第49話 賛成多数……っと
【(…………………よし、いくわよ!)】
ギュッ!にぎにぎ……
目の前の女性が、まるで何かを確かめるように、優しくも真剣な表情で僕の手をにぎっている。
【(……ぉ……ぉ……)】
「あの......」
【(……決めたわ!)】
スタ……スタ……
「行っちゃった……」
僕と握手した人が、何かを振り切るように早歩きで奥の部屋へと消えていった。残ったのは、手のひらにわずかに残る温もりだけだった。
『(よ、よろしく…………)』
ギュッ!にぎにぎ……
『(……ぉほ……ぉぉ……ぃぃ……)』
にぎにぎ……
しかしその温もりも、すぐに別の手が重なり上書きしていく。
「あの!さっきからこれって何の時間なんですか!?」
あまりにも意味不明な状況に、思わず叫ぶ。
スタスタスタ――!!!
だが相手は何も言うことなく、さっきの人と同じように奥の部屋へと消えていった。
「……なんだこれ」
目の前に並ぶ村人たちと断る暇もなく握手させられ、すでに何人と握手したのか分からない。
誰も何も言わず、ただ淡々とこの謎の儀式が続いていく――僕だけが訳も分からないままその中心に座らされていた。
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時を遡ることほんの数分まえ。
「コンコ~ン♡」
『………………………(チラ♡)』
日課のゴンさんへのわしゃわしゃタイム中、なぜか隣で無言のまま仰向けになっていたルナさん。そのお腹を恐る恐る撫でていると、昨日会った猫背のエルフが部屋に現れ、大広場へと案内された。
「(こ、ここに座っていてください。あ、飲み物はご自由にどうぞ……へ、へへ)」
まるで僕がこの場の主役であるかのように、きらびやかな装飾が施された特等席に案内される。
「(では、エルフ族に古代から伝わる、魔法を巧みに使った舞踏をお楽しみくださいませ)」
驚きも冷めぬうちに、目の前では魔法の水と動きが美しく融合した幻想的な舞踊が始まる。
それは、ネットで見て憧れていた某遊園地のウォーターパレードをどこか彷彿させるものだった。
あの頃は病気で外出もできなかったけど、今こうして自分の目で見ていると考えると感慨深いものがある。
まぁ……某遊園地にしては、服装がエッチすぎる気がしないでもない。
特に上半身の布が少なすぎる……あと少しで見えてはいけないところが見えてしまいそうだ。
<(あれが………人間族のオス)
<(見た目もいい。これはもしかすると、もしかするかも!)
<(ついに500年の苦労が報われる……ぐすん)
<(こら!会話は全てテレパシーになさい!)
目の前で優雅に舞う女性たちに目を奪われるが、ふと周囲を見れば、観客までもが信じられないほど若々しい姿をしている。
皆、二十歳前後といったところだろうか。見渡す限り美しい女性ばかりでそちらにも視線が引き寄せられる。
老人はもちろん、子どもの姿がないのは――やはりエルフが長命種という、いわゆる“ファンタジーあるある”だからだろうか?
なお、相変わらず男性の姿は見当たらない。
『(はぇ……きれいじゃな。やはりエルフというだけあって、使う魔法が華やかで派手じゃのう)』
「(魔法を取り入れた催しは珍しくはないのですけど……ここまで高度な水魔法を連携して見せるのはすごいですね。練習とか想像するだけで……おえ、ちょっと魔力酔いしそうです)」
「(我々エルフは年ばかり食ってる分、魔力量だけは無駄にありますからね……さて)」
『(む、そんな改まってどうしたんじゃ?)』
「(実は、ルナ様にぜひお願いしたいことがありまして……)」
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舞踊が終わるや否や、変な儀式が始まった。
人々は列を作り、順番に僕の前に立っては、まるでアイドルの握手会のようなノリで手を差し出してくる。
正直ちょっと戸惑ったけれど、以前カメラで撮られていたことや動物園のことを思い出して「もしかして僕、少しは有名人扱いされてる……?」なんて内心ちょっと浮かれていた。
【(……ぉ……ぉ……)】
けれど、彼女たち自ら近づいてきたにもかかわらず、どこか暗い表情で無言のまま手を差し出してくる。
軽く握手を交わしても、嬉しそうにするわけでもなく、まるで厳格な儀式の最中であるかのような空気をまとって、静かに建物の中へと入っていくのだった。
「こんにちは!」
「(ッ!…………)」
さすがに気まずくなって、何度か話しかけてみたけれど、ただプルプルと震えるだけで返事はない。
言葉が通じないのはわかるけど、もう少し何か反応がほしい。
『(なぁ、さっきからお通夜のような暗い雰囲気じゃが、あれって何をしておるんじゃ?)』
「(えぇ......はい。これはエルフ特有の歓迎スタイルでございます)」
『(どういうことじゃ?)』
「(エルフは慎重で、外から来た者を簡単には受け入れません。ですので、あのように身体的な接触を通じて互いの心の距離を縮めようとしているのです)」
『(なるほど、確かエルフは生き物に触れるだけで、その体内に流れる魔力の状態を感じ取れるといいます。年齢なんかも触れただけでわかるとか。あれはそういう性質を利用したものですね?)』
「(…………はい。そうでございます)」
『(ふーん。わしら獣人族が匂いを嗅いだりするようなもんか。ならあまり強くは言えないか。ケンちゃんも嫌がってはいないしのう)』
【………………】
ギュッ!にぎにぎ……
【(よし……決めました)】
スタ……スタ……また一人、無表情のまま握手を交わしてすぐに建物の中へと姿を消す。
「もう!なんなの!歓迎されてるのか嫌われてるのか、全然わからない!」
昨日会った猫背のエルフに話しかけても、【うひぃっ!】と変な悲鳴を上げて、慌てて逃げていくばかり。
どう見ても僕のことを避けている……やっぱり歓迎されてないのかも。そうだとしたらちょっと悲しいな。
ビシャッ!
「うわっ、冷たっ!」
「(あ、ご、ごめんなさい!)」
次の女性が手を差し出した瞬間、不運にもコップに手がぶつかり、水が僕の服に溢れてしまった。
「(あわわわわ……っ!)」
水を溢したエルフは顔面蒼白になりながら慌てて自分の服を引きちぎり、僕の濡れた服を拭こうとしている。
そ、そこまでしなくても……なんでこんなに必死なの?
まさか……僕、怖がられてるのかな。だからこんなにもお通夜ムードなのか?
「(ごめんなさい! ごめんなさい! エルフを嫌いにならないでくださいっ!)」
目に涙を浮かべ、声を震わせながら何度も頭を下げるエルフ。
これ完全に泣く寸前じゃん……僕が何とかして落ち着かせないと!
「ふ、拭いてくれてラヴァイス」
ピタ……
僕が以前教えてもらったお礼の言葉を伝えてると、動きが急に止まる。
「(だいすき……だいすき!?!?!?人間族がっ、オスが……私のことを“だいすき”って!?そんなの、そんなの、ありえない……いや、でも、言った!聞いた!!)」
かと思えばエルフは突然立ち上がり、顔を真っ赤に染めて体を震わせる。
「(選定の儀? 知らない!もうそんなのどうでもいい!私……私、このこと、け、結婚……けっこんするぅぅぅ!!)」
僕の腕を引っ張ってそのまま抱きしめる。
「(子供の名前は何がいいですか♡私としてはやっぱり二人の名前を合体させて……)」
【【【【【テレパシー】】】】】
「(ぎゃあああああ!!!一斉に言葉が頭の中に……頭がわれ……る)」
バタン!
いきなり叫んだと思うと、目の前のエルフがふらりとよろめき、そのまま倒れこんでしまった。
また何が何やらわからない。
『(おい!今の奴はなんじゃ!明らかに様子がおかしかったぞ!もしケンちゃんに危害を加えようとしたのなら……)』
「(い、いえ、大丈夫です。あの子は……ちょっと頭がアレなだけです。もしご心配ということでしたら、2週間ほど村から追放しますが、どうされます?)」
『(ふーん………そうなのか。では念のため頼む。ケンちゃんに何かあってからでは遅いからな)』
「(かしこまりました…【テレパシー】)」
それから僕は延々とエルフたちと握手を続けることになった。
怖がらせないように笑顔を貼りつけ続けたせいで、頬の筋肉が限界まで疲れてしまったが、それでも歓迎されるためには仕方ないだろう。
まぁ依然として……無表情で握手されるその様子に、歓迎されているのかそれとも罰ゲームなのかわからくなってきたが。




