第5話 人間族の食事を作れか……唾液までならセーフか?
今回から理解できない言語については「()」って区切ります。
ガシャン!
『(さぁ!どんどん食べて大きくなるのだぞ?そして精をつけて体力が回復したら………ふふふ)』
あの後、抵抗虚しく連れて行かれた僕は、ドラマで見るようなやたらと長いテーブルの中央に座らされた。
テーブルの上には、正体不明で僕の顔よりも大きな骨付き肉が堂々と鎮座しており、表面にはちょうどいい焼き目がついている。
「これ食べていい?変な魔物の肉だったりしない?」
美味しそうな匂いはするものの、未知の食材を前に尻込みをしてしまう。
『(うーむ、食べないのう。この子を拾った森に生息している魔物の肉を急いで調達したのじゃがなぁ)』
「(私たちのこと警戒してるのかもしれませんね。先ほどルナ様が乱暴に扱っておりましたし)」
『(ぐ……だがきっとお腹が空いてるはずじゃ!お腹とか見てみろ!ガリガリだぞ!)』
ペラ……
お肉を観察していると、いきなり服をめくられて僕のぷにぷにのお腹が露わになる。
「(ルナ様!いきなりエロいものを見せないでください!こっちは体を巻きつけたい欲求を必死に我慢しているですから!)」
『(すまんすまん…………)』
この世界にはご飯を食う前に服をめくる習慣でもあるのだろうか。変な文化だけど郷に入っては郷に従えというし、抵抗せず黙っておこう。
『(だが、このままなにも食べないと飢え死にしてしまう……そうだ!昔まるちゃんの食事をあげる時にしていたみたいに……)』
犬耳の女性は、骨付き肉から器用に肉をそぎ落とすと、それをナイフで細かく刻んで一口分にまとめた。
『あーん♡』
そしてそのお肉をスプーンに乗せて口の近くへと運んでくる。
これは……食えってこと?
大丈夫?僕がぶくぶくに太った後にその狼の餌とかにならない?
「まぁ、でも飢え死にするよりかはマシか」
モグモグ……
一抹の不安はあったが、この世界に来てから何も口にしてないこともあってお腹はペコペコ。渋々目の前の肉を口に運んだ。
ゴックン……
うーーーーーーーーん、微妙だ。
ご馳走してもらった立場なのであまり悪くは言いたくないが、本当にただ焼いただけの肉という感じで、単調で飽きそうな味だ。
正直、病院食の肉のほうが多少の塩が効いてて美味しかった。
『(どうじゃ!美味しかったか!ふふ、ほっぺがモチモチしていてかわいいのう)』
ツンツン……
「いたっ……あの、すみません。食事をしている最中なので、頬を触るのはやめてもらえますか?」
ツンツン……
『(そうかそうか♡ふにゃふにゃと鳴きよって、そんなに美味しかったのか!よし、ならばもう一回いくぞ。はい、あーん……んほぉ♡これはなかなか♡)』
「(ルナ様!私にもやらせてください!)」
『(それはよいが大人しく食べてくれるかの~。わしは信頼関係が出来とるから食べてくれたが、ラミィは大きくて怖いからな~)』
「(……体が大きいの気にしているんですから、あまりからかわないでください)」
「(からかうも何も事実じゃろ……ほれ。慌てずそっと差し出すのじゃぞ?)」
何か言い争った後、今度はメガネの女性がスプーン持ち、震える手で肉を差し出してくる。
その目はバキバキに見開かれ、まるで蛇に睨まれた蛙のような気分になりちょっと怖い。
「(こ、こわくないですからねー)」
プルプルプルプル…………
緊張しているのか、差し出されたスプーンが尋常じゃないくらい震えている。
別に自分で食べるから、無理をして食べさせようとしなくてもいいのに……まぁ、いいか。
パク!
「(食べた……見ましたか!食べましたよルナ!…コホン……ルナ様)」
「(嬉しいのはわかったから尻尾をブンブンと振るのはやめんか!この子が怖がってしまうだろ!あと、次は我の番じゃ!早く代わらんかい!)」
「(もう一回!あともう一回やらしてください!はい、あーん♡)」
===================
モグモグ……パク!
「あーん♡」
モグモグ……パク!モグモグ……パク!
『あーんじゃぞ♡』
モグモグモグモグ……パク!モグモグモグモグモグモグ……パク!モグモグモグモグモグモグモグモグ……パク!モグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグ…………………パク!
「うっぷ......ギブアップ!もうお腹いっぱいです!」
数十分の間、二人の女性からノンストップで口の中にお肉が押し込まれる。
一見幸せな空間に見えるかもしれないが、飲み込んだ瞬間には口の中に新たな肉が投入されるので休む事ができず顎が痛い。せめて水でも飲ましてほしい。
『(ふにゃふにゃと、本当に可愛いのう♡シェフ!もっとお肉を焼いてくれ!大至急じゃ!)』
「(かしこまりました)」
『(これ以外にもたくさんお肉を用意しているから、しっかりと食べるんじゃぞ?)』
がぼ!
相変わらず何を言っているのか分からないが、休むことなく無理矢理口の中に肉を押し込まれる。
最初は食事だと思って吞気に食べていたが、もしかしてこれは拷問の類ではないだろうか。
「お、おお……お」
う……お水が飲みたい!お肉だけ食べさせられるのめちゃくちゃ辛い!
病院食は野菜中心の食事だったのもあってか、胃がこれ以上食べるのを拒否している。正直吐きそうだけど、そんな粗相をしたらぶっ殺されそうで怖い。
ここは必死に耐えなければ……
もぐ………もぐ……もぐ……………
半分白目を剝きながらただ顎を動かすことに集中する。
あと少しで出されたお肉を食べ終わる……ここを耐えれば、きっと剣と魔法の大冒険が待っているはずなんだから!
「(ルナ様、こちらが追加で焼きましたハニーラビットの丸焼きでございます。先ほど同様、魔界の香辛料などは人間族には刺激が強いかもしれないのでそのままあげてください)」
『(ご苦労様じゃ。ささ新しいお肉が来ましたよー)』
ガシャン!
あと少しでゴールと思っていたら、ウサギっぽい形をした新しい肉がテーブルの上に運ばれる。
コッテリと油を含んでいるのか、表面がテカテカしており見るだけでも胃が拒否反応を起こしている。
「ふぅ……ふぅ……ふぅ……」
『(そんなに興奮して鼻息を荒くしなくても大丈夫じゃよ~。ちゃんと最後まで食べさせてあげるからな。ほ~ら、美味しいごはんを乗せたスプーンが、ゆっくりと口元へやってきましたよ〜)』
パクッ!
「う、うぅ…………」
「(……ルナ様、流石にもう限界なのでは?)」
「(そんなわけなかろう!まだ1キロもお肉を食べさせておらんではないか!体格が5倍以上もあるペットのまるちゃんはこの10倍は食べるのじゃぞ!)」
「(冬眠ができる魔物と人間族の参考にしないでください。全くこれだから脳筋は……)」
『(そんなことないよね~。きっとなれない環境で緊張してるだけだよね~、ほら次はこの美味しい脂身を食べようねー。あ~ん!)』
ガシ!
「………………」
「(ん……?動かなくなったけど、どちたの~?)」
ツンツン……ゆさゆさゆさゆさ
「(あの、あまり刺激しない方が……)」
「おろろろろろ」
「(ぎゃー!吐いた!おのれ!さては食材の中に毒を仕込みおったな!料理人を逃がすな!打ち首じゃー!)」
「(ルナ様待ってください!その子を持ちながら走り回るのはやめてください!顔色がブルージャイアント並みに悪くなってます!ああ、また……)」
この日から健斗は、大好きだったお肉に対して若干のトラウマを覚えた。