第47話 ようこそ!エルフの街!
「ようこそお越しくださいました。ルナ様、ラミィ様。私はこの村の村長を務めております、フィーネと申します」
村の入口に立つエルフの女性が、頭を下げてわしたちを迎える。
長くしなやかな耳に、落ち着いた所作――その佇まいだけで彼女の品格が伝わってきた。
『うむ、出迎えご苦労様じゃ』
「これからの2週間、いろいろとご迷惑をおかけするかもしれませんが……どうぞよろしくお願いします」
わしと同い年くらいの見た目をしておるが……エルフ族は長命種ゆえに、どんなに歳を取っていても若く見える。
実際は三百歳くらいでもおかしくないのじゃから、まったく恐ろしい種族じゃ。
「さっそく歓迎会……といきたいところですが、夜も更けておりますし長旅でお疲れでしょう。歓迎の席は明日改めて設けさせていただきますので、まずは宿でゆっくり休んでくださいませ」
「お気遣い感謝いたします」
おお助かった。わしもラミィも、ケンちゃん吸いの禁断症状が出始めて限界じゃったからのう。
あと一歩でケンちゃんの服の中に顔を突っ込むところじゃった……そう考えると城の連中は大丈夫か?
魔王様の判断により、ケンちゃんが触れた可能性のあるスプーンやタオルは、“窃盗の恐れあり”としてすべて処分されてしまった。
城内でケンちゃん成分をまったく摂取できない今、禁断症状でおかしくなっていなければいいがのう。
「………ところで、ケンちゃんの頭に乗ってるその狐、皆様のお知り合いですか?」
『狐? ケンちゃんは帽子をかぶっておるだけで、狐なんてどこにも――…あれ? わし、こんな帽子持ってたかのう?』
村長の指先に視線を向けると、確かに違和感がある。
まるでその場所だけ空間が歪んでいるかのようで、目を細めて見ようと集中すると頭が痛くなる。
「なるほど……少し失礼します」
カンッッ!!!
村長が杖の先を地面を打つと、空気が一瞬揺れるような衝撃が走り、ケンちゃんの頭上に一匹の狐が現れた。
まるで自分がこの場所の主ででもあるかのように、当然の顔をして尻尾を丸めている。
周囲の視線も意に介さぬその態度が、なんともふてぶてしい。
『って……ゴンではないか!? なぜおぬしがここにおるんじゃ!』
「コッ………コン!?」
そっとゴンを抱きあげてやると、驚いたように目を丸くし、慌てた様子で周囲をキョロキョロする。
「幻覚を操る魔物……私も長く生きていますが見るのは初めてです。よろしければ、解剖したいので貰ってもよろしいですか?」
シャキーン!
解剖用のメスを取り出し、不敵な笑みを浮かべる。
「い、いやいや。この子はわしのペットのゴンじゃ!きっと荷物か何かに紛れてたんじゃろう。まったく……ゴンはほんとにいたずら好きですねぇ~」
グリグリグリ……
「コ~~~ン!!!」
じたばたと抵抗するゴンのお腹に、容赦なく顔を押しつけてお仕置きしてやる。
もふもふとした毛並みの奥に、かすかに残るケンちゃんの香り……たまらん!まさに至福じゃ!
「これは失礼しました。後ほど、その子用の寝床を準備いたします」
『グへへ……はっ!こほん……すまないのう」
「いえ、お気になさらず。我々エルフは一度何かに熱中すると、平気で数年単位で時間を忘れてしまうのでむしろ良かったです。今は皆様のもてなしが最優先ですから」
そう言いながら、懐から取り出していたメスを丁寧にしまい込む……なぜそんな物騒なものを持ち歩いておるんじゃ?
「では宿に案内する前に、この二週間ケンちゃんに語学を教えるフィーリアという者をご紹介したいのですが……少々お待ちを」
トボトボ…………
村長は少し疲れたような足取りで、近くの物陰へと向かっていった。
その背中からは、長年の苦労に対する諦めのような感情を感じる。
「いやです!!! やっぱり私はケンちゃんとは会いたくない……です!」
「なんじゃ………あれ?」
村長が向かった方向から、小さな悲鳴とともに両腕をバタつかせるエルフが現れた。
必死に抵抗しているが首根っこをつかまれており、その努力も虚しくズルズルと地面を引きずられながらこちらへ近づいてくる。
「いやだぁぁぁぁ!!!!」
「もう!あなたは百歳を超えているのですから、そんな子どもみたいな駄々をこねないでください!お客様の前でみっともないですよ?」
「えっ……なんでそんな気持ち悪い喋り方してるんですか? いつもはもっと暴力的な感じで……」
【テレパシー!】
「あああっ! ごめんなさいごめんなさいっ!謝るので脳内に直接悪口を言わないでください!それに私は事実を言っただけです!この前だって、オスを痛めつける交尾本を楽しそうに―――」
【テレパシー!!!】
「ぎゃぁぁぁ!!!」
連れてこられたエルフは、突如頭を抱え込み暴れだした。
「まったくこの子は余計なことをいって……ほら!立ち上がって挨拶なさい!」
「うぅ……フィーリアです。よ、よろしくお願いし……ます」
エルフにしては長身の女性が、どこか面倒くさそうに声を絞り出す。
くたびれた服に、ぼさぼさの髪。猫背という姿勢も相まってか、どうにもだらしない印象を受けるのう。
『こいつで本当に大丈夫なのか?』
「確かに少しアレですが、魔法の腕は折り紙つきです。24時間テレパシーを使っても疲れ知らずですから、遠慮なくこき使ってやってください」
「なら、いいんじゃが……」
こういうだらしない体をしている奴に限ってえげつない性癖を持ってたりするからのう……要注意じゃな。
「ふへへ……こ、この子が人間族のオス。弱々しくて見ているだけで心配になります。腕とか凄いふにゃふにゃ……です」
目の前にいるケンちゃんの細い腕をじっと見つめている。まるで何か確かめるように視線を外さない。
「思ったよりかわいい……です」
『当然じゃ!ケンちゃんはこの世界にいる生き物の中で一番かわいいんだからな!特によだれを垂らして寝ている時なんか最高じゃ!ついつい顔のよだれをぺろっと舐めたくなるほどかわいいのだぞ!』
「まぁ……それをすると毎回まるちゃん様に殴られてますけどね」
ふん……たとえ顔が血だらけになろうとも、ケンちゃんの体液を味わえるなら安いものだ。まるちゃんとも遊べるし、気になどならん!
「なるほど……ちなみにこの子はいつ死ぬんですか?」
ドス!
「う”っ……いたい」
失礼なことを言うな……と思った矢先、村長の杖が鋭く腹部に突き刺さる。
尖った先端が深く食い込み、かなり痛そうじゃ。
「申し訳ございません。こいつは社会常識が欠けておりまして……デリカシーだとか、空気を読むとか、そういった配慮ができないのです。悪気はありませんのでどうかお許しを」
「そ、そんなことない……です。年中森に引きこもってばかりの他のエルフよりは、社会についてちゃんと知って……ます!」
ドス!ドス!ドス!
「ほぅ……社会について知っているというのなら、次からはお前に仕事をしてもらおうか?お前が村長にならないせいで、こっちは仕事に追われる日々なんだからな?」
「…………」
言い返されたボロボロのエルフことフィーリアは目を伏せたまま黙り込んで動かない。
「わかったなら、さっさとお客様をご案内なさい!」
最初に見せた上品で穏やかな雰囲気はどこへやら、村長は語気を強めて怒鳴りつける。
「で、では……わたしが皆様を……宿に……案内します……ぐすん」
鼻をすすりながら、今にも転びそうな足取りでエルフは目の前を歩き出す。
「うぅ……早くお布団にくるまって現実から逃げたいよぉ」
その姿は、ケンちゃんを任せるにしては見るからに弱々しい。
この2週間、こんな奴と一緒に生活するのかぁ……本当に大丈夫かのう。




