語】は、このシーンをいちゃラブ展開にしとるんじゃな。わしの時は、逃げようとする人間君を力づくで“わからせる”交尾だったのう』


「どうやら地域によって違うらしいですよ。牛族のラッテさんのところは甘やかしプレイだそうです………主役も牛族に変わっているとか」


『ふむ……300年も前から語り継がれてきた話じゃし、本筋に関係ない部分は、それぞれの好みで脚色されてきたんじゃろ………とはいえ、登場人物そのものを変えてしまうのはどうなんじゃ?』


「おそらく物語としての整合性よりも、性欲を優勢したんでしょうね」


『その欲望に忠実な所は、実に魔界の住人らしいのう……』


 言葉はわからないが、近くにいたルナさんとラミィさんが本を覗き込み、楽しそうに雑談している。

 特に驚いた様子もないあたり、どうやらこの物語がこちらの世界での普通らしい。


【初夜が明け、人間君と一緒に食事をしていると、なぜあんなことになったのかを話し始めました】


【「実は、僕たち人間族のオスは不当に監禁されていて、毎日苦しい思いをしているんです!」】


【どうやらこの人間君、人間族に監禁されていたところを逃げ出してきたようです】


【「私だって監禁したいのに……ぶっ殺してやる!」】


【それを聞いたお姉さんは激怒しました。お姉さんには政治がわかりません。ですが、この状況が許されるべきではないことだけは理解しました】


【「ここに紐を通して………よし、一緒に復讐しょうな?旦那様♡」】


【オスをしっかりと腰に括り付け、お姉さんは人間族の住む島へと今!飛び立つのです!】


「オス……ツケル……オスヲツケル?」


 唯一の人間ということで感情移入していた人間君は、まるでケータイにぶら下げられたマスコットのように、ぶらぶらと揺れている。


 なんとも情けないがなぜだろう……他人ごととは思えない。

 哀愁漂うこの顔は、次はお前だ!と言っているように感じられる……僕疲れているのかな?


【焦げた村の飛び立って数分。疲れたので地面を歩いていると、草村から物欲しそうな顔をした獣人族が現れました……】


【「竜族さん♪竜族さん♪お腰に付けたオスの種♪一口私にくださいな♪」】


【「犯ーりましょう♪犯ーりましょう♪これからゴミの~お掃除に♪ついてくるなら犯りましょう♪」】


【「犯って殺るわん!」】


【パン!パン!パン!】


【一緒に人間族のオスを食べた二人は友情が芽生えて、一緒に人退治へと……】




===================




【こうして、心優しき竜族のお姉さんのおかげで、オスを独占しようとした悪しき人間族は滅びました】


【「我々オスを下等種族の人間族から救ってくれてありがとうございます。お礼として皆様の婿にならせてください♡」】


【そして、旅に同行していた獣人族・鳥獣族・牛族・蛇族・深海族・昆虫族などの仲間たちは、救出したオスたちを大事に分け合い、それぞれの地元で幸せに暮らしたのでした。めでたし…めでたし…」


 パチパチ……


(ど、どうでしょうか?お話の内容はそのままですけど、絵柄だけは頑張ってアレンジしてみたんです。ちょ、ちょっとでも楽しんでもらえたらなって……)


 絵本を閉じたフィーリアさんは、頬を少し染めながら、照れたようにこちらの様子をうかがっている。


「ヨイ……フィーリア……スゴイ」


 話の内容はちょっとアレだった……というか、異世界人の僕では理解できない領域に達していたから考えないことにしてたけど、可愛い絵を描けるのはシンプルにすごいと思う。


 僕も最近、まるちゃんさんやゴンさんを描いているけど、こんなに愛嬌のある絵にはならない。


 やっぱり丸みの付け方とか、そういう細かいところの差なんだろうか?


「うぅ……絵を褒めてもらえたのなんて、久しぶり……です。たとえお世辞でも、すごく……すごく嬉しい……です!」


「フィーリア……オシエテ……オシエテ!」


 懐から、いつも暇な時に絵を描いている手帳を取り出して、フィーリアさんに見せる。


「ケンちゃんも絵を描くんですね……ふふ、線が少し曲がってますが可愛らしい猫の絵……です」


 取り出したまるちゃんの絵を見たフィーリアさんは、優しくにっこりと笑みを浮かべる。


「でも、もっとここをこうすれば…………どうでしょう?」


 フィーリアさんが僕の絵に手を加えると、ぺたんと平面的だった絵が急に立体感を帯びて、生きているみたいに輝き出す。


「スゴイ!スゴイ!フィーリアデス!」


 まるで彼女の指先から命が吹き込まれていくように感じ、感動のあまり思いきり彼女を褒めた。


「ふへへ……オスに褒められるなんてなかなかの快感……です。他にもいろいろ描いてるんですね。これはルナさん?こっちのルナさんはすごく可愛い……です。現実の方と交換してくれないでしょうか……」


 何かを呟きながら、ページをペラペラとめくるフィーリアさんをじっと見つめる。

 自分より上手い人に絵を見られるのは、ちょっと恥ずかしい。ダメだしされてたらどうしよう。


 ピタ……。


「え……」


 ある程度ページをめくったところでフィーリアさんの手が止まり、にこやかだった表情が一瞬にして驚愕に変わる。


「これって……」


 そこには、つい先日書いたフィーリアさんの似顔絵があった。


「……ぐすん」


 フィーリアさんの顔から大粒の涙がこぼれ落ちる。


「ナカナイ……ダイジョウブデス?ゴメンナサイ?」


 もしかして、僕が気づいていないだけで、『ラヴァイス』のような禁句を言ってしまったのだろうか……そう思い必死に謝る。


「ヴェーーーン!!情が移らないように必死に距離を取ってたのに!!こんなの見せられたら無理……です!!ケンちゃんの人たらし!!!」


 ギュッ!


 フィーリアさんに抱きつかれて、服がびっしょりと濡れた。

 鼻水と涙の感触がお腹にまで伝わり、少し気持ち悪い。


「うぅぅ……どうしてケンちゃんはエルフのオスじゃないんですか〜!やっとの運命の出会いだと思ったのに、世の中は不公平です!こっちは今日のことを数百年も引きずる羽目になるんですよ~~~!!!」


 大号泣である。ここまで泣いた人は初めて見たかもしれない。


『こらフィーリア!ケンちゃんが困っているではないか!さっさと離れんか!それにその場所はわしの特等席なんじゃぞ!』


「いやです!」


『生意気な……ラミィ!こいつを魔法で拘束するのじゃ!』


「無理ですよ……このままだとケンちゃんに直撃します。それに、少しくらいは許してあげてもいいので?ケンちゃんも困惑しているだけで、嫌がっている様子はありません。むしろ、この3日間ケンちゃん相手に頑張って耐えた方だと思いますよ?」


『いやじゃ!わしはこれから人吸いをしようとしていたのに、他のメスの匂いがついているとは到底許せん!今すぐケンちゃんから離れるのじゃ~~~!』


 ガシガシガシガシ!


「うぅ……ケンちゃ~~~ん!!!離れたくないよぉぉぉ!!!」


 僕から離れんとするフィーリアさんと、それを引きはがそうとするルナさんとで激しい攻防戦が繰り広げられる……


 どうして僕の周りにはいつも争いが起きるのだろうか。よくわからない。



===================



【オスガキ解放物語】


 かつて親しかった人間族と魔族の仲に亀裂を入れる目的で生まれた童話


 初めは典型的な昔話だったものの、普及しなかったため、各地域の語り部が自分好みの交尾シーンを加えていった結果、地域によって交尾シーンや登場人物が大きく異なるものになってしまった。


 この世界では種族ごとに物語の設定が変わることは珍しくないらしい。


2042年版 異世界異文録より抜粋


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