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第35話 オラッ!催眠!!

【開園:6日目】


 今日も変わらず、ガラス張りの部屋で見世物のように過ごしている。


 この前と違う点を挙げるとするのなら、ガラスの向こうに深さ3メートル、幅2メートルほどの大きな溝が新たに掘られていたことだ。


 そのおかげで、おとといのように壁をバンバン叩かれたり、怒鳴り声が響いてくることはだいぶ減っている。


 正直、あの騒がしさが毎日続いていたら、とっくにストレスで頭がおかしくなっていたので結構ありがたい。


 ゴロゴロ……


「(……それにしても暇だ)」


 最初のうちは、手をあげるだけでキャーキャーと騒がれてそれなりに面白かったけれど、6日目ともなればさすがに飽きがくる。


 こちらの声は聞こえてるっぽいが、ガラスとの距離が広がったせいで反応がよくわからなくなったのも痛手だ。


「(かといって他にできることは、寝るか、読めもしない本をぼーっとながめるくらいだし、ハムリンさんは忙しそうだし)」


 せめてハムリンさんと遊ぼうと近づいてみたけれど、この前アウラさんに負けたのがよほど悔しかったのか、朝からずっと部屋の中をぐるぐると駆け回っている。


「(暇だぁぁぁぁ!)」


 今になって思えば、動物園の動物って【寝る→ゴハン→また寝る】のループじゃなかったっけ?


 子どもの頃はそんな生活がうらやましくて仕方なかったが、実際に体験してみると想像以上にきつい。

 まるで時間が止まったかのように、日々が鈍く過ぎていく。


「(もうイルカショーでもジャグリングでも、大道芸でもなんでもやるからこの退屈から解放されたい!)」


 コツン……コツン……


「(ん?なんだろう。ガラスを叩くような音が……)」


【ヒプノシス】


 バチバチバチバチ!


「……お”!!??」


 音がした方を振り返った途端、頭の中が一瞬で真っ白に染まった。


 思考が全て消え去り、まるで世界がひっくり返ったかのような強烈な感覚に襲われる。


 明らかにおかしい。


 今にも崩れ落ちそうなほど力が抜けているのに、まるで全身を見えない鎖で縛られたかのように感じる。


「(ざーこ♡お姉さんたちみたいな陰キャと私が交尾するわけないじゃ~ん。こんなにいっぱい群がって必死すぎ~)」


 ………は?なんだよこれ。


 口が勝手に動いて、気づいたらこの世界の言葉をスラスラと喋っている。

 自分の意思と無関係に口から言葉が流れ出るこの奇妙さと不気味さに、ただただ鳥肌が立つ。


「(催眠術なんてききませーん!僕がお姉さんの言いなりになるわけないじゃーん)」


 僕はどうなってしまったんだ?


「おい、せっかく催眠術が効いたんだぞ!もっとやるべきところがあるだろう!服を一枚一枚脱がせるとか!」


【そうよ!服を脱がして、恥ずかしいダンスをやらせないなんて貴方催眠術士やめたら!】


『やかましい!素人は黙っとれ!まずは催眠術をバカにするというオスガキ要素があるからこそ催眠術は完成するのだ』


「「一理ある!」」


「(ざーこ♡ざこ♡ざーこ)」


<そういうプレイ!?ケンちゃんはわからせプレイが好きなのね!

<その生意気な口は私の熱いキッスで黙らせてあげる♡


 僕が言葉を発するたび、ガラスの向こうの人々がざわざわと騒ぎ出す。


 言葉の意味はわからずとも、その反応だけで、ロクでもないことを口にしてるんだろうなと嫌な予感がする。


 罵倒とかしてたらどうしよう……


「(くっ……殺せ!高貴なる男騎士の誇りをもって、こんな卑劣な催眠などに屈するわけないだろう!)」


 へこへこ


【なに?今度は男騎士のセリフを言わせてるの?腰をクイクイ動かしてて可愛い♡でもそろそろいいんじゃないかしら。ルナ様に見つかる前に早くその服を脱がせなさいよ】


『………』


【どうしたの?】


『ち、違う!あれは私が言わせたんじゃない!』


「は?それってどういう……ちょ!私の腕が勝手に……首が……やめ」


 ドサッ!


【ちょっと!自分で自分の首絞めてあんた何してんのよ!】


『……いるぞ!この中に私と同じ催眠術使いが!すでに私たちは催眠攻撃を受けている!』


【な、催眠攻撃!ど、どどどどどうすればいいのよ!】


『簡単な話だ。発動条件から逃れりゃいい!催眠術は目を合わせることが絶対条件だ!』


【いやよ!せっかく人間族のオスが腰をへこへこ動かして私を誘惑してきてるのよ!それを目を瞑ってスルーするなんて……そんな愚かなことするくらいなら死んだほうがマシだわ!】


『同感だ。なら、催眠術をかけている術者を見つけて倒すしかない!』


 ザワザワ……


【見つけるって言っても、この部屋には100人以上も亜人がいるじゃない!そんなの無理よ!】


『無理でもやるしかねぇ!今も苦しんでいるケンちゃんのためにも!』


【でも見た感じそれっぽいやつなんていないし……あれ?どんどんと意識が……とおく……なっ……て】


『大丈夫か!』


 グイ……


 気を失ったのかと慌てて駆け寄るも、仲間は虚ろな目のまま、ぽつぽつと喋り始めた。


【…………”ふ、術にかからない奴が一人いると思ったら……お前が催眠術使いだな?”】


『いきなり何を言って……まさか、こいつの身体を操ってるのか!』


【”そうだ!私がお前たちが探している催眠術使いだ。友達の体を傷つけたくなかったら、そこでケンちゃんが辱められる姿を大人しく見てるがいい!”】


 そう言い放つと、ケンちゃんは見えない剣を手に取り、まるでやられた姫騎士のようなポーズをとる。


『ぐ、私の友人はどうなっても構わない……だからケンちゃんにかけた催眠術を解け!』


【”ダメだ!正直、私はケンちゃんに術をかけるつもりはなかった……だがなんだあの催眠術は!?オスガキだと!?違う!時代はくっころ催眠男騎士だ!この世に存在しない男の騎士を演じさせるからこそ、催眠術の真価が発揮されるんだろうがッ”】


 ガシ!


『がはっ!なんだこの馬鹿げた力は!催眠術によってパワーのリミッターが外れていやがる!首が閉まって息が……』


 首の骨が砕けるかと思うほど強く締め上げられ、胸は圧迫されて呼吸が苦しくなる。


 意識はだんだんと霞み、視界もぼんやりとしてきた。


 ここまでなのか……


 子供のころからの夢……【本当は好きだけど、思春期からかついつい馬鹿にしちゃって、最終的には隣に住んでいる引きこもりお姉さんにどっちが立場が上なのかをわからせられるオスガキ】を見れる所まであと一歩だというのに。


『ケンちゃん……ごめ……』


 キラン!


『い、嫌だ……私たちは必死にお金を貯めてここに来たんだ!強盗だって、窃盗だって、頑張ったんだ!ケンちゃんのケンちゃんを見るまで諦めてたまるか!』


 キラン!キラン!


 その瞬間、愛くるしいケンちゃんの瞳と、もう一つ──燃えるような赤い視線と交わった。


『そうだ…そういうことか!そもそも私たちはケンちゃんのいる方しか見ていない!一度たりとも目を逸らしてなんかいない!だったら……オラァ!』


「ぐはっ…」


 私は後ろに向かって全力で回し蹴りを放つ。


『見つけたぞ催眠術使い!姑息な真似しやがって!』


「な……なんで正体がバレた!?私は完璧に身を隠していたはずだ!」


 私に正体を見破られるとは思っていなかったのか、催眠術者の表情には明らかに狼狽しているのが見て取れた。


『なに、簡単な話だ。催眠術の発動条件は目を合わせること、だが私たちはずっとケンちゃんの方を向いていた。前の列の奴らだって全員後ろを見ていない……そう、お前はケンちゃんを取り囲んでいた“ガラス”を利用したんだ!』


「それは催眠術の仕組みの話だろ!正体がバレた理由になってない!」


『そう焦るんじゃない。最初の違和感は、仲間がこちらを振り返ったあとも催眠術が途切れなかったことだ』


 洗脳されていた仲間を優しく床に寝かせながら、説明を続ける。


『そこの腰へこケンちゃんのように事前にプログラムされた動作だけならともかく、会話を成立させるにはその都度新しい命令が必要』


「…………」


『つまり、あの状況で催眠を成立させるには、ガラスに映った目を見て催眠、さらに後ろを振り返った仲間の目を直接見て催眠を使える人物である必要がある。そう考えると、必然的に私たちより後ろに位置し、反射を利用できるほど近い距離にいなければならない』


「くっ……」


『よって残された可能性は真後ろだけって訳だ……まぁ、まさか一発目で本人に当たるとは思ってなかったがな』


「ふっふふ。あーはっは!素晴らしい推理力だ!だが!正体がばれたからなんだというのだ!ケンちゃんを思い通りにできるのはこの私だッ!!依然変わりなくッ!」


【ヒプノシス】


「(く!なんで僕は服なんて着ているんだ!こんなの騎士団の規則に反す……ざ~こ!こんな催眠術効かないよ~だ)」


「な!なぜだ!私はオスガキになる命令なんてしていない!はやく!その服を脱ぐのだ!」


『無駄だ!ケンちゃんに私が新しく命令を下した!ここからは単純な力比べ!フルパワー催眠ラッシュで決着をつけてやる!』


「ぐ……負けてなるものか!こっちも全力催眠で迎え撃ってやる!ケンちゃんは私の物だ!」


「(ざ~こ!くっ……ころせ!お姉さん胸ちっさw!やめろ!祖国には婚約者が!お”お”♡負けましたぁ♡何してる!毎朝ご奉仕するのが騎士団のルールだろう?)」


 あがががががががが!


 頭の中にどんどんと情報が流れ込んで完結しない。


 僕……私は誰だ?剣を持って戦っていたような……いや、隣に住んでいる幼なじみのお姉さんが好きだったような……あれ?早く服を脱がないと!いや、そもそも服ってなんだ?いきるってなんだ?


「『うおおおおおおお!!』」


 目の前の景色がゆっくりと黒く塗りつぶされていき、今いる場所さえ曖昧になる。


「うおおおぉぉぉ!400%催眠!!!ぶっ潰れろおぉぉ!!!」


「(あ”ぁ”ぁ”っ”……あ”…………)」


 ガクガク……ビクッ……バタン!


『「あ……」』


<きゃああっ!ケンちゃんが倒れた!誰かっ、ルナ様を呼んできて!


「しまった!頭の中をいじりすぎて、ケンちゃんの脳みそがショートした……見つかったらまずい!急いで逃げるぞ!」


『さ、賛成だ……』


 シュルシュル……ガシ!


「なっ……この長い尻尾はまさか!」


「ルールにちゃんと書いてありますよね?ケンちゃんに対するいかなる魔法の使用は厳禁であると。この代償は大きいです。まずはお二人の背骨からゆっくりと折ってさしあげます」


『いや……手足をもいで入り口に吊しておくのはどうじゃ?違反者の末路として、良い見せしめになるじゃろう』


 逃げようとする私たちの前に、ルナとラミィが立ちはだかり、骨が軋むほどの力で拘束される。逃げる隙など微塵もない。


「ゆ、許してください!これは……そう!本能なんです!魔界のルールで、本能に基づく行動は処罰の対象外のはず!」


『そ、そうだ!私たちもやりたくてやった訳じゃないんだ!つい熱が入り過ぎて……な』


『んなわけなかろう!どこの世界に催眠をかけるのが本能の種族がいるのじゃ!皆の者よく見ておれ!これがルールを破った者に与えられる罰じゃ!ラミィ!』


「かしこまりました」


 バキ!


『「ぎゃああああああ!!!!」』




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