第40話 エルフからの招待状
【ケンちゃんが倒れた……か】
その報告を受け、頭が痛くなる。
まったく……次から次へと心労を増やしてくれる。 催眠術をかけた者には、魔王権限で死より重い罰を与えてやろう。
【それでケンちゃんの公開中止だったか?するのは可能だが大々的に発表はできぬ。ケンちゃんが傷つけられたことを人間族に知られるのは厄介だ】
それに、ただでさえ最近は治安が不安定なのに、ケンちゃんが傷つけられたなんて報道したら何が起こるかわかったもんじゃない。
特に竜族はケンちゃんに対する熱意が尋常じゃないと聞く。
誰一人子を産んでないのに、ベビーブームが巻き起こり、ベビー用品専門のコーナーが各地の店頭にずらりと並び始めているとかだったか。
誰も乗っていないベビーカーを押す姿や、存在しない夫との日常を話すママ会――その様子はどう見ても異様だ。
それでも、闇市に手を出して沈みかけている村と比べればよほど健全なのは何とも言えないな……むしろ好景気だ。
「とはいえ、黙っているわけにはいかないだろうし、入り口で発表しようものなら混乱は避けられない。最悪、混乱に紛れてケンちゃんが攫われるなんて事態もあり得るだろうねぇ」
【確かにな……ではどうする?】
「私としては、わざわざ公表する必要はない考えている。ケンちゃん園には1時間という制限があるし、短い時間だけなら誤魔化す方法はいくらでもあるさ」
アウラはまるで悪魔のような笑みを浮かべながらそう言う。
【何か妙案があるのなら任せるが……絶対にやりすぎるなよ?】
「もちろんだとも!ケンちゃんに会えると油断しきった全員を、後悔の渦に叩き込んでやるねぇ!」
……本当に大丈夫だろうか。頼むからこれ以上仕事だけは増やさないでくれよ。
「ああそれと、今回の件を踏まえてケンちゃんの檻をアップグレードするべきだと考えている。対魔法用のガラスを発注して、魔法を感知する結界の設置……できそうかい?」
【ふむ。かなり高額になるだろうが、以前に比べて潤沢な資金があるから可能だ。とはいえ最低でも2週間はかかる。それに……】
増設自体に異論はない。
最大の問題は、作業員として雇った者たちの中に、ケンちゃん関連グッズを不正に持ち出す輩が混じる可能性だ。
それだけは絶対に防がなければならぬ。
【それにできれば、建築作業が終わるまでケンちゃんにはどこかに避難しておきたい。可能ならケンちゃんの存在が露呈しない場所がいい】
「そんな場所、魔界にあると思うかい?」
【そうなるよな……】
オスに飢えた魔族の嗅覚を侮ってはいけない。ケンちゃんが身を潜める場所は、たとえ相当奥深い山奥であっても、すぐに嗅ぎつけられてしまうだろう。
「まぁ、もし魔王様が許可してくれのであ・れ・ば!私が責任をもってケンちゃんを預かろう!なに、24時間肌と肌をぴったり密着させていれば、どんな不埒な輩も近寄ってはこないさ!」
【いや、大丈夫だ】
「なに、遠慮しないでくれたまえ。まぁ、。まぁ、その時にケンちゃんと仲良くなりすぎて妊娠する可能性もあるが、それはオスとメスが同じ空間にいれば自然に起こること。ふふふ、子供は何人作ろうかねぇ♡」
楽しそうに考え込むアウラをあえて無視して、魔界中でケンちゃんの預け先を模索する。
どこか人の少ない集落……はダメだ。あっという間に種馬にされるだけでなく、もし外部にケンちゃんの存在が知られれば確実に枯れ死ぬ。
ならば簡単に乗り込まれない海の中……もダメだ。返却を拒まれたら手が出せん。それに、連絡用ハーピィが直接行けないせいで、やり取りにも時間がかかる。
【オスが誰にも気づかれずにのんびりできる場所なんて……あっ!】
その瞬間、最近保留にしていた一枚の書類が頭をよぎる。そこなら吾輩の要望が叶えられるかもしれない。
【前にエルフの森から、是非ケンちゃんに来てほしいという嘆願書が届いておった。どう思う?】
「エルフの森か。場所としては悪くはないがまたどうして……いや、ケンちゃんを預かりたいという考え自体は特別おかしなことではない。むしろ、多くの者が一度は抱くであろう極めて自然な願望だが……」
【奴らのほとんどがテレパシーを使える。”言葉を覚えさせるにはこれ以上ない環境だから、ケンちゃんを何日か預からせてもらいたい”と紙に書かれていた】
「なるほど……残念ながらテレパシー使いのダリス君はまだ刑期に励んでいるからねぇ。だが、そんな場所にケンちゃんを預けて問題ないのかい?エルフたちに食われてしまったら元の子もないと思うんだが?」
【その点については問題ない。エルフは長命種故に性欲が薄い……と母上から聞いている。実際、前任者のオスには全然興味を示さなかったからな。ある程度は信頼できる】
吾輩も特段詳しいわけではない。性欲が薄いというのも人伝に聞いただけであるし、会議や地方調査で少し関わった程度だ。
だが、仮に問題が発生してもエルフ程度の武力なら奪い返すのは容易いはず。よからぬことを考えておっても、付き添いにルナがいればまず問題ないだろう。
【エルフの住処は深い森の中にある。移送の瞬間さえ見られなければ、ケンちゃんの存在が外部にバレる心配はないだろう】
リスクと得られる成果のバランスを考えれば、この案が最も現実的かつ安全な選択に思える。
「ふむ、了解した。城に戻ったらルナ君にそのことを伝えておくよ。それにしても言葉か……ふふふ♡『大好き』以外に、どんな甘い言葉を聞かせてくれるのかな」
【よろしく頼む………あ、『大好き』で思い出したが、一緒に提出されていたケンちゃんとの婚姻については一度保留な】
「えぇぇぇぇぇ!何故だい!プロポーズの瞬間だってちゃんと見せたはずだろう!?」
【だってあれ、別に好きだから“大好き”って言ったわけじゃないんだろ?なら無効だ無効。正式な手順通り、ケンちゃんの子供を産むかケンちゃんの意志を明確にした状態でこの紙を提出してくれ】
「別にこれから何千何万人と結婚するんだから、いいだろう!パパっと婚姻届を受理しておくれよ!」
【ダメだ】
ドスン!
きっぱりと告げると、凛々しかったアウラの表情は一変し、まるで世界のすべてに絶望したかのように歪む。そしてそのまま地面にへたり込んだ。
「第一婦人になれると思っていたのに.....」
「そう気を落とすな。貴様はケンちゃんと常に行動を共にしているのだから、まだまだチャンスはあるさ。お互い一桁番台の妻を目指して日々精進しようではないか」
落ち込むアイラの背中をぽんと叩き、励ましの言葉をかける。
「でも私の予想だと、魔王様の扱いってペット以下になりそうだよ?」
「……は?その話を詳しく!具体的に申せ!」
その後、食い入るようにアウラから話を聞いたが、私が期待していたペット以下の扱いとは全然違っていて泣いた。
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【オスとの婚姻について】
婚姻の条件は
①オスから愛の言葉を伝えられる
②メスから愛の言葉を伝えて、受け入れられる
③結婚する両者の子供を既に産んでいる
いずれかの場合において、魔王の名の下に婚姻をして物とする。
なお、婚姻についてはオスの拒否権はなく人数制限も設けない。
次回からケンちゃん視点に戻ります




