第3話 言語能力なし!
「ん……?……んん……むにゃ……んぁ………………うわぁ!びっくりした!」
話し声が聞こえると思い目を開けると、そこには頭の上に耳が生えた黒髪の女性とメガネをかけた白髪の女性が話し合っていた。
「頭に耳が生えている女性?」
よく観察してみると、俗にいう獣人とういうやつなのだろうか。内側までふわふわしていてあたたかそうな耳に、これまたもふもふの黒い尻尾がせわしなく暴れている。
身長は僕よりもおよそ50㎝高く、その圧倒的な存在感に思わず見上げてしまう。何気ない動作の合間にお腹がちらりと姿を見せるが、その無駄のない筋肉と健康的な張りが印象に残りついドキッとしてしまう。
もう片方のメガネをかけた白髪の女性は、ぱっと見は完全に人間だった。しかし視線をゆっくりと下げると、そこには大蛇のように太くしなやかな下半身があり、滑らかな白い鱗が陽光を受けてやわらかく輝いている。
まるで神話に出てきそうな神々しい姿に思わず触りたい気持ちになるが、自分の置かれている状況を思い出して一度冷静になる。
「そもそも、なんでこんな状況になったんだ?」
えーと、待てよ。確か森の中でいきなりスライムらしき生き物に出会ってそれで……そうだ!思い出した!
食べられそうになったところをこの人に助けてもらったんだ。気絶する直前、目の前の女性に抱えられていたのを僅かに覚えている。
――なら、少し怖いけど助けてくれたお礼をしないと!
「た、助けてくださりありがとうございます!僕は愛澤健斗といいま……………やめてやめて!痛い痛い痛い!」
助けてくれたお礼をするために頭をペコリと下げていると、黒髪の女性の手が伸びてきて、ガシガシと頭を攻撃される。
「ちょっと!やめてください!」
これ以上は毛根が危険だと判断した僕はたまらず後ろへと避難する。
大丈夫?頭から血は出てない?異世界転移早々にハゲになるなんて、勘弁だぞ?
「%$&#&!」
「$’%#$#!」
頭をさわさわして血が出ていないか確認していると、黒髪の女性がメガネの女性にこっぴどく怒られている光景が目に入る。
何を話しているのだろうと耳を傾けるが、聞こえてくる言葉は右から左へと流れていき、何を言っているのか全く理解できない……………ん?全く理解できない?
「……………え、もしかして言語違う?」
最悪の可能性が頭をよぎり、背中を嫌な汗が伝っていく。
「待ってくれ!?チート能力どころかこの世界の言語能力すらないの!?普通そのくらいはサービスでくれるものじゃん!こんなの僕のデータにないぞ!」
異世界ものとしてありえない状況に、僕の不満が爆発する。
異世界転生って【魔王を倒せ!】とか【工業を発展させろ!】とか、必ず何かしらの目的があるはずじゃん。だけど言葉が通じなかったら、そういう悩みも共有出来ないし何をすればいいのか全然わからないじゃん!
「僕をこの世界に呼んだ奴はいったい何が目的なんだ?意図がまるで理解できない………」
せっかくの異世界転移がこれでは台無しもいいところだ……いや、まだだ! まだ諦めない!
「言語能力はもう仕方ないとして、やっぱり何かしらの転移特典があるはず!じゃないとただ貧弱な病気持ちの少年が森の中を散歩しただけで終わる!」
この絶望的な状況を打破するため、改めて自分の能力やチートが隠されていないかを確認してみることにした。
「ステータスオープン!」
シーン......
「超変身!……開眼!……その時不思議なことが起こった!」
シーン......
「おら!催眠!(パチン!)」
シーン......
考える限りのポーズと言葉を発するが依然として状況に変化はない。
もしかしてあれかな?ちゃんと呪文を覚えないといかない系の異世界なのかな?
きっとそうだ、冒険者ギルドなんかに行ってスキルを覚えなきゃいけない系だ。
ならまだ希望はある!僕には無限の魔力といったチート能力があるんだ!
じゃないとおかしいもん!チート能力があるはずだもん!
バンバン!バンバン!
「ひぃ!ごめんなさい!」
物を叩くような激しい音が響き、虚しい現実逃避が一瞬で終了する。
「ぐるるるる」
音のする方を見てみると、僕の数倍は大きい虎のような、太った狼のような生き物がうなり声をあげていた。
その丸い狼は僕に何かを伝えようとしているのか、こちらをじっと睨みつけながら地面をバンバンと叩いている。
「ワァオ!ワァオ!」
ふいに開いた口を見てみると、黒髪の女性よりも立派な牙を持っており、僕がこのまま食べられても何ら不思議ではない……
あれ……もしかしてまだピンチなの終わってない?スライムなんかよりもやばい状況?
『%$&、#&%$&#&%。$&#&%$&#&%$&#&%$&#、&%$&#&♡♡♡』
嫌な予感がしてここから離れようとするのだが、いきなり黒髪の女性に抱きかかえられた。
「いやだー死にたくなーい!僕は剣と魔法を使って大冒険するんだー!げほっげほっ。転移して早々、狼の餌になるなんていやだー!」