閑話 我が名はまるちゃん。王である 前編
我が名はまるちゃん。王である。
『(は~いまるちゃん!ご飯の時間じゃぞ~)』
我は生まれながらにして王である。
その証拠に、このルナという忠実な下僕が、日々の食事から身の回りの世話まですべてを引き受けてくれている。
産まれて間もなくこのように尽くす者がいるということは、我が高貴な血筋の証明に他ならぬ……つまり王である!
『(いたたた!もう、こんなにぺちぺち叩きおって………仕方ないのう。ほれ、追加のお肉じゃぞ~)』
ルナより献上された骨付き肉にかぶりつきながら、我はこの国に住まう民草を見渡す。
我が領土には、実に多種多様な生き物が住んでいる。
パトロールを欠かさぬハムリンという善なる者もいれば、われの大事なぬいぐるみを盗んだゴンという悪なる者もいる。
そして多様な生き物たちが共に暮らすこの地では、時に注射なる大災害や、オスを巡る争いが起きる。
<ティアラさーん!僕の晩御飯をあげるから、匂いを嗅がせて~
<は?雑魚は黙ってろ。今は私がティアラと愛を深めてるところなんだよ!
<はぁ?その喧しく羽ばたくだけしか能のない鳥が何調子乗ってんのさ。あ、ごめんw。そういえばあんたは鳥でも鶏だからそれすら出来ないだっけwじゃあそれただの贅肉じゃーん
<コロス!
「皆様〜私のために争うなんて困ってしまいますぅ~。それに、万が一私に触れたいと仰るのなら、それ相応の気品と価値を備えた贈り物をご用意してほしいですぅ~」
実際、今まさに我が目の前でオスを奪い合う戦いが繰り広げられていた。
「貴様らうるさい!黙るが良い!」
ドス!バキッ!
それでも、我が天才的な統治のもとで事態は収束する。
とにかくぶん殴る。
悩む前にぶん殴る。
争いが起これば我が身をもって制裁を下して事を収め、民が飢えればルナを殴ってただちに食料を手配させる――これさえ徹底しておけばあらゆる問題は必ず解決するのだ!
「ふ、あまりにも賢王たる自分自身に驚きを隠せぬ。やはり持つべき者は全てにおいて完璧なのだろうな!そう……我のように!」
だがそんな狂人無敵な我であっても、どうしても解決できない問題がひとつある。
それは、我が血を継ぐ世継ぎがいないことだ。
「まるちゃん様~♡ 今日も最高にイケてますぅ~!」
『ちょっと!先にまるちゃんと様目が合ったのは私よ!泥棒猫は引っ込んでなさい!』
我が領内にはオスがたった二人しかおらぬ。
此奴らは毎日のようにすり寄ってきては我の番に選ばれようと必死に振る舞うのだが、どういうわけか心が踊らぬ。
『あんたさっきまで他のメスに媚びてたでしょ!』
「そういうあなただって、ほかのメスに甘えた声を出してお肉もらってたじゃないですか~」
「今日もキャンキャンと耳障りな奴らだ」
此奴らには、我が番となるべき者の気品が感じられぬ。
とてもではないが、我の番に相応しいとは思えん。
そもそも、我は此奴らと交わり子をなすことなどできるのか?全身を隅々まで観察しておるが、まったくと言っていいほど興奮せぬ。
やはり番は他の奴を用意しなければな。
バシッ!
「ルナ!いい加減我に相応しい番を用意せぬか!我はもう8歳になるのだぞ!早く交尾をさせろ!!」
バシッ!バシッ!
『(いたた!もう……最近のまるちゃんは情緒不安定じゃのう。ほら新しいおもちゃじゃぞ~)』
「もがもが……ほう、押すと音が鳴るとな?なかなか愉快な……もがもがもがもが!」
これまで起こったすべての問題は、下僕のルナをぶん殴って解決してきたというのに、こればかりは100回以上殴っても解決の兆しが見えておらぬ。
もっと強く殴ったほうが良いか?
ガシ!
『(痛いのじゃーーー!!!)』
いや、こうなったら我直々に外に出て、我の番を者をさらってくるのも一興かもしれぬな。
「可愛らしさと勇ましさ、その両方を兼ね備えたオスこそが我の番には相応しい。ふふ、楽しみだ」
だが……心を弾ませながら遠征の支度をしていたその折、我は一匹のオスと出会った。
『(まるちゃ~ん、この子がケンちゃんじゃよ~。ご飯は前々から一緒に食べさせておったが、こうしてちゃんと顔を合わせるのは今日が初めてじゃな。我の番として死ぬまでこの城にいることになるから仲良くするのじゃぞ~)』
「(ル、ルナさん!?なんで僕を猛獣の真ん前に置いたんですか!?)」
なんじゃ此奴は?
風に飛ばされそうなほど身体が小さく、爪に至っては、鋭いどころか丸くて飾りのようではないか。
かわいらしさは認めるが、こんな生き物が厳しい環境を生きていけるとは到底思えぬ。守りに特化した生き物なのか?
「(ひっ!)」
我は此奴の周りをぐるりと一周し、特別な器官がないか注意深く観察する。
しかし、背中を見ても足元を見ても、武器となり得るものは一つとして見当たらない。
「……まぁよい、試しにぶん殴ってみればわかる話だ!」
ガウ!
「(ちょ、あぶな!…………これもしかしてやばい?)」
ふん、ほんの少し殴ろうとしただけでこうも慌てて逃げるとは……大袈裟なやつめ。
「いや、これは我と追いかけっこがしたいという合図か。よい、我を楽しませて見せよ!」
ダンッ!
我は目の前を走る獲物を追いかける。
「がう!!!」
「(死ぬ!死ぬ!死ぬ!死ぬ!食われる!)」
喉の奥から低く唸り声を響かせれば、その音に聞いてピクリと身体を跳ねさせた。
ふふ、今朝遊んだおもちゃのようで実に面白い。
「それにしても、なんだその赤子のような不格好な走りは?もしや我に襲われたいがためにわざとしておるのか?」
目の前の生き物は、なぜか二本の足だけでぎこちなく、まるで転びそうになりながら遅い走り方をしている。
前脚を使えばもっと速かろうに――そう思いながらも、、愚かしくも二本足だけで必死に逃げる様が可笑しく、つい熱が入ってしまう。
バシッ!
そしてそのまま勢いよくタックルし、小さな子供のような体に覆いかぶさった。
「捕らえたぞ。確か……ケンちゃんと呼ばれておったかな?』
「(ひっ)」
我がわずかに身じろぎするたび、ケンちゃんの体がまたも『ビクッ』と敏感に反応する。
「まったく…………憂い奴め。我を楽しませた褒美だ。我直々にそなたの匂いを嗅いでやろう」
スンスン……!!!!
「な……なんだこの芳醇な匂い♡♡♡♡♡」
スンスン………!
嗅いだだけでわかった♡こいつはオスだ♡しかも極上のオスだ♡
その香りを鼻腔に取り込んだだけで、体中の血が沸騰したかのように熱を帯びていく。視線を外す瞬間さえも惜しく、まばたきすら我慢したくなるほどだ。
「孕む♡今この場で絶対に孕む♡百人でも千人でも子をなしてやる♡これはもう決定事項だ♡」
我の中の本能が、危険信号とともに襲え♡抱け♡と吠え立てている。
なるほど理解した――そなたは我に子孫を残させるために用意された番だな。
ガブ!ガブ!ガブ!ガブ!
ふふ、下僕にしては見事な人選だ。
今度ルナには、我直々にお腹の匂いをかがせてやろう。
ガブッ!!!
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
おっと……気がつけば首を嚙みつけてマーキングをしておったか。まぁ我の番だし問題はなかろう。誰にも文句は言わせぬ。
ペロン!
「(うえ……顔を舐めないでくださいぃ。ぼっ僕、全然美味しくないですよ!確かに最近たくさんお肉を食べ……)」
「泣くでない!そなたはこのまるちゃんと交尾できる権利を得たのだぞ?悲しむ要素がどこにある!」
今から交尾を始めるというのに、ケンちゃんは涙を流しながら何かを話している。
ペロン!ペロン!
何度も涙を舌で拭いながら、慰めの言葉をかけるが、ケンちゃんは未だに涙を流し続けてまるで落ち着く様子がない。
「仕方ない……我の匂いで安心させてやろう」
さすがの我とて、泣いている状態のオスを無理やり襲おうとは思わぬからな。
むぎゅ〜〜〜
「発情しろ。理性などというくだらぬものはドロドロに溶かしてしまえ……」
我が腕の中にいるケンちゃんは段々と落ち着き、顔はとろんとした表情に変わっていく。
「そうだ。そなたは我の匂いを嗅いで、ただ蕩けきった顔を晒しておればよいのだ」
すりすりすり………すりすりすり………
「しっかりこの匂いを覚えるのだぞ?なんでも我からは気持ち良くなる成分が出るらしいからな……おい!寝るでない!」
我がせっかく交尾のお膳立てをしてやったというのに、ケンちゃんは目をつぶってそのまま眠ってしまった。
「はぁ……まぁ良い。これで匂いのマーキングも無事終わった。後はじっくりと我が領土に連れ込んで愛を育んでいけばよい♡」
これから毎日、我の中で荒ぶる衝動を受け止めてもらえると思うと胸が高鳴り心が浮き立つ。
「ああ、まるで舞踏会に招かれたような気分だ。実に愉快である」
これが我が夫とのファーストコンタクト。
いずれ生まれてくる子供たちに語るため、この一瞬の感触や高揚まで、忘れぬよう心に刻んでおかねばならぬな。




