第43話 とあるアイドルペットの日常 前編
「チュン!!!チュン!!!!」
「っん……うるさ……」
部屋の中に、小鳥のさえずりというにはいささか爆音すぎる鳴き声が響き、目を覚ます。
「ふわぁ……もう朝か」
眠たい瞼をこすりながら、窓から差し込むやわらかな光をぼんやりと眺める。
そろそろ起きないとな……
「う、相変わらずまるちゃんさんが重い……よっこらせっと」
僕にぴったりとくっついて寝ていたまるちゃんさんを起こさないよう慎重にどかしながら、こっそりと抜け出す。
「もう少し軽くなってくれればなぁ……うぅ、ちょっと腰が痛い」
そんな風にぼやきながら、ぎゅっと背中を伸ばして大きく背伸びをする。
柔らかな毛の感触と、ほんのりと残る温もりに名残惜しさを感じながら、服に付いた毛を一枚一枚払う。
今日もいい朝だ。
トコトコトコ……バサバサバサ……
「コンコ~ン」「チュンチュン!」
「あ、おはようございます。皆さん」
挨拶も兼ねて部屋を歩き回ろうとした時、動物たちが一斉に押し寄せてきた。
ざっと数えてもその数は二十匹以上。それでも、まだこの部屋にいる動物たちの全員ではないというのだから驚きだ。
「コン!」「チュンチュン!」
「はいはい、落ち着いてください。今日もなでなでしますから」
皆が集まって早々争いが起きかけたので、ぱんっと手を叩いて注意を引く。
「じゃあ行きますよ~」
大人しくなったその隙に、まずは一番近くにいた子から順番に優しく撫でていく。
「にゃにゃ~にゃにゃにゃ?(すりすり……)」
その間にも我先にと列に割り込んできたり、背中や足元に身体をぐいぐい押しつけてたりされる。
けれど、そんなことにいちいち反応していたらきりがないので黙々と目の前の動物を撫で続ける。
「きもちいですか~かゆいところないですか~」
なでなで……
「ちゅん~♡」
今は僕と同じくらいの大きさの鳥さん……名前はたしかピッピさんだったかな。
翼の内側に手を入れてごみや汚れを落としながら、奥に隠れているお肉をやさしくもみもみしている。
まるちゃんさんのもちっとした柔らかさとは対照的に、ピッピさんは筋肉がしっかりと詰まっていて、ガッチリとした張りのある感触が指に伝わってくる。
これはこれでなんだかクセになりそうだ。
「コン!コンコン!」
「いたたた!そんなに急がなくても撫でてあげますって……って、え? いつの間に鳥からゴンさんに変わってる!」
撫でていたはずの鳥の感触が消え、気づけば狐っぽい動物の毛並みを持つゴンさんをわしゃわしゃしていた。
「……まぁ、そろそろ交代の時間だし。いっか」
そう呟きながら、そのままお腹をわしゃわしゃする。
「コン♡コン♡」
ゴンさんも、先ほどの鳥と同じよう、撫でて数秒で気持ち良さそうな声を漏らし悶絶する。
最近は、誰のどの部分を撫でれば喜ぶか分かってきて、この時間が面白くなってきた。
例えばゴンさんは、油断したタイミングで耳の中を優しく撫でると足をバタバタして気持ち良さそうな声を上げる。
「コ―――ン♡♡♡♡…………」
そして仕上げに、狐特有の長く伸びた鼻下から首筋にかけて、指先でゆっくりと撫でてあげる。
そうすると、うっとりと目を細めてじっと動かなくなるのでこれでゴンさんの時間はおしまい。
次の子にも同じように、気が済むまで撫でてあげる。
なでなで……なでなで……
「うにゃーん♡♡」
なでなで……なでなで……
「わおーん♡」
なでなで……なでなで……
「ふにゃー♡」
動物を撫でに撫でまくった結果、足元にはまるで猫がまたたびを食らったかのように、頬を赤らめて倒れる動物たちが転がっている。
「なんだかんだでこの生活にも慣れてきたな」
この世界に来て何日が経ったんだろう。
最初は数えていたけど、30日を超えたあたりから数えるのをやめてしまった。
相変わらずよくわからない状況にいるけれど、僕はこの世界の人たちの役に立っているのだろうか。 今のところ、僕を必要としてくれるのは、こうして無邪気にすり寄ってくる動物たちだけのような気がする。
「結局、動物園みたいなあれも最近はやらなくなったしなぁ……」
「キュピー♡♡」
「まぁ考えても仕方ないか……とりあえず今は僕にできることを小さなことからでもやっていくか」
なでなでなでなでなでなでなでなで…………
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「「「「「「♡♡♡♡♡♡」」」」」」
ピクピクッ……
「よし。これで全員かな…………さて、これはどうしようか」
僕の足元には、山積みになった小動物の死骸や晩御飯の残り、あとよくわからない種……種はハムリンさんかな?が動物たちによって置かれていた。
恐らく、お駄賃のような感覚なのだろう。
皆、撫でてもらう前に何かを差し出し仰向けになる――そんな一連の流れが「礼儀」とすっかり定着してしまっている。
中には物を差し出すのではなく、愛らしいダンスを披露したり、羽でそっと頭をあおいでくれる子たちもいる。
その行動の意味は正直わからないけれど、少なくとも感謝されているのは感じ取れて悪い気分ではない。
「捨てるのもなんだか申し訳ないし、キングさんとティアラさんに分けてあげようかな。未だに睨まれてるし、そろそろ仲良くなれたらいいんだけどなぁ」
唯一あの二匹だけは僕を受け入れてくれない様子。
あのフワフワのモフモフを触りたいし、また夜中に襲われるのも嫌だ。打ち解けられるように僕が頑張らないと。
「がうぅ!」
「あ、まるちゃんさんおはようございます……ってうわぁ!」
今日の収穫物を持ち上げようとした瞬間、まるちゃんさんにのしかかり攻撃を受ける。
「がうがう!がうがうがうがう!!!」
「うっ……ちょっ……いきなり顔を舐めないでください!」
「がう!!!」
「いたたたたっ」
まるちゃんさんはかなりご立腹のようで、僕が少しでも身じろぎをしようものなら、すぐさま首筋に噛みついて牽制してくる。
ある程度の力は加減してくれているが、僕の非力さでは対抗出来る訳もなく、逃げるに逃げられずに耐えるしかない。
「がうぅ!」
それはまるで『悪い子にはお仕置きだ』とでも言わんばかりの冷たい態度だった。
バリバリ!
「あ!ズボンが!」
なんの迷いもなく僕のズボンに噛みつく。
そのまま器用に布地を引きちぎられ、大事な下半身を守る装甲が残り一枚になる。
「ふぅ……♡ふぅ……♡」
まるちゃんさんの意図はさっぱりだけど、このままじゃ本当にまずい。ルナさんたちに下半身丸出しの変態だと思われてしまう……!
「一度落ち着いてください!そんなに怒らなくてもいいじゃないですぁ……そこにあるお肉あげますから!」
「がうん!」
ミシミシ…………
「ちょっ……パンツ!パンツだけはお許しください!それだけは服と違って、元の世界から持ってきた大事な私物なんですって!!転移特典でワンチャンこれがチートアイテムに代わる可能性だってあるんですから!まだ、僕が気づいてないだけの可能性もあるんですから!」
ベリベリベリ……
「ぎゃああああああああ!」
ガチャ……
『(はぁ……疲れたのう。外出2週間分の穴を埋めるためとはいえ、まったく寝れんかった。睡眠は行きの馬車でするかのう)』
あと少しでゴムが千切れるかというところで、タイミングよくルナさんがへやに入ってきた。これは助かるかもしれない!
「ルナさんお願いします!まるちゃんさんを離してください!このままだと僕の唯一あった元世界の思い出が!」
『(おう。二人とも朝から仲が良くて羨ましいのう…………む、なんでケンちゃんの服があたり一面に……は!もしかして交尾中か?ついにケンちゃんとまるちゃんが子作りしているのか!ま、待ってくれ!今カメラを準備するぞ!)』
バタン!
ルナさんがこちらと目を合わせたかと思うと、くるりと背を向けてそのまま早足で部屋から出ていった。
『ラミィ!ケンちゃんが遂に子作りをしているぞ!借りている映画用カメラで……』
「るなぁぁぁぁッ!!にげるなぁぁぁッ!!!!」
バチンッ……
「……あ」
腰を絞めつけていた圧迫感が、破裂音と共に一瞬で消え去る。
「がう♡♡♡」




