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第39話 オスティン協定


【貴様は人間族との間に結んだオスティン協定をしっているか?】


 吾輩は一口紅茶を含み、その余韻を味わいながらもまっすぐにアウラの瞳を見つめる。


「もちろんだとも。300年前に発表された協定で、人間族のオスを数年に一度献上してもらう代わりに魔界の技術や資源をすべて人間族に譲渡する……だったかな?」


【そうだ】


「今改めて聞いてもすごい内容だねぇ。こんなのほぼ奴隷と変わらないじゃないか」


 アウラの言う通り、この協定は魔族側にとってあまりにも不公平だ。

 このままでは不当な取引……いや、取引すら成り立たない搾取の関係が続いていただろう。


【だが、それを了承するくらいには魔界はオスに困窮していた。それに子孫が産まれなければ、どちらにしても魔族は滅びる運命にある。吾輩としても、この決断は間違いではないと思っている】


「確かに一理ある。私だって、過酷な労働環境に放り込まれようとも、オスと交尾できるのなら喜んで奴隷になるさ……だが」


【だが、残念ながらこの交渉は決裂し、協定は結ばれなかった】


「むしろこの事件が引き金となり、”交渉が不可能ならば殺してでも奪い取る”と躍起になって魔族と、オスを守ろうとする人間族との間に長き戦争が始まった……」


 アウラの言葉に耳を傾けながら、改めてその聡明さに感心する。

 古の協定や争いの経緯に至るまで深く理解しているあたり、流石だな。


 城内で交尾交尾と騒ぎ立てる輩どもには、せめてこの冷静さと知性を少しでも見習ってほしいものだ……そしたら吾輩が睡眠できる日が増えるのに。


【概ねあっている……だがそれは()()()の歴史。真実は違う】


「どういう意味だい?」


 目つきが鋭くなり、不機嫌そうな顔がこちらに向けられる。


【実はこの交渉は決裂などしていない。正確に言えば、オスティン協定とは別の協定が新たに結ばれたのだ】


「そんな話は初めて聞いたねぇ……いや、でもおかしい。なぜ戦争が続いている?」


 アウラは驚きのあまり目を見開いたまま、右手で口元を押さえている。

 唇から漏れる小さなつぶやきは、事実を整理しようとするのに必死のようだ。


【協定が結ばれる当時、人間族はオス不足に頭を悩ませていた。その為、少しでもオスを産もうと毎日交尾と出産の繰り返しだったらしい】


「確か文献では、女性一人につき3人の子どもを産むことが義務付けられ、妊娠が発覚した際には即座に女性を保護するほどだったらしいねぇ」


【ああ、ただいくら子どもを沢山産んだとしても、オスが産まれる保証はない。実際、事前に予想していたよりもオスが産まれる確率は低く、女性の方が多く産まれていた】


「ふむ……妥当な結果だねぇ」


【悲しいことに、オスの少なさを改善するはずの試作は半分は成功したものの、未だに男女比は広がるばかり。このままでは、増えたオスを巡って内部分裂が進み、同族同士で戦争が起こるのではないかと人間族の女王は危惧した】


「そこで人間族は、増えすぎたメスを自然に減らす手段として魔族との戦争に目をつけた……そんなところかい?」


【そうだ。そして生み出されたのが、オスティン協定の破棄されたという名目で、徹底的に管理された戦争を行うというオーライ協定だ】


「オーライ協定……」


 この協定を結んだのは、300年前に魔王を務めていた吾輩の母上だ。


 戦争が始まると発表された当時、魔界はどんな空気に包まれていたのか想像するしかない。

 だが、昔は今よりも人間族と魔族の仲が良かったとも聞く。


 もしかしたら、もっと平和な道があったんじゃないか。そう考えてしまうのは、吾輩がまだ王として未熟だからであろうな。


「でも、よく300年もの間、多種多様な魔族たちに秘密を知られず、まとめあげてこられたものだねぇ」


【それは進軍のたびに義務付けている報告書の存在が大きい。戦場に赴かない貴様も一度は見たことがあるだろう?】


「あぁ、みんながブツブツと文句を言いながら書いてる書類のことかい?」


【そうだ。オーライ協定の中には、毒ガスなどの後遺症を残す魔術の禁止や、これ以上の進行を禁じる区域といった制限事項が多々ある。あの書類は、それらが破られていないかを確認するための物だ】


 正直、精査をするこちら側としても細かすぎると感じることもある。だがあの条約を違反すれば莫大な罰金が待っていることを考えると仕方ないだろう。


「ドラコ君がいつも愚痴っていた報告書に、そんな意味があったとはねぇ……忙しいのも、竜族が暴走気味でルール無視が多いからか」


【可哀そうなことにな。だが、吾輩たちが戦争を管理してきたおかげで、かつてはおよそ1/8000だった男女比も今では1/3000にまで抑え込むことができている】


「ふむ。一説によると、オスが産まれる確率はこの1/3000より少し高い程度だから、維持ラインとして最適だねぇ」


【それに、魔界としては協定をしっかり守っていればオスを供給してもらえる。人間族を殺すだけでオスがもらえるんだ。さっきの奴隷化よりかははるかに良いだろう?】


 もっとも、オスを貸してもらう見返りとして法外な金貨を要求され、魔王軍は深刻な財政難に陥っていたのだがな。


 だからこそ、前任者が壊れたその時期にケンちゃんが来てくれたのは、まさに僥倖だった。もし彼が現れなければ、魔界はとっくに滅んでいたかもしれんのだ。


「なるほど。だから私に熱湯をかけてきたオスは、いるはずのない集落にいたのか、納得だ……でも、どうしてもそれを私に伝えるんだい?ケンちゃんが呪われていることとは関係ないとは思うが?」


【いや、実は大いに関係がある。知っての通り、我ら魔族は人間族に比べて格段に進化している。正面から戦えばまず我らが負けることなどあり得ん】


 正直に言えば、人間族を滅ぼすことなど吾輩と魔王軍の幹部が数名揃うだけで造作もない。


【だがもしも……もしも人間族のオスすべてに、ケンちゃんのように容易に命を奪える呪いが施されていたら、どうなる?】


 アウラは先ほどの考える仕草を再び行い、ぞっとした表情を見せた。


「……協定が何らかの理由で破棄され本当の戦争に突入した際。諸刃の剣ではあるが人質としてオスを利用する。もしくは魔族に誘拐されたオスを遠隔で殺すことが考えられるねぇ」


【そうだ。人間族のオスが滅ぶ可能性があるのはさすがに見過ごない。そもそも、お互いの状況は報告し合う決まりなのに、呪いについて全く情報がないというのも怪しい……この話をしたのは、貴様に人間族について調べてほしいからだ】


 ここまでの事実を知る者は魔王軍幹部ですらいない。魔界すべての中で吾輩のみであろう。


 それでも今あえて口を開いたのは、長年で培った吾輩の勘が警告しているから。やっぱりケンちゃんは、何かとんでもない爆弾を抱えてる気がしてならない。


「了解した……と言いたいところだが、どうもこの魔界にいる住民は人間族のオスを雑に扱う傾向がある。ケンちゃんのことを考えるとあまり深くは探れないよ?」


【別に少し離れたくらいで大した問題はないだろう?実際、君が謹慎中の1ヶ月間は何も問題がなかったじゃないか】


「あの惨状を問題ないと言うのならそれも一つの考えさ……もっとも、ケンちゃんが()()()と同じ道を辿り、心を壊してしまってもよいというのならの話だけどねぇ」


 アウラから冷ややかな視線が私に向けられる。

 口にはしていないが、彼女の鋭い後ろ足が“ガリガリ”と床を引っ掻いていて気まずい…… これは、以前ケンちゃんとの接触を禁止した件についてまだ怒っているな。


「まぁ王命なわけだし、もちろん出来る限りの協力はするさ。とりあえずこの件は知人に頼んでみるけど、どうか賢い選択をしてくれると助かるねぇ」


【わ、わかった。できるだけケンちゃんのそばにいられるように善処する】


「助かるよ」


 はぁ……ようやく話がまとまったが、どっと疲れた。


 癒されたい……そういえばケンちゃんの映画はチェックの1回しか見れてないな。


「あ、そうそう。そろそろ本題に入らせてもらって大丈夫かな?」


【え、まだあるのか……】


「むしろ、ここからが本題だ。先日ケンちゃんが客からの催眠術で倒れた。よって、ケンちゃん園でケンちゃんの公開中止を要請するよ」


 バタン!


「急に頭を机にぶつけてどうしたんだい?」



===================




既存情報から簡単に状況説明


なんで人間族は魔族を滅ぼさないの?

→滅ぼせるなら滅ぼしたいが戦闘力が違いすぎて勝てないから。


なんで魔族は人間族を滅ぼさないで協定に従うの?

→人間族を滅ぼす力を持っているが、繫殖の最終手段である人間族のオスを失うし、かといって家畜化が難しいから。

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