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第37話 ケンちゃんの部屋にはなるべく近づけないように!


【小動物と戯れるケンちゃん】

【くしゃみをするケンちゃん】

【昼寝中に起こされてぼーっとしているケンちゃん】

【昆虫食を食べて美味しさのあまり固まるケンちゃん】


「か、かわいい……♡」


 前からも後ろからもケンちゃんの視線が注がれていて、こんなにも幸せな空間があっていいのでしょうか。


 全身がとろけそうな幸福感に包まれて、気を抜いたら死んでしまいそうです♡


『い、今ケンちゃんと目が合ったわ!きっと撮影する瞬間に私が見ることを察知して目線を合わせてくれたのね!流石は将来のお婿さんだわ!』


 興奮がピークに達したのか、隣にいるガーベラは意味不明な言葉を連発している。


 ケンちゃん園に行くことが家族に知られ、血みどろの戦いを繰り広げたのを知っている私にとって、いま彼女が楽しげにしている姿は実に微笑ましい。


 私は同僚全員から『お前を殺す....』と殺害予告を受けるだけで済んだので、まだ軽い方でしたね。


『ここで死んでもいい……って、ちょっと待って!?もう30分も経過してるじゃない!』


「いやいや、そんなわけないですよ。まだ、せいぜい5分くらいで……」


【30分経過!】


 噓……そんなはずない。

 今さっきこの建物に入ったばかりなのにもう30分も経ってるだなんて。


 ここにはもしかして、時間の流れを早める魔法でもかけられているのでしょうか?

 いや、思い返せば、写真を一枚見るたびに我を忘れて見入ってたような気がします。


『と、とりあえず、どの写真を買うか決めるわよ………』


 そう言ってガーベラは購入可能な写真一枚一枚を、食い入るように見ていく。唇はかすかに震え、眉間には迷いの影が浮かんでいた。


『うぅ、そんな目で見ないで! 本当はね、みんなを私の家に連れて行ってぐちゃぐちゃにしたいくらいなの!でも――私が連れて帰れるのは、たった一人のケンちゃんだけなの!!!』


「一人一枚の購入制限が憎いですね。そういえば、写真一枚のお値段っていくらなんでしょうか? えーっと……は?やっす」


 そこには常識では信じられないほどの金額が提示されていた。


 まさか、写真一枚が家賃と同じ金額だなんて、拍子抜けしてしまうくらい良心的な価格です。


 だって、もしも一ヶ月間野宿をすれば、それだけでこの写真が手に入るわけで、そんなの実質無料みたいなものです。


 しかも、闇市とは違いルナ様が管理している施設に支払うので、私のお金がケンちゃんのご飯や生活用品に使われるかもしれない。


 そんなのもう結婚してるようなものです。全財産をあげちゃいます。なんなら借金もしてあげます。ですので、もっとお金を払わせて欲しい。


『よし決めた!私は【口を開けて寝ているケンちゃん】にするわ。抱き枕に貼り付けて毎朝目覚めのキスをするのよ♡』


「抱き枕……そういうのもあるのか」


 私はどうしましょう。


 実用性を重視して選ぶべきか、それとも直感に従って選ぶべきか……非常に悩ましいところです。


 この一枚が、先祖代々に受け継がれる家宝として飾られている可能性があると思うと、簡単には決められません。


 いつか生まれてくる子孫たちのためにも、私がしっかりしなければ!


『それで写真はどこで買えばいいのかしら?それらしいのは見当たらないけど』


「えーと....どうやら、写真の横に書かれている番号を受付で伝えるみたいです。まぁ実物を置いてたら盗難されますからね」


『それもそうね………マリィはもう決まったかしら?』


「はい、脳内会議の結果【お風呂上りに髪を乾かすケンちゃん】にしました!映画でもこのシーンが一番お気に入りですので」


『いいチョイスね。お風呂上がりのオスなんて、なかなか見られるものじゃないわ。じゃあさっそくレジに……あら?あれは何かしら」


 写真エリアから少し離れた壁に、人型のシルエットが描かれている。


【ケンちゃんの等身大シルエット!ケンちゃんの身長は150cmであのファルミアオオネコと同じ大きさだ!】


 そのシルエットは、ケンちゃんの姿そっくりに作られた等身大パネルだった。


「なるほど、これがリアルなケンちゃんの身長。私より50センチも小さいんですね」


 思わぬ収穫に喜びながら、さっそく目を閉じて実際の大きさを妄想する。


 私の周りをよちよちと歩き回るケンちゃん。

 背が低いということはきっと足も短いはず。


 ふふ、もし魔物に襲われても逃げることが出来ず、ピーピー泣くことしかできなさそうですね。


『「じゅるり……」』


 なんだかこう、ぎゅっと抱きしめたくなってしまいました。


 最近では、ペットにけんちゃんという名前をつけてかわいがっている人がいるとかいないとか。私も150㎝ほどの小さな動物を飼ってみようかな………


<ピピ!残り20分です


『は!?ってまたぼーっとしちゃってたわ!急いでレジに行くわよ!』


「ぐへへ……ケンちゃんとけんちゃんがイチャイチャしてる♡二人の間に混ぜてください♡」


『なんでマリィの頭の中ではケンちゃんが分裂しているの?ちょっと発想が怖いわ……』




===================




<残り8分となりました!規則違反に対する罰金は、1秒経過するごとに倍々に増えていく仕組みになっておりますのでご注意ください!


『やばい!やばい!レジが思ったよりも混んでて、時間がかかっちゃった!』


 写真館を後にした私たちは、焦る気持ちを押さえつつ、大急ぎでケンちゃんがいるはずの展示広場へ駆け出す。


「まさか目の前の人が、目当ての写真が売り切れて大騒ぎするとは……あれで結構時間食っちゃいましたね」


『ほんとよ……でも受付の人が素早く対応してくれて助かったわ。さすが魔王軍幹部が指揮してる施設だけのことはあるわね』


「お強い方でしたね……まぁ、その後血だらけのまま平然と受付業務してた時はさすがにドン引きしましたが」


 一応手袋は新しいものに取り替えてから写真を渡してくれたので問題はなかったのですが、ニコニコしてるのも相まって絵面が酷かったです。


 なんだかケンちゃんが来てから、怪我や事故に対してみんなの反応が鈍くなった気がします。


 ガーベラ曰く「戦争じゃ殺し合いが日常茶飯事だし、今更大騒ぎするほうが変よ?腕くらいなら回復魔法ですぐ治るしね」とのこと。


 私は今まで戦争に参加してなかったので、怪我に縁がないだけと言われたらそれまでなんですが、大量の血を見るのはやっぱり慣れませんね。


<ただいまより、ケンちゃんの脱ぎたてほやほやの服を嗅げる特別体験コーナーを開催しまーす!順番を抽選しますのでご希望のかたはお集まりくださーい!


 すると、近くに置かれた音を出す魔法具が微かに輝き、なんとも甘美で魅惑的な催しを知らせるアナウンスが流れ始めた。


『な、なんですって!獣人族として、こんなチャンス逃すわけないじゃない!ケンちゃんのにおいぃぃぃぃぃ!!』


「待ってください!これは罠ですよ!」


『罠でもいい!罠でも……いいわ!』


 ケンちゃんがいると思われる扉の方角とは、180度向きを変えそうになるガーベラを必死で引き止める。


 ここに滞在できる時間はあと5分もない。そんなギリギリの状況で、抽選イベントに参加している暇なんてない。


『においぃぃぃぃい!』


 ぺシ!


『いったぁあ!』


 私はガーベラの顔を全力で殴りつけた。


「ふざけないでください!私たちがここまで来るために、どれだけ多くの人たちの夢や希望を背負ってきたと思ってるんですか!職場の先輩たち……いつも寡黙なのに泣きながら土下座してきた母親……そして、命を落としたチケット狩りたち!」


『ッ!』


「その人達に胸を張って結婚報告するためにも、ここで振り返ってはいけません!」


『そうね。私、大事なことを忘れていたみたい……わかったわ、ケンちゃんの元へ行きましょう!』


 ガシッ!


 身体が勝手に動かないようお互いに肩を組んで一歩ずつ前に進んでいく。


<まだ写真館に展示していない限定写真を今から発売しま~す!


<ケンちゃんがいつも使っている同じ大きさと形をした食器を発売中で~す。これであなたも共同生活!


『ぐっ……』


 ケンちゃんが待つ建物に近づくにつれて、次から次へとケンちゃんグッズのゲリラ販売が始まる。


 そのたびに周りの人どんどんと離れていき、気づけば片手で数えるほどしかいなくなる。


「はぁ……はぁ……」


 もしかしたら、とんでもないお宝グッズを見逃しているのではないか。

 今この瞬間を逃したら2度と手に入れることが出来ないものが、すぐ後ろで私を待っているのではないか。


 足を踏み出すたび、胸の奥にずしりと重たい罪悪感がのしかかってきて、ダラダラと汗が止まらなくなる。


 まるで私たちをケンちゃんに会わせまいとする意志が働いているかのようだ………だが、私は....私たちは負けない!


「はぁ……はぁ……ガーベラ!つきましたよ!」


 ゆさゆさ


『あれ?エプロン姿に身を包むケンちゃんは?小っちゃいお手々でアーんしてくれるはずじゃ……』


「しっかりしてください!この扉を開ければ全てが報われます!」


 この先に待望の生ケンちゃんが....


 扉を握る手が、期待と緊張でぶるぶると震え始める。


「はぁ……はぁ……」


 これがケンちゃんとのファーストコンタクト……髪とか乱れていないでしょうか?


『はやく開けて頂戴!もう我慢できないわ♡』


「わ、わかってますよ……では、行きます!」


 ガチャ……


 意を決して扉を開けると……そこには!







【重要なお知らせ!ケンちゃんに対して催眠術を使用した不届き者がいたため、ケンちゃんの体調を鑑みて一般公開を中止します】


『「……は?」』


【なお、この結果に対する皆さまのご不満や怒りは、こちらにいる4名がすべて受け止めますので、どうぞご遠慮なくお殴りください。また、ケンちゃんが催眠術にかかっている際のへこへこダンスについては、出口近くの特設会場にて上映しております。こちら優先チケットをお持ちになってご覧ください】


 という内容が書かれた看板が置いているのみ。ケンちゃん姿はどこにない。


『ケンちゃんと……会えない……嘘よ』


「うわぁぁぁぁぁぁぁん!」


 私は声をあげて泣いた。胸の奥に積もっていた想いが、ダムの決壊のように一気にあふれ出す。


「どうして!どうしてだよぉぉお!」


 顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、ただただケンちゃんに会えない現実を受け入れられずにいた。


「うぅぅ……だったらケンちゃんの匂いを嗅ぎたかった!これまで我慢していた私の努力が水の泡じゃないですか!悔しいぃ!悔しいぃぃぃ!」


 ガンガン!


 ひとしきり涙を流したあと、怒りに任せて地面に拳を叩きつける。


 ガンガン!


 手のひらがじんじんと痺れていく。折れたかもしれない。


 だが今はそんなことがどうでもいいくらい、心の奥がぐちゃぐちゃだ!


「あ、あの……もしそこに誰かいるなら助けてもらえませんか?」


 そんな私たちの様子などお構いなしに、どこかから声が聞こえた。


「みんな絶叫したあと私をボコボコにしてきて、死にかけたら回復魔法で回復したと思ったらまた殴られるんです!こんな苦しいのもう耐えられません!」


 目の前の椅子には、目隠しをされてきつく拘束された四人が座らされている。おそらくケンちゃんに催眠をかけた張本人だろう。


 こいつらのせいで私は……


「………ガーベラ。銃ってやつ持ってましたよね?撃ち方を教えてください」


『オッケー!先端からまず火薬を入れて、その後にこの鉛を入れるのよ。その後に魔力を充填すれば発射完了よ』


「わかりました」


「あの……助けてくれますよね?確かに、私がやらかしたせいでケンちゃんは3日くらい寝込みましたが、今はもう元気みたいですし……エッチなケンちゃんをみたい気持ちはお二人もわかりますよね?」


「『…………』」


 カチャ……パン!



===================



【男性のグッツ販売について】


 皆さんご存知かと思いますが、異世界では「オス関連のグッズ」は非常に高値で取引されます。しかし、だからといって自分やアイドルの写真、さらには手作りの記念品までを軽い気持ちで売り渡すのは厳禁です。


 たとえ見た目が頼りない魔族や顔を合わせて売らない裏オークションであっても、あなた一人を捕らえるのは容易いのです。


 最悪なのはそのグッズが流通に流れ、気まぐれな貴族の手に渡った瞬間――あなたの人権は消失し、「特別な所有物」として扱われてしまうでしょう。


2041年版 『異世界の歩き方』より抜粋

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