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第52話 チート?そこになければないですね

「さて!ケンちゃんの魔法の素質は…………えっ、キモ!」


『はあっ!?お主ケンちゃんに向かって“キモい”とは何ごとじゃ!ことと次第によってはただでは済まさんぞ!』


「いやいや、違いますよ!この魔力濃度を見てください!これ絶対おかしいですって!」


 焦った様子のエルフは、紙に表示された数値を勢いよく指さした。

 その瞳は驚愕に染まり、目を大きく見開いている。


『……なるほど』


「ルナ様もおかしいとおもいますよね!」


『うむ、数字ばかりでさっぱりわからん!』


「えぇ……」


 魔法をまったく使わんわしが、こんなの見ても分かるわけなかろう。


「ルナ様の代わりに私が拝見いたします。紙をこちらに……」


「どうぞ……」


 びっしりと数字が書かれた紙をラミィへ差し出す。


「では改めてご説明しますね。この項目を見てください。ケンちゃんの魔力濃度――ここが常識では考えられないほど高い数値を記録してるんすよ」


「確かに、一般的な魔族と比べても3000倍ほど高いですね」


「そうなんです!今まで一度も魔法を使ったことがないにしても、こればかりは理解できません!機械の誤作動なのかなぁ……」


 ラミィとポニーテールのエルフは、わしを完全に置いてけぼりにして、魔力濃度がどうのと難しい話をしておる。


 その3000倍という数字がどれほど異常なのか、正直わしには見当もつかない。


『なぁラミィ。素人質問で悪いんじゃが、魔力濃度って何なんじゃ?』


「えっと……そうですね。魔力濃度は、大きければ大きいほど魔法の質が向上すると考えられています」


『ふむふむ』


「主に遺伝によって濃さが決まりますが、長期間魔法を使わなかった人の場合も数値が上がります。ケンちゃんの場合は“はぐれ”ですので後者でしょうが、だとしてもこれは高すぎますね」


『なるほど、よくはわからんが……つまり魔法の質が上がるってことか!じゃあケンちゃんは凄腕の魔法使いになれるのか!』


「ふにゃ?」


 わしと同じく話の流れについていけず、頭にはてなマークを浮かべているケンちゃん。

 その頭を優しく撫でながら、自然と口元から笑みがこぼれた。


『よかったのうケンちゃん!将来はわしと一緒に戦争に赴いて、人間族を皆殺しに出来るぞ!死の呪いなんぞをかけた、憎き人間どもに復讐しような?』


 わしゃわしゃわしゃわしゃ!


「ルナ!……イイエ……サワル!」


 にゃふふ……今から将来が楽しみじゃ。


 夫婦として初めての共同作業で戦場へ赴くのも悪くないのう。

 人間族の前で、愛をこれでもかと見せつけてやるのも一興じゃ。


「あ、魔法を使うのは無理です」


『え、そうなのか?』


 悲しいことに、夢見ていた将来設計があっという間に瓦解してしまった。


 家族6人で戦場を駆け回り、笑い合う幸せな光景まで見えていたのに……実に無念じゃ。


「ケンちゃんは魔力濃度が高い反面、他の数値が壊滅的です。特に魔力口の数値が極端に低いですね」


「魔力……口?ああもう!さっきから専門用語をさも当たり前のように使うでないわ!バカでも理解できるようもっと簡単に説明せい!」


「ルナ様……自分がバカだという自覚がおありだったのですね」


「うるさい!言葉のあやじゃ!」


 あくまで魔法に関しては知識不足なだけで、決してバカというわけではない!


「ええっとですね、魔力口っていうのは、体の中にある魔力を魔法として外に出すための“出口”みたいなものなんです。この数値が極端に低いと、魔力をたくさん持っていても魔法が使えないんです」


「……?」


「つ、つまり。今のケンちゃんを物で例えるなら【ものすごく大きくて綺麗なダムなのに、排出口が蛇口よりも小さくて水をうまく流せない】……って感じです」


「ふむ……なんとなく理解したぞ!」


 詳しいことはよくわからんが、要するに宝の持ち腐れというわけじゃな。


『呪いも背負っておったし、ケンちゃんは本当に不憫じゃのう。でも、安心するのじゃ。わしたちだけはケンちゃんの味方じゃからな〜』


 なでなで……


『ところで聞くが、この“魔力濃度”が高いことで何か悪影響はあるのか?もしあるのなら、対策を講じる必要があるからのう』


「えっと……魔力濃度は魔法の安定性を高めるだけなので、生きる上では問題ない……はずです」


『そこは断言できんのか?』


「だって、ここまで高い数値は前例がないんですもん。なんですか濃度3000倍って……交尾本でもそんな数値見たことありませんよ!」


『そうなのか……む?交尾本?この村には交尾本がないと聞いたのだが……もしやあるのか!?』


「あ…………」


 もし交尾本があるなら、エルフの趣味嗜好を知るためにも一冊譲ってほしいのう。


 最悪内容が好みじゃなくても、描かれているオスが自分の好みなら、それだけでかなり得じゃからな。


「そ、そそそんなことより!私としては、魔力口の数値が低いほうがずっと心配です。この数値は赤ちゃん以下ですよ!ケンちゃんが普通の生活できなくなってもいいんですか!」


 交尾本を所望するわしの質問を無視して、焦ったように捲し立てられる。

 一体なぜじゃ……まさか他人に知られるのも憚られるほど特殊な交尾本なのか?


「交尾本の件はひとまず置いておくとして、確かに魔道具の扱いが難しいかもしれません。一度アウラ様に相談し、人間族向けの魔法訓練を受けさせるべきでしょう」


 ラミィの言う通り、魔法具をまったく扱えぬようでは、誤作動が起こったときに危険じゃ。


 それになにより――ケンちゃんにはブラッシング用魔法具を使ってもらいたい!お風呂上がりに、匂いを嗅ぎ合いながら毛並みを整えてもらえたら最高じゃのう♡


『よし!ケンちゃんには最低でも簡単な初級魔法くらいは使えるようにさせるかのう』


「まぁ……ルナ様は簡単な初級魔法は使えないんですけどね」


『うるさい!』


 わしは魔法具を使いこなせるから、それだけで問題ないんじゃ!最悪殴れば解決するしのう。


「でもケンちゃんはなんでこんな状態なんだろう……親が両方とも魔法をまったく使わないのかな?いや、それにしてもやっぱり3000倍はおかしい。まるで何世代も魔法を使わずにじっくりとグツグツ煮込んだような値です。意図的に狙わないとこんな数値はでないはず……」


 わしとラミィがケンちゃんのこれからについて考えている間、エルフはぶつぶつと呟きながら、紙に書かれた数値を熱心に凝視していた。


「もしかして、ケンちゃんは人間族に似て非なる生き物だったり?それか魔法が発展していない未開の地から来たとか……いやでも、そんな場所がまだ残っていたとは考えにくいし……むむむむ」


『こほん!……よいか?』


「えっ、あっ、ごめんなさい! 我々エルフは疑問が生まれると思考が止まらなくなる性質でして……」


 彼女は少し恥ずかしそうに目を伏せ、ゆっくりと頭を下げる。


『それは別に構わんのじゃが、わしらはもう帰ってもよいか? ケンちゃんも疲れたのか、ぐったりしておるしのう』


「ふにゃ……Zzz」


 機械での測定に疲れたのか、それともよくわからない話を長時間聞かされて眠くなったのか、頭をコクコクさせて舟をこいでいる。


 その無防備な姿は、見ているこちらが思わず頬を緩めてしまうほど愛らしい。


 やはりケンちゃんは、この世で一番かわいい生き物じゃのう。


『はい!村長への報告はこちらでやっておきますので。皆様は宿に戻って午後までゆっくり休んでください!』


『了解した。さて、ケンちゃん。一緒にお昼寝しましょうね〜』


 ポニーテールのエルフが軽く一礼した後、わしたちはその場を後にした。



===================


 ガチャン………


「ふぅ、ルナ様にあのことがバレずにすんだかな?……それにしても」


 私は一枚の紙に印字されて数値を改めて見返す。


「あの子もこれから大変だなぁ……私たちエルフのような、魔力に敏感な種族にとっては魔力濃度の濃さは顔よりも大事な選定基準。一度交尾なんてしたら死ぬまで離してくれなそう」


 魔力濃度3000倍……ドクン♡


「きっと体液も魔力が豊富で美味しいんだろうな……じゅるり。これは間違いなく“合格”ですね。村長にこの資料届けよっと!」



===================



【魔力濃度】


 魔法を行使する際に求められる素質の一つであり、魔法の使用を控えている期間が長いほど、その濃度は高まるとされている。


 昔に行われた実験で、魔法を使えない状態にしたねずみを何世代にもわたって繁殖させたところ、世代を重ねるごとに魔力濃度が濃くなることが確認された。


 人でも同じ方法で魔力濃度を高めることは可能だが、1世代だけでは効果が薄く、魔法を一切使わない人生は非常に辛いため実際に試す人はいない。


2042年版 異世界異文録より抜粋




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