第32話 ケンちゃん普通交尾免許試験 後編
「ふむ……ルナ君、残念ながら君は64点で不合格だ」
『ぐ...』
バツだらけの回答用紙をペラペラとめくりながら、アウラが冷たく見下してくる。
「まったく……こんなのが”一番の理解者”を名乗っていたなんて、冗談でも寒気がするねぇ。そんなんだから、ケンちゃんにもそっけない態度をとられてしまうんじゃないかい?」
『うるさい!うるさい!そもそもこの問題がいかんのじゃ!なにが【人間族のオスは時速40キロで走れない】じゃ!』
「その問題に何か不満でも?」
『不満だらけじゃ!そんな重箱の隅をつつくような知識などなくても、ケンちゃんは立派に育てられる!必要なのは愛情であってくだらん問題じゃない!』
それに、交尾の資格を確かめる試験だというのなら、もっと実践的で意味のある質問を出すべきじゃ!
例えば、交尾中ケンちゃんの首を噛んでいいのはルナ様だけとか!
「おやおや、問題に八つ当たりとは見苦しいねぇ。先に受けていたラミィ君はちゃんと96点で合格していたよ?」
『な、なぜじゃ!?あんなヘンテコ問題、普通は答えられんじゃろ!?ラミィめ、さては裏でこっそり答えを聞いておったな!?』
わしが試験に必死で取り組むその傍ら、ケンちゃんをグルグル巻きにしていたラミィを鋭く睨みつける。
此奴ら、最近妙に仲が良いし何か企んでおるに違いない!
『がるるるるぅぅぅ』
「ルナ様。この試験は、出題の傾向を理解していればさほど難しくありません。なので威嚇しないでください」
『それは本当じゃな?』
「本当です……あ、ケンちゃんそこです。もっとその部分をなでなでしてください」
ラミィはケンちゃんをお気に入りのぬいぐるみのように尻尾でぎゅっと巻きつけ、にこにこと楽しそうに撫でられている。
サスサス……
「(ラミィさんの尻尾ってすべすべで気持ちいいなぁ)」
「ふふふ、もちもちお手々のケンちゃんに尻尾を触られるのはやはり最高の癒しですね♡」
蛇族特有の長い舌をチロチロさせているあたりかなり興奮しておるのう……
「極楽すぎて死んでしまいそうです...♡」
ぐぬぬぬ、わしもケンちゃんになでなでしてもらいたい!
あれが合格者の特権というわけか。
『いや!そもそも、ひっかけ問題なんて存在する時点で間違っておるのじゃ!そんなもので評価する時点で間違っておる!』
「落ち着きため。確かにこの試験は、ケンちゃんへの理解度を測るために作成された物だ。だがその一方で、交尾人数を減らす足切り試験でもある。その証拠に、原案はもっと理不尽だったんだよ。君ならたぶん泣き叫ぶレベルさ」
『こ、これでも簡単なのか……』
あんなにも厄介だった問題をさらに難解にしたバージョンが存在するとは……考えているだけで、頭がギリギリと痛むのう。
「そうですよルナ様。せっかく簡単なのですから、今のうちに頑張って合格を目指しましょう!大丈夫です。ルナ様のような馬鹿でも、すべての問題を暗記すればなんとかなりますから!」
『嫌じゃ。わしもうこんな意味不明な試験は受けん!』
わしは魔力ペンを思い切り投げ捨て、立ち上がる。
免許?そんなものなくても構わぬ。魔王様にバレないようこっそり交尾すれば万事オッケーじゃ!
これなら誰にも迷惑をかけておらんし、無免許交尾万歳!
ガシ!
「残念だけどそうはいかないねぇ……魔王様の命もあるし、落第生のルナ君にはちょっとしたお仕置きが必要だ」
動物たちの元へ駆け寄ろうとした瞬間アウラの腕がすっと伸び、わしの首根っこを容赦なく掴んだ。
「ラミィ君!私の想定通り赤点だったから、例の準備をお願いできるかい?」
「かしこまりました」
ガシャン!
『な、なんじゃ!急にこんな重い鎖を腰につけさせおって!』
ラミィがケンちゃんを放したかと思えば、わしの腰に太い鎖が巻きつけられる。
「さて、これから君には試験に合格するまで勉強してもらう。その腰に巻き付いた鎖は、私が『合格だ』と判断したときだけ外れる特別仕様さ。逃げることはほぼ不可能だから覚悟してくれたまえ」
『えぇ~めんどくさいのう。勉強は退屈だから嫌いじゃ!どうせ2択の試験じゃろ?なら何度か受ければそのうち合格できるはず……今すぐさっきの試験を受けさせるのじゃ!』
「そういわれても、運だけで9割以上当てるのはほぼ不可能だよ」
『そうか?2分の1で正解を繰り返すだけじゃぞ?』
わしは運だけはいい方だから、さっさとやって終わりじゃろ。
「はぁ……運頼みでクリアしても意味がないだろう。それに、さっきの試験はこの“高額な問題集”でしっかり勉強してきた人向けだから、相当頭が良くない限り勉強は必須だよ」
「え、つまり……その問題集がなければ合格できないのか?」
「ケンちゃんと関わりのない人は、特にそうだろうねぇ」
「えぇ……それって試験として欠陥じゃろ」
「まぁ仕方ないよ。これはルナ君のように地頭が悪い人に問題集を買わせてようという、ビジネス的側面もあるからね」
『魔王軍の財政が火の車とは聞いておったがまさかここまでとは……』
ケンちゃんの周囲に漂う渦巻く闇をさらっと暴露するアイラ。ん……?ちょっと待て、さっきわしのこと頭が悪いって言ったか……?
「しかも、試験会場のすぐそばには一部の問題を事前に確認できる、“勉強支援施設”の建設計画もある。いやはや、一般人がケンちゃんと交尾するには一体いくらかかるんだろうねぇ」
『まったくもって魔王様らしいケチな発想じゃのう……仕方ない。そんな“勉強支援施設”とかいうギスギスした空間で勉強するくらいなら、ケンちゃんを眺めながら心穏やかに学ぶ方が、はるかに人間的でよいかのう』
そう判断したわしは、渋々ながら机の上の分厚い教科書を開く。
『えーと、なになに……【ケンちゃんが怪我をした時に使える初級回復魔法編】?』
いつもケンちゃんに回復魔法をかけている蛇族のRさんのインタビューによれば、回復魔法をかけた後は毎日ケンちゃんに甘えられて困ってます(笑)とのこと。
肝心の回復魔法を覚えるには、下記に記載されている魔王軍管轄の魔法教室に行き月額料金を支払うと……
『おい!これ絶対にいらない情報でページ数を増やしてるじゃろ!』
『いやぁ……ケンちゃんに会ってまだ3週間程度だろ?情報が少ないからちょっとだけかさ増しをしたのさ。なに、試験にこそ出さないが【人間族の正しい知識が載っている交尾本特集】とかがあって、読んでも損はない内容だよ……よっこらせっと』
『ふーん……って!ケンちゃんを持ち上げて何をしておるのじゃ!』
アウラはわしの存在などお構いなしに、ケンちゃんをぎゅっと抱きしめる。
その様子は、まるでかけがえのない宝物を扱うかのようで腕の中で、ケンちゃんは安心した顔をしていた。
「だって、ただ勉強するだけだとルナ君へのお仕置きにならないだろう?」
なでなで……
「(ん……アウラさん、くすぐったいです。あ、この前は助けてくれてありがとうございます!お陰様で元気に駆け回るくらいにまで回復しました!)」
ガブ!
「(いたたたた…た…た……あれ?なんかきもちよくなってきた♡……あたまがぽわぽわするぅ♡)」
「っぷはぁ......おっとすまない。つい気持ちが高ぶって毒を注入してしまった。ちゃんと頃合いをみて解毒するから安心したまえ」
「あへぇ....,」
「ふむ....それにして前よりも毒の回りが早くなっているねぇ。体が健康になった証か、それともすでに手遅れなのか♡」
なでなで……
『ぐががががぁぁぁぁ!きさまぁぁ!!!1度ならず2度までもケンちゃんの白首おおおおぉぉ!わしにも!わしにも触らせろ!』
カチッ──
『あばばばばばばばばば!』
ほんの一歩足を踏み出した瞬間、鎖から凄まじい威力の電撃が体中を駆け巡る。
『…………ッ"!』
息もできぬ苦痛に膝から崩れ落ちそうになるが、ケンちゃんへの愛情でなんとか正気を保つ。
「おっと、言い忘れていたが無理に席から離れようとすると強力な雷魔法が流れる仕組みになっているから注意してくれよ?」
ガブ!
「(あっ♡あっ♡あっ♡)」
「っぷはぁ......そんな気持ちいのかい?ふふ、そんなとろきった顔を見せられたら我慢できなくなってしまうじゃないか♡」
ガブ!
『酷い!こんなの生殺しじゃ!ちゃんと真面目に勉強するからせめてケンちゃんを膝の上にのせてくれぇぇ!!!』
「ダメだ。この教科書の内容を完全に覚えるまでその机で勉強したまえ。今まで君がケンちゃんにしていた仕打ちを考えらたら、この程度の苦痛は受けるべきさ」
『いやじゃぁぁぁ!ケンちゃんをよこせぇぇぇぇ!!!!』
カチ……
『あばばばばばばばばばば』
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.........バタン!
「ふぅ、今日だけでだいぶケンちゃん成分を堪能出来たよ……おや、いつの間にかルナ君が丸焦げになってしまったねぇ。まぁ、これに懲りたら少しはケンちゃんの扱いが良くなるだろう」
「ふにゃ?」
「なに、ケンちゃんは気にしないでいいさ。それよりもラミィ君がお菓子を準備したらしい。あっちで一緒に食べようじゃないか……ちなみにこの部屋の生き物たちは、なぜ私を睨んでいるんだい?」
後日、改めて試験を受けたルナ君は見事合格した。
『は!ケンちゃんがあくびをした!これはうるさいから静かにしてというメッセージかもしれん!皆の物!今から騒音をたてるのを禁ずる!破ったら者から給料無しじゃ!』
しかし、地獄の勉強会を行った反動か、過剰なまでにケンちゃんの行動に敏感になり、周りからは不評をかっている。
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【ケンちゃん普通交尾免許】
街中や酒場などで「ケンちゃん普通交尾免許」を見せられて交尾を迫られることがありますが安心してください。
これは数十年前に発行されたジョークグッズであり、まったく効力はありません。ですので、たとえ相手が強気に出てきても「そんな免許は無効だ」とはっきり告げてその場を離れてください。逆に免許を持たない者に迫られた場合は、「免許がないならできない」と返すと切り抜けやすくなります。
2042年版 異世界異文録より抜粋




