第46話 ゴンさんの下準備
ペロペロ……ペロペロ………
「んぅ……顔を舐めないで……むにゃむにゃ」
ペロペロ……♡ペロペロ………♡
「まるちゃんさん‥…くすぐったいですよ〜」
ガブッ!!!
「いたたたっ……って、なんだゴンさんか……えっ、ゴンさん!?なんでいるの?」
首筋の痛みで目を覚ますと、ゴンさんが尻尾を揺らして、お腹の上にのしかかっていた。
「コンコ~ン♪」
ここはいつもの馬車の中。朝早くから揺られ続け、てっきり以前と同じ城に向かっているのだと思っていたが、数時間たっても到着する気配がない。
不安を感じながらも、馬車の心地よい揺れに身を委ねているうちに、いつの間にか眠っていたようだ。
「ふわぁ……起こしてくれてありがとう。ところでゴンさんはどこから来たの?」
僕の記憶が正しければ、この檻には僕一人だけだったはずだ。
なのに今、ゴンさんが目の前で嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。
ここには荷物が山のように積まれているし、どこかの隙間にでも隠れていたのかな?
まぁ、なんでもいいか。独りぼっちは退屈だったから、誰かがいてくれるのはちょっと嬉しい。
「コンコ~ン♡」
バシッ!バシッ!
「いたた……って、また下半身がスッポンポンじゃん」
ゴンさんは何か言いたげに、やたらと強く僕の腰を叩いてくる。痛みに顔をしかめつつも、そのおかげで下半身を晒していることに気づいた。
「でもおかしいな……」
記憶が正しければ、馬車に乗る前に服を着替えたはず。なのに、寝る前に履いていたズボンが跡形もなく消えていた。
もしかして……
「あのズボンってゴンさんが化けてました?」
「コン!」
僕の質問にどこか誇らしげに元気よく返事をするゴンさん。
なるほど。つまり、ゴンさんはあの部屋の段階から僕のズボンに化けて、この檻の中まで入り込んできたらしい。
「そういえば……」
最初に履かされたのは元の世界基準のズボンで理想的だったけど、怪しや満点の幻覚だった。
でも、2回目の服はわずかにゴワゴワしていて、この世界でいつも履いているズボンとそっくりの感触だった。
その自然さゆえ、2回目に履いたズボンに対して「ゴンさんが化けているのでは?」などと疑うことは、微塵も思い浮かばなかった。
「もしかして、わざわざ偽物っぽいズボンを最初に履かせたのは、僕の油断を誘うためのブラフ?」
それか、僕があまりにも速く偽物だと見抜いたから幻覚を修正したのかもしれない。
「なにそれ、こわ……頭よすぎでしょ」
「コンコーン!(ドヤぁ……)」
褒められたことが嬉しいのか、鼻を高くして胸を張り、これでもかとドヤ顔を決め込んでいる。
「まったく……ゴンさん困ったいたずらっ子ですね~」
わしゃわしゃわしゃわしゃ……
「コーン♡」
わしゃわしゃとお腹を撫でながら、ゴンさんの柔らかい耳に手を這わせる。
バタバタ!
いつもより強く撫でてやると、ゴンさんは足を勢いよく動かしてもがきだす。
「気持ちいいですか〜?」
朝からずっと振り回されっぱなしで悔しかった分、仕返ししたい気持ちがふつふつと湧いてきた。
よし、ここは思い切ってもっと激しくしてやろう。
「ふふ、ゴンさん?覚悟してくださいね?」
わしゃわしゃわしゃわしゃ……
「コ”コ”ォ”ン”♡♡♡」
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「ふぅ……疲れた。気づけば30分くらい撫でてたかも。ゴンさんもこれに懲りたら、あんまりイタズラしちゃダメですよ?」
「コ~ン♡」
床をよだれでぐっしょりと濡らしながら、ゴンさんが力なく答える。
「ふふーん。こんなに気持ちよくなってくれるならマッサージ師になろうかな。才能あるのかもしれないし今度ラミィさん…………は大きくて大変そうだから、ルナさんに実験台を頼んでみようっと」
ヒュ~~~……
体をほぐそうと勢いよく立ち上がったのはいいものの、途端に冷たい風が下半身を直撃。思わず膝を抱えて身をすくめてしまう。
「さむ……とりあえずズボンを探さないと」
ヒョイ………仰向けでピクついているゴンさん優しく抱きかかえて、そのまま部屋の隅に積まれた木箱を物色する。
ガサゴソ……
「さて、ズボンはないかな……ん? これは……本?」
木箱を開けて中を覗くていると、抱き枕や数冊の本、何に使うかわからない用途不明の道具が多数入っていた。
特に気になったのは一冊の本で、表紙には男性の絵が描かれているのだが、なぜか首の部分しか描かれていない。
興味をそそられたので中を覗いてみると、やはり中も首だけの絵が並んでいる。
「デッサン用の資料なのか?だとしても首だけというのはとてもニッチだ……うわ、このページなんか貼り付いてる」
残念なことに、液体が染み込んでいて、一部のページは張り付いてしまい読めなかった。
飲み物でもこぼしたのだろうか?ちょっと臭い。
「まぁいいや。それよりもズボンズボン……お、あった!」
抱き枕の下に、昨日着ていた上下セットの服があるのを発見する。
シワが寄っていて、大きなシミもついているが、裸でいるよりはずっとマシだ。
「…………これはちゃんと本物だよな?ゴンさん?」
こちょこちょ!
「コン!コンココン!!!!」
詰め寄るように体を触ると、ゴンさんは一生懸命に頭を左右にふりふりする。
その様子からすると本物で間違いなさそうだ。
さっそくお目当ての商品ゲットである。
「暇だし、ほかに面白そうなものは……うーん、ないな」
木箱の中や部屋の隅まで目を通してみたが、ぱっと目を引くようなものは何も見つからなかった。
ちょっとくらい暇つぶしになるものがあったら嬉しかったけど、残念だ。
「ゴンさ~ん、なにかいい感じのおもちゃありません?」
さっそく暇を持て余しながら、ゴンさんの耳をくすぐるように撫でたり、コリコリしてみたりしてりする。
半ばダメもとだけど、幻でもいいからトランプとか作ってくれないかな。
「コン!」
「うっ………」
ゴンさんの腕周りに魔法陣が出来たかと思うと、まるでピントがズレたように視界がぐらりと揺れる。
「え…………DDDSじゃん!?マジ!?」
気づいたときには、見慣れたフォルムの携帯ゲーム機が握られていた。
傷跡も、角の削れ具合も、あのときノリで貼ってすぐ後悔したキャラシールまで……全部がそっくりそのままだ。
まるで記憶の中からそのまま現れたような再現性に思わず息を呑む。
ポチ!
<イッッツミー!マリモ~!バイバ~イ!
しかもちゃんと起動する………
<ッテレッテテレッテ~♪ ッテッテレ。 ファー!
ちゃんとそれっぽく動く………
「これ自体は間違いなくゴンさんの幻覚なんだろうけど……なるほど。なんとなく、ゴンさんの魔法がわかってきた気がする」
これまでの傾向から考えるに、この魔法は僕が想像した物をそっくりそのまま幻として具現化できるんだと思う。
今朝履いたズボンに日本製のロゴが入っていたのも、僕の記憶から理想のズボンを読みとってそれをそのまま再現したのだろう。
つまり、これは実際にゲームをプレイしているというより、僕の妄想を目で見せているだけ……なのかもしれない。
魔法について詳しくないため、正確に説明はできないけれど。
「うーん……絶対に敵に回したくない能力だな」
バトル漫画だったら、同士討ちや敵を倒したと思ったら味方が目の前で倒れてる!……みたいな展開に使われそう。厄介この上ない。
ポチポチ………ポチポチ。
何よりも触感まで細かく再現されるのがたちが悪い。寝起きのときなんかは絶対に騙される自信がある。
ポチポチ………ゲームクリア!
「うん……でも全然面白くない!」
遊んでみてすぐにわかったのだが、結局は自分の妄想の範囲内でしか動かないから、驚くような展開がなくて退屈だ。
例えるなら、暇つぶしにやっていた脳内ゲームや、ひとりじゃんけんのようなものだ。結果は予想通りにしか絶対ならず、ただの茶番にすぎない。
「まただ……」
それに、ちょっとでも集中を切らすとゲーム機がぼんやり透けてしまう。
適度なタイミングで『これは本物なんだ』って自分に強く思い込ませないといけないのが地味にしんどい。
出してもらっておいて申し訳ないけど、これでまともに遊ぶには特訓が必要かもしれないな。
「まぁ、Aボタンをポチポチ触ってるだけでも、ゲーム依存症の僕としては嬉し………わっ!」
ガタン!
「コン♡」
突然、馬車が大きく揺れた。
ゲームに夢中で周りを見ていなかった僕は、体の制御を失い、そのままゴンさんの上にドサリと倒れこんでしまう。
「いててて………」
両手でゴンさんの胸をぐいっと揉んでしまいなんだか申し訳ない……そういえばゴンさんってオスとメスどっちなんだろう。
あれが見当たらないから暫定メスだが、この世界に去勢という概念があるかもしれないから確定ではない。
まぁ別に性別がどっちだろうと僕には関係ないけど。
「あれ……ゴンさん大丈夫? ゴンさ〜ん……?」
頭を強くぶつけたのか、揺らしても返事がない……あ、ゲーム機が消えてる。
『(こんな場所で大型魔獣に遭遇するとは……おかげで馬車が揺れたではないか! ケンちゃんがケガでもしたらどうする!)』
「(ここは抜け道ですからね。人の往来が少ないぶん、魔物がいても仕方ありませんよ)」
『(ふん。まぁよい。氷漬けから解放されたばかりで、ちょうど運動したいと思っておったところじゃ! ラミィ!)』
「(かしこまりました【エアリアル】)」
『(ふははは!貴様ら全員、ご飯の足しにしてくれるわ!)』
バキ! ゴキ! ドシュン!
ルナさんが大剣を軽々と振るい、角の生えた魔物を次々になぎ倒していく。
その姿に、あの時スライムから助けてくれた彼女の面影が重なり、思わずときめいてしまった。
やっぱり、かっこいい美人の戦闘シーンが映える。
「いいなぁ………僕もカッコよく戦ってみたい。ゴンさんなら合体ロボット作れるのかな?もしくはガ〇ダム!」
そんな淡い期待を抱きながら、ルナさんが仕留めた獣の丸焼きをみんなで取り囲むのだった。
…………ちなみに、その獣たちはめちゃくちゃまずかったです。




