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第45話 とあるエルフの日常


「ん……うん……もう朝ですか」


 眠気の残るまま目を覚まし、まだ夢の中にいるような足取りで窓辺の花壇へ向かう。


「ご飯の時間……です」


 ポワン……


 指先にそっと力を込めると水魔法が展開されて、花壇に水が降り注ぐ。


「この子たちも、最近なんだか元気がない気がし……ます」


 水もマナも十分に与えているのに、それでも元気がないように見えるのは――きっと、こんな私なんかがそばにいるせい。


 この子たちには申し訳ないですが、大事な回復ポーションを作る材料ですので我慢してもらうしかない。


 バタバタバタバタ……!


「今日もまた一日が始まってしまいました。あれからまだ……いや、彼女目線ではもう20年になるのです……ね」


<緊急連絡!3日後にケンちゃんが村にやってくるぞ!今すぐ対来客用プランBを準備せよ!AではなくBだぞ!


<10年前と同じよ!本はすべて隠すか燃やしなさい!一枚でも存在を残したら500年積み上げたものが一瞬で水の泡よ!そんなこと結末私は認めないわ!


<それだけはダメです!お母様から譲り受けた大事な掛け軸なんです!400年前にいただいた、大事な大事な宝物なんですよぉぉぉぉ!


 ビリビリビリ……


<ああああああああ!


 今日はなんだか村が騒がしい……です。


 どうやら“ケンちゃん”という有名人がこの村に来るとか来ないとか。そんな話を回覧板で見た気がする。


「ケンちゃん……」


 わざわざ誰かを招くなんて、部外者を容赦なく追い返すこの村にしては珍しい。

 ここエルフの村は、あの魔王様や人間族の要人でさえ、事前に連絡がなけれな敷居を跨ぐことは許されない。

 それくらいにセキュリティが厳しい。


 コンコン……


<フィーリア?入っていいかしら?


「はい。大丈夫……です」


 ガチャ……


「失礼するわ……まったく、あんたは相変わらず辛気臭い顔してるわね」


 もう友達なんて一人もいない私に誰が会いに来たのかと思えば、あまり関わりのない村のお偉いさんが入ってきた。


 その顔はなぜか不機嫌そうな顔を浮かべている。


 たぶん「この家は見た目が悪い」とか、「あんたいるだけで村の空気が淀む」みたいな文句を言いに来たんだろう。


 うぅ……朝一で説教なんてされたら耐えられる気がしない。メンタル的に泣く自信しかないので勘弁してほしい。


「村長からの伝言よ……って、大事な話なんだから耳を塞ぐのはやめなさい。そんなことをしても、どうせテレパシーがあるんだから意味ないでしょう?」


「ぐ……」


 こういう時、無駄に賢いエルフが憎いです。


 村に戻ってきてからというもの、まともに口論で勝てたことがありません。

 それに、淡々と論理的に事実を並べらながらこちらの問題点を指摘するので、負けたときのダメージが大きすぎます。


「はぁ……私も暇じゃないから簡潔に伝えるわ。今度、ケンちゃんという人間族のオスが来るのは知ってるわよね?」


「え、人間族ってことは耳にしてましたけどオスだったんですね。ああ、あれですか? 少し前に魔王様が見つけたっていう……」


「その子じゃないわよ。最近になってまた別の子が見つかったの。それに、前のオスは選定の儀の結果見送りになったでしょ?ほら、みんなで泣きながら慰安会をしたじゃない」


「よく覚えていません」


「噓でしょ……」


 確かにそんなことがあったようななかったような……


 あの頃の私は今以上に塞ぎ込んでいたので、気づかぬうちに色々と終わっていたのでしょう。


「まったく……かつては村一番の魔法の使い手で、次期村長とも言われていたあんたがどうしてこうなったのかしらね。やっぱり、戒律は守るべきだったのよ」


「うるさい……です!私は自分の選んだ道を後悔なんてしていません!」


「はいはい、ごめんなさいね。それで話を戻すんだけど、貴方をそのケンちゃんのお世話係兼、言語を教える先生に任命するそうよ」


「………………え?なんで私なんですか!?」


 まさか自分に大役が回ってくるとは思わず、頭が真っ白になり困惑する。


「村長曰く、テレパシーを一日中使っても魔力切れを起こさず、外の世界についてある程度知っているあんたが適任なんだそうよ。まったく、羨ましいったらありゃしないわ」


 あの人がそんなことを言うなんて思いませんでした……意外と、私のことを評価していたんですね。


「あの…その…申し訳ありませんが、お断りします……です。おか……村長には具合が悪いので断ると伝えてください」


「はぁぁぁぁぁ!?あんた本気で言ってるの!?2週間も人間族のオスと一緒にいられるなんて、世界中を探しても数人しか許されない特権なのよ!それを断るなんて、あんた頭おかしいんじゃない!?」


「う、そう言われても……嫌です。私なんかがオスと関わったって、きっと嫌われて終わるだけ……です」


「だとしてもあんたがやるのよ!今さら誰かに任せるかなんて話してたら、絶対に争いになって当日までに間に合わないんだから!あんたがやる以外に選択肢はないの!わかったわね!!」


「はいぃぃぃぃ」


 勢いよく胸ぐらをつかまれて、体を上下にぐわんぐわんされる。


 どうやら私には拒否権はないらしい。


 ならどうにかしてサボる方法を……


「あと、くれぐれも当日抜け出したりしないでよ!ケンちゃんにはエルフの未来がかかってるんだからね!そんなことしたら……殺すから」


「う……わかりました」


 バタン!


<あ~もうイライラする。村長はなんであんな奴に大事な選定の儀の……


 私が渋々了承するや否や、ドアをバタンと勢いよく閉め、不機嫌そうに外に出て行く。


「はぁ……緊張しました。人と話すのなんて数年ぶりです」


 コップに水魔法で水を注ぎながら、会話という大仕事やり遂げた自分を労う。

 今日はもう疲れたので寝てしまいましょう。


「ふぅ……それにしても人間族のオスですか。今更短命種には興味ない……です」


 このまま静かに、誰にも気づかれずに消えてしまえたら……


 そう願いながら、今日も私は現実から背を向けて自分の世界に閉じこもる。


 不公平で理不尽なこの世界を、ただ静かに恨みながら……



「はぁ……当日までに裸で過ごしたら風邪を引いたりしないかな」



===================



第2章 


『~エルフの森~初対面の人から貰った飲み物は飲まないようにしよう!』


前編:完

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