ウラ第2話 追う者たち
20XX 東京 某事務所内にて……
ガチャ!
「龍堂先輩!ガムテープ買ってきたっす!」
『おい佐藤!名前じゃなくて“編集長”と呼べって、いつも言ってるだろ!』
「いやっす!私の中で龍堂先輩は龍堂先輩っすから!それに……その肩書もそろそろなくなるんですし、いいじゃないっすか!」
『……それもそうだな』
ここは、世の中に渦巻く黒い噂や事件を掘り起こし、世間に広める出版社の事務所の一室。
主に自分の足で事件を捜査をして、確証を得たものを記事にしている。
私は、そんなダーティーっていうか、裏の世界に生きる人たちみたいな存在に子供の頃から憧れていて、8年前に何も考えずに入社した。
「おい、お前経費だからってお菓子買ってくんなよ……あ!?てめぇ、肉まんまで買いやがったな!』
「ややっ、肉まんの姿もないのに気づくとは!さすが龍堂先輩っす!」
『姿がなくてもな、レシートにキッチリ書いてあんだよバカたれ!』
そして私の目の前で怒鳴っているのは、編集長であり、私の先輩――龍堂先輩だ。
高卒で入ったあの頃、この会社はまだ大きくて、龍堂先輩の助手として色々と連れまわしてくれた……いや、正確には連れまわされた。
10分にも満たない話を聞くためだけに、沖縄から北海道を行ったり来たり。
そんなの電話で良くないっすか?って愚痴をこぼすたびに、『聞き込みってのは目や呼吸、対談人の態度が重要なんだよ。声だけじゃ嘘をついてるかどうかはわからなねぇからな。俺たちには、真実を世に伝える責任があるんだ。手を抜けば必ずぼろが出るぞ』って毎回説教されていた。
他にも、耳がタコができるほどこの人には怒られたけど、これからはもう聞けないと思うと少し寂しくてつい悪戯をしてしまう。
『結局……先輩たちから託されたこの会社を守ることが出来なかったなぁ』
「もう……またその話っすか?龍堂先輩が編集長に就いた時点で、いつ潰れてもおかしくなかったんすから。そんなの先輩の責任じゃないっすよ!」
そう、ネットの普及に押されて会社の規模は徐々に縮小。残念なことにこの出版社も近々倒産を迎えることになった。
「さーて!どんどん仕分けして、早く晩御飯食べに行きましょう!」
今は部署を畳む準備として、これまでに発行された雑誌や各種資料を整理している。
一枚一枚の資料が指に触れるたび、そこに込められた過去の思い出が静かにあふれ出し、自然と寂しさが広がっていく。
こんなこともあったすねぇ……
『なぁ佐藤……お前はいいのか?今ならまだ、他の奴みたいに、知り合いの出版社に紹介できるぞ?』
「先輩はその出版社にいるんすか?」
『いや、俺は疲れた……しばらく実家でぐーたらするよ』
「なら行かないっす!」
私がこの会社で頑張れたのは、龍堂先輩がずっとそばにいてくれたからだ。
先輩と一緒にいられるなら仕事内容なんて正直どうでもいいし、いないなら興味がない。
「それにしても、先輩は実家に帰るんすね……なら都合がいいっす(ボソッ)」
『ん? なんか言ったか?』
「なんでもないっすよ~」
確か先輩の実家は青森だったはず。ならいきなり行ってびっくりさせてやるっす!
お義母さんとは電話で何度かやりとりしたし、夜中にそのまま……
「ふふ~ん♪……あれ?こんな記事ありましたっけ?」
ウキウキ気分で資料をダンボールに詰めている最中、ふと手が止まる。
目に入ったのは、病院の白いシーツの上でどこか寂しげな笑顔を見せる少年の写真。見るからに具合が悪そうだ。
「やや、この会社から発刊されている雑誌は全部買っているはずなのに初めて見るっすねぇ……」
不思議に思い、その写真と一緒にまとめられていた資料に目を通す。
自分が知らないのだから没かと思ってめくってみたが、どうやら最終チェックまで済んでいる。となれば、没になったとは考えにくい。
なんでしょうかねこれ。
『ああ……これか』
「知ってるんすか?」
『まぁな。これは確か、元々は謎の病と戦い続けている少年の記事だったか?』
「よくある募金とか募る奴っすね!」
『ああ、だが残念ながらこの記事は、公開直前でお蔵入りになった。最終確認のため、その子のお母さんに電話をかけたんだが……ちょうど葬式が終わった直後でな。あの時は気まずかったよ』
「なるほど……亡くなったから募金が没になったと」
うーん、それはなんとも気まずい内容っすね。この子のご冥福を心からお祈りするっす。
「いや………没の理由はそこじゃない」
「へ?」
『何故かは知らんが、この子について記事にするなって没にされたんだよ』
「ど、どうしてですか!」
あまりに不可解な展開に、思わず声を荒げてしまう。
『はっきりしたことは俺にもわからん。ただ、その子の母親が言ってた話じゃ、病院で相当ひどい扱いを受けたらしい。病状が悪化した原因について満足な説明もなく、最後は死に目にさえ立ち会えなかったそうだ』
「死に目にすら会えない……なにか感染するような病気だったとか?」
『いや、俺もその少年と話したが未知の心臓病らしい。特に感染するようなものじゃないって聞いたな』
「なら、絶対に何かやましい裏事情があったんすよ!」
『だろうな……で、問題はここからだ。病院の対応に納得しなかった両親から後日連絡が来てな。募金を募る記事から病院を告発する内容に変えてほしいと依頼されたんだが……』
「病院の悪評が世間に出回るのを恐れて、何者かが動いた。そして、こちらに記事を止めるよう圧力をかけてきたってことっすね」
『恐らくな……まぁ当時の俺はまだ編集長じゃなかったから、詳しい裏事情までは分からねぇ。俺も調査したけど証拠は何も出なかった。悔しいが、こうなるとただの疑念止まりだ』
「そうだったんすね……」
『まぁ落ち込むな……こんなことを今さら考えても仕方ねぇさ。こういうどうしようもない時は早く忘れることだな』
先輩は軽く笑いながらそう言ったが、表情は少し悲しげで、後悔の念がにじみ出ているように見えた。
「先輩……」
私はどうしてもこの事件が気になってもう一度資料を読み返す。
ペラ……
少年が写った写真の隣には、もう一枚――お母様と思われる女性が泣き崩れている写真があった。
愛する息子の死を前にして、この人はどんな思いを抱えていたんだろう……きっと、何もできなかった自分を悔やみ、藁に縋りたい気持ちで私たちを頼っていたはずだ。
それになのに記事は……
「龍堂先輩!私これ調べてみるっす!」
『……やめとけ。どう見ても厄ネタだ。今の俺たちが関わってもどうしようもない。いたずらに遺族を刺激するんじゃねぇよ』
「それでも……私この事件をほっとけないっす!それにどうせ潰れるんだから、最後に大きな花火を打ち上げましょうよ!」
『……本気なんだな?』
「はいっす!」
龍堂先輩は、いつもの厳しい視線で私の目をじっと見つめてくる。
「はぁ……その目をしたお前は止まらねぇか。俺はもう老後までのんびりするつもりだからいいが、お前はどうするんだ?まだ若いんだぞ。こんなことで上に目を付けられて、後で厄介なことになっても知らねぇからな?」
「若いって……先輩とは8歳差なんすけど!それに、働けなくなったら龍堂先輩に養ってもらうので大丈夫っす!」
「は!もっといい女になってから出直してきな。それに俺は巨乳派だ」
「あぁぁぁ!それセクハラっすから!もういいっす!二度とそんなこと言えなくなるような凄い記事を書いてやりますからねぇ!」
バタン!
先輩に宣戦布告した私は、そのまま資料を手に事務所を後にする。
「とりあえずこの両親から聞き込みをしてみるっすかね!《《愛澤健斗》》くんの家は……うん、結構近いっす」
ハイヒールが地面を力強く叩く音を響かせながら、勢いよく歩き出す。
これから始める大仕事に向けて、出だしだけは順調に進んでほしいと心に誓いながら………
『はぁ……昔の俺なら、あいつみたいに純粋な気持ちでこの事件を追い続けることができたんだろうか……イタッ!!!』
椅子から立ち上がろうとした瞬間、腰に強烈な痛みが走り思わず顔を歪ませる。
『老いってのは本当に嫌になるな……』




