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第50話 短命種なのにこんなにかわいいのは卑怯です!

「結局こうなってしまいました……」


 私の目の前には、机にちょこんと座って足をパタパタ揺らすケンちゃんの姿。

 この辺りでは珍しい、魔力に頼らないペンと紙を持って私のことをじっと見つめている。


 うぅ……村長に“言葉を教えてやれ”って命じられたけど、正直やりたくないよぉ。 


「ふにゃふにゃ~」


 できることなら今すぐこの場から消えてしまいたい……けど、逃げたらテレパシーでの説教が待ってるから逃げれない。


「はぁ………」


 一応それっぽい勉強プランは立てたけど、本当にこれでいいのかなぁ……。


 それにあの獣人族の人、初対面のときからずっと鋭い目でこっちを見てきます。

 私が何かヘマしたらそのまま埋められそう……です。


 はっ!もしかして、それを見越して私を付き添いに選んだんじゃ―――


 きっとそうだ!村のごくつぶしを処分するためにわざわざ私を選んだんだ!


「おい、フィーリア!少し話せるか?」


「はっ!はい!がんばりますので、どうか殺さないでください!」


「別に、ケンちゃんに手を出さん限り殺しはせんぞ。ちょいと勉強に入る前にプランについて教えてはくれぬか?二週間で言語を覚えるには少々期間が短いからのう」


「あ、はい。えっと、今回の目標は簡単な意思表示ができるようになること……です」


「ほう……なぜ、それを目標にしたのじゃ?」


 わたしの考えに納得してないのか、ギロリと鋭い視線が突き刺さる。


 や、やっぱりこの人怖い……


「お、お察しの通り、2週間で言語を完璧にマスターするのは難しいです。なのでまず、勉強が出来る環境を作る段階から始めます……あ、少しお待ちください」


 そう言いながら、持参したカバンをごそごそとあさり、絵本を机の上に並べていく。


「簡単な言葉を覚えさせた後は、私が持ってきたこの絵本を使って、毎日読み聞かせと音読をしようと思い……ます」


『ほう……』


「わ、わからない言葉はその場で質問してもらい意味を覚えてもらいます。この方法が確立すれば、テレパシーが使える人がいなくても勉強を続けられるようになると思い……ます」


「………………」


「で、でですので……まずは【これがわからない】と質問できるように、簡単な意思表示ができるようになれば……と…思って………はい」


 言い切る頃には、緊張と不安が入り混じり声は自然としぼんでいた。

 こんな頼りない説明で納得してもらえたのだろうか。

 心の奥底で、冷たい不安がじわりと広がっていく。


『お主…………』


「ひっ、ご、ごめんなさいっ!」


『お主、何も考えてなさそうで、案外ちゃんと考えておったのじゃな。見直したぞ!』


「え!?……そ、そうですかねぇ」


 咄嗟に身をすくめた私に、意外な言葉が返ってきた。


『村長がお主を連れてきた時は正直どうなることかと思ったが……これなら大丈夫そうじゃな!』


「ま、まぁ……私、80年前の魔術学校でテスト一位を何度も取った、伝説の天才ですからっ!へっへへ……!」


 バシバシッ!


 背中を勢いよく何度も叩かれて、骨にまでズンと響いて痛い……でも人に褒められるのなんて何年ぶりだろう。


 もしかしてこの獣人族のル………ミィさんだったかな?


 名前は思い出せないけれど、案外いい人なのかも。

 ちょっとの間だけなら、友達になってあげてもいいかなと思えてきました。


「ふひひひ……それじゃあ、天才の私が速攻で言語を覚えさせてあげます。皆さんは一週間くらい昼寝でもしてゆっくりしてください!」


【テレパシー】


(よろしくお願いします。ケンちゃん)


「ふにゃふにゃ!」


「うっ……か、かわいい。でもダメ、この子は短命種。平常心平常心……こほん」


(まずはお互いの自己紹介から…………)



===================



「ボク……オス……アジン……スキ」


『ケ、ケンちゃんが喋っておる!今日は盛大にお祝いじゃ!』


「素晴らしい……です。たった一日でここまで話せるようになるとは。これはもう、私の教え方が完璧だったとしか考えられません」


 フィーリアさんが親切に教えてくれたおかげで、この世界の言語についてなんとなく掴めてきた。


 簡単に言うと、この世界の言語構造は英語に近い。


 もちろん、アルファベットのような見知った文字や発音はないんだけど……文法?っていうものが似ている。


 そのおかげで単語をぽんぽん並べていくだけで、思った以上に意味が伝わる。


『ボク……イチ、ト、ロク……サイ』


 教科書がないこの世界でどうやって言語を覚えようか悩んでたけど……これならなんとかなるかもしれない。


(”ウェロ”……こちらは何かを肯定したり、受け入れる時に使い……ます)


はい!(ウェロ)


 言葉が直接頭に響いてくるのもありがたい。おかげで、発音や意味を取り違える心配が大幅に減った。


 それに、日頃からルナさんやラミィさんの会話を聞いていたおかげで、「あっ!これこの前出てきた単語だ!」ってなることもある。


 進〇ゼミかな?漫画だけしか読んだことないけど。


(あ、ただし注意してください。メスの前で不用意に使うと……最悪死にます。使用するのは言語をしっかり覚えてからにしてください。)


わかった!(ウェロ)


 ただ肯定するだけなのに死ぬことがあるのか……ちょっと怖いな。


「そういえばルナ様、魔王様から何か封書を受け取っていませんでしたか?」


『む?……ああ、そうじゃった。この文章をケンちゃんに読んでもらえと言われておったな。フィーリア、これいけそうか?』


「え、あ、はい……いけるとは思いますけど……って、なんですかこの悪意しか感じない文面」


『どうも人間族に送るらしいぞ?【ケンちゃんは保護しただけです!】っていう証明のために使うそうじゃ』


「うへぇ、戦争起きそう……あ、そういえば今ってまだ戦争中でしたっけ?エルフ族は中立だから忘れてました。すみません」


『まったく……引きこもり種族め』


「耳が痛い……です。でも、戦争中なのにわざわざこんなの送るなんて不思議……です」


『わしもそう思う。戦争中の人間族など気にせんでよいと思うが……命じられた以上やるしかあるまい。きっと魔王様なりの深い考えがあるのじゃろう』


「やっぱり働くって大変ですね……では、いきます」


 ルナさんたちと難しそうな話をしていた後、皆がこちらをじっと見つめてくる。さすがに会話の内容はまだ理解できない。


(ケンちゃん、今から私が言った言葉を復唱してください)


($%&#%$&%&!)


 なんだろう。以前教えてもらった”ラヴァイス”みたいに、発音方法はわかるけど言葉の意味が分からない言葉が響いてくる。


 確かこういう時は……



「ボク……チガウ……イミ……オシエロ……クダサイ」


「おお。まだちょっと片言ですが、ちゃんと意味を知りたいときの定型文を覚えてえらいです。ですが……」


(これに関しては意味を覚えなくていいです。これは魔界で言葉を覚えるための──いわゆる“お口の運動”みたいなものなので)


 あ、なるほど。


 これは日本語でいうところの「アメンボ赤いなあいうえお」とか「生麦、生米、生卵」みたいなやつなのかな?


 確かにこういうのって意味よりも発音やリズムを鍛えるものだし、詳しく説明されても理解できないかも。


(なるべくゆっくりお伝えするので、とりあえずなにも考えずに復唱してくれますか)


 コク…………


「ニンゲンゾク………ミテル?」


(あ、なるべく楽しそうに笑顔で話してください。手を振ってみてもいいかも……です)


「(なるべく楽しそうに笑顔で話してください。手を振ってみてもいいかもです?)」


「???」


 特に何も考えずに復唱したけど、丸ごと日本語みたいな文章を伝えられたな……何故か指示した本人であるフィーリアさんもきょとんとした顔をしている。


「………あ、そういうことですか」


(さっきのは指示ですので復唱してないでください。ケンちゃんが普段使ってる言語で言われてもわかりませんので……)


 コク…………恥ずかしい。


(では……また最初からいきます。そっくりそのまま復唱してください)


「ニンゲンゾク~~~ミテル?」


 指示された通り、両手をパタパタさせる。


「ボク……マゾク、スキ! マモノカラ……タスケテクレタ!」


「ニンゲンゾクト………チガッテ」


「ヤサシク、コウビ……シテクレマス」


「マゾク……カラダ……スゴクオオキクテ……タクマシイ」


「ニンゲンゾク……カラダ……ヒンソウ………マンゾクデキナイ」


 向けられたカメラに向かってにっこりと微笑む。


「マイニチ、シアワセ……キュウジョ、イラナイ……マカイデ、イキマス!」


「ジブン……ノ……イシデ……ココニイマス………バイバイ」


 ポチッ!


『よし、しっかり録音できたぞ。これで魔王様も満足してくれるじゃろ。ケンちゃんもお疲れ様じゃ!』


「(疲れた……)」


 なんだかんだで、もう数時間もこうして言葉の勉強をしている。こんなに集中して勉強したのは本当に久しぶりだ。


 ふわっとした疲れが体に残っているけれど、それが何故だか心地いい。


 病院での勉強は、現実から逃げるための作業であり惰性でこなしていた。どうせすぐ死ぬのに、何の意味があるんだと自分を嘲りながら、ただ机に向かっていた。

 でも、今の勉強は生きることに直結しているから満足感や達成感が感じられる。


 勉強って楽しいものだったんだな。


(ケンちゃんも疲れたましたか?)


うん(ウェロ)


「ふふふ。なら、本日の勉強タイムはこれで終了します。お母さ……村長がフルーツの氷菓子を準備しているそうなのでいきましょう!さぁ早く!」


 フィーリアさんは嬉しそうに僕の手を引っ張る。


 その表情からは、初めて会った時に感じた陰鬱で重たい空気は微塵も感じられなかった。


「あ、そうです」


(最後にメスには絶対に言ってはいけない禁句を伝えます。これを目の前で言うと、襲われても文句は言えませんので気をつけてください)


 そんな言葉があるのか……そういえば、元の世界にも街中で言った瞬間即殴り合いになる言葉がある。


 よく考えたらこの世界って種族がたくさんいるし……そういう禁句って想像以上に多いのかも。


 自分では禁句があるなんて発想すら浮かばなかったので、今知ることができてよかった。


(その言葉は”ラヴァイス”です。これは好きの最上位に位置してまして、基本プロポーズの際に使う言葉です。なのでぜっっっったいにメスの前で言わな…………ケンちゃん?絶望的な顔してど、どうしました?おーい!)


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