第30話 撮った写真の一部が後日魔新聞に掲載されて、プレミアがついて大変だったようです
「(では、もういい時間ですし私はこの辺で失礼させていただきます)」
「ま、待って……!」
ラミィさんが帰ろうとするのを止めたくて尻尾にしがみつく。
「(ふふ、大丈夫ですよ。ケンちゃんの愛情はちゃんと届いてますから。おやすみなさい……ケンちゃん♡)」
けれど、優しく頭を撫でられただけでそのままどこかへ行ってしまった。
ああ、連れていってほしかったのに……
『(皆の物~、そろそろおねんねの時間じゃ。明かりを消すからはよ布団に入るのじゃぞ〜)』
ルナさんが部屋の明かりを消すと、辺りはより一層不気味な森へと変容する。
暗くなったというのに……いや、暗くなったからこそなのか、、周囲の生き物たちの気配がより濃く漂ってくる。
寝る前だと言うのに、これでは睡眠どころではない。
「そういえばあのハムスターはどこに行ったんだろう。踏んづけてカウンターパンチでもくらったら、マジでシャレになんないぞ】
『(よし!それじゃあケンちゃん。なにかあったら遠慮せず大声で助けを呼ぶのじゃぞ。もちろん♡子作りはいつでも歓迎だからな♡)』
ルナさんは僕の名前を呼ぶと、近くのベッドに入り心地よさそうな寝息を立てはじめた。
「あ、僕完全に放置なんですね。せめてベットの端のにでも匿ってほしいなぁ……怖くて出来ないけど」
さてどうしよう……ここから逃げるか?でも扉に鍵かかってるっぽいんだよな。
<がるるるるぅ……
もしかすると、僕の命はここまでかもしれない。少しでも生存率を上げる為、ルナさんから遠くなく生き物がいない所で寝よう。
もそもそ......
支給された毛布を片手に、芝生の上を四つん這いで動き回る。
生き物の気配を頼りに暗闇を這うが、距離感が掴めずに怖さが倍増する。
誰にも会いませんように……
「いたっ!」
まるで大きなレゴでも踏んだような鋭い痛みが走る。
「やばい、なんか踏んだぞ……」
何事かと恐る恐る手に取ってみれば、そこには冷たくて堅い、棒状の物体が握られていた。
「なんだこれ?骨のおもちゃ?なんでこんなのが……」
「ガウガウ!ガウ!!!」
「ひぃぃぃぃぃ!!!」
後ろから威嚇するような声が聞こえ、慌てて振り返る。
そこには、犬に似た獣が毛を逆立て、鋭い牙をむき出しにして怒りをあらわにしていた。
「こ、こんばんは~」
なんとか落ち着かせようと声をかけてみるものの、その視線は一切僕に向かず、右手の骨のおもちゃに釘付けになっていた……なんだか嫌な予感がする。
「もしかしてこれ君の?勝手に触ってごめんね?」
「ぐるるるぅぅ」
恐る恐る拾ったおもちゃを差し出してみたが、怒りはまったく収まらない。
低く唸り声を上げ続けていて、今にも飛びかかってきそうだ。
あ、目を凝らしてよく見ると、さっき猫と激しく喧嘩していた子だ。この子、いきなり噛んでくるし、なんとかして切り抜けないとヤバそう……
「わ、わかった!僕とこのおもちゃで遊んで欲しいんだね。ほら取ってこーい!…………なんでこっちに近づいてくるの?」
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「痛い!やめて!」
闇の中で犬のような生き物が牙をむき、何度も僕の腕や足に噛みつき、鋭い爪で引き裂こうとしてくる。
反撃しようにも動物を殴ったりするのは少し抵抗があるし、そもそも魔法も力もない僕にできるのは、ただ身を縮こませるのみ。
ひたすらこの襲撃が過ぎ去るのを待つことだけだった。
「ぐ……う……」
命に関わるほどではないけれど、鋭い爪で引っかかれた傷が浅く切れていて、ズキズキと痛む。
一体僕が何をしたっていうんだろう。
ただほんの少しの間、心地よく眠りたかっただけなのに。この痛みは、そんなささやかな願いを抱いたことへの代償なのか。だとしたら理不尽過ぎて涙が出てくる。
「ガウ!」
「ひっ」
また攻撃されるかと思って身をすくめたその時――
「キーキー!」ぺチン!
僕の胸元がわずかに動いたかと思うと、見覚えのあるハムスターがするりと飛び出し、迫る獣の手に向かって迷いなく拳を突き出す!
「きゃうん!」
突然の反撃に驚いたのか、犬は体勢を崩して派手に転んだ。
「ぐるるるる!!!ガウ!ガウ!」
だがすぐに起き上がり、標的を僕からハムスターに変更して再び攻撃を仕掛けてくる。
「キーキー!」
ハムスターは、10倍以上もある体格差をまるで気にすることなく、先ほど僕を翻弄していたのと同じように、犬の攻撃を見事に避ける。
その動きはまるで、踊るように軽やかで美しい演技を見ているようだった…………とは形容したものの、正直速すぎるし暗すぎてよく見えない。
これがヤムチャ視点か。
「でも、これなら行ける!頑張れ~ハムスターさん!」
僕にできることは限られている。それでもせめて声援だけは届いてほしい――その一心で、全力の声を張り上げてハムスターを応援する。
「にゃぁぁ!!」
「っ!危ない!」
優勢かと思われた次の瞬間、鋭く飛びかかってきた猫の爪が、わずかな隙を突いてハムスターさんに命中する。
「ハムスターさん!!!」
小さな体は宙を舞い、鈍い音とともに壁に叩きつけられた。
力なく転がるその姿に胸がぎゅっと締めつけられる。
「大丈夫!ツッ!僕の為に……ごめん」
急いで駆け寄り、両手でそっと抱き上げるもハムスターはぐったりとして力が入っていない。
このままじゃ……
「ルナさん!助けてください!ハムスターさんが!」
『(ぐへへへ……わしの名前を呼んでどうしたんじゃ……ケンちゃんはそんなにわしのことが好きなのかのう……むにゃむにゃ)』
大声で助けを求めても、ルナさんはまったく反応しない。よだれを垂らしながら、ぐっすりと気持ちよさそうに眠り続けているだけだ。
「「ガルルルル……」」
まるで勝利を確信したかのように、二匹の獣がゆっくりと迫ってくる。
急いで後ろに逃げようとしても、背後には冷たく固い壁が立ちはだかり、逃げ場は完全に失われていた。
「どうしよう……このままじゃ……」
僕の足はすくみ、絶望的な気持ちが胸を圧しつけた。
「にゃぁぁ!!」
「だめ!!!」
伸びてくる爪を前に、恐怖に体が震えながらも僕はハムスターさんを守る為、体を覆いかぶせる。
ガシ!ガシ!ガシ!
「ぐぁ……いたい……でも僕にはこれくらいしか」
当然、戦闘中にそんな無防備な姿を晒せば『攻撃してください』と言っているようなもの。背中には容赦なく2匹の爪が食い込んできた。
「はぁ...はぁ.....」
でも諦めるわけにはいかない。
僕を必死に守ってくれたハムスターさんを守るためにも僕は必死に耐えるしかないんだ。
「ガウガウ!」「にゃぁぁ!!」
「う、だれか……助け…………て」
「ガアアァウ!……ガアゥ!ガアゥ!!」
「キャイン……」
「え?」
何かの叫び声が聞こえたかと思うと、攻撃してきた獣は追い払われる。
代わりに大型の獣が静かに、しかし確実に僕に向かってにじり寄ってきた。
「ガルルルル!!!」
その獣をよく見てみると、昼間に僕を食べようとしたあの丸い狼だった。
暗闇の中でもわかるほど白く鋭い牙が冷たく光り、その不気味な輝きが恐怖を一層募らせる。
満身創痍の今の状態であんな鋭い牙に嚙まれた最後、僕は即死するだろう。
「せめて……ハムスターさんだけでも逃がさないと」
「ガルルルル!!!」
ガシ!
「ぐ……」
最後の力を振り絞り、ハムスターさんを投げようとしたが、それより先に背中を狼に押さえつけられて身動きが取れなくなる。
「ここまでか……」
今度こそ食べられる……
お母さん……お父さん……ごめんなさい。
ペロペロ……ペロペロ……
「………え?」
身構えたのも束の間、巨大な体を持つ狼は僕に巻きつくように寄り添い、傷口からにじむ血をまるで気遣うようにやさしく舐め始めた。
「キュッキュ~!」
不思議なことに、引っかかれた背中の痛みがどんどん引いていき、僕と一緒に舐められていたハムスターさんも少しずつ元気を取り戻していく。
「守ってくれるの?」
「ガアゥ!」
言葉は通じないが、その勇ましい表情は「任せろ」と言っているかのような強い意志を感じた。
「ありがとう……あったかい」
まるで太陽のような、モフモフのあったかい毛並みに体全体が包まれる。
その気持ちよさと助かったという安心感からか僕はすぐに夢の中へと旅立つのだった。
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『ラミィ!見てみろ!まるちゃんとケンちゃんが一緒に寝ておるぞ!早く!早く記録せい!ルーミアから撮影用のカメラをもらっておるじゃろう!』
「ご安心ください。すでに100枚ほど記録しております!」
パシャパシャ!
『はわわわわ。よく見るとケンちゃんの顔の近くにハムリンも寝ておる!なんという癒しパワーじゃ。まるでお団子のようにふわふわのかわいい顔が3つ重なって寄り添っておる………見ているだけで心がとろけてしまいそうじゃ♡』
パシャパシャ!
「それにしても、ハムリンさんはよくあんな大型魔獣の前で寝られますね。まるちゃん様の口より小さいじゃないですか。私には到底無理です」
『ふふ~ん。見た目に騙されてはいかんぞ?ああ見えてハムリンは自己強化魔法を使えるからのう。パンチ一発で馬車を粉々にできるのじゃ!』
「それはそこそこにお強いですね。馬車を破壊するには私でも数発は欲しいので」
『忠誠心もあるしで、害虫駆除用ペットとして結構人気なんじゃぞ……』
「便利ですね」
『ふふーん、そうであろう!ところで一つ気になったことがあるんじゃが、全ての種族の『祖』と呼ばれている人間族は、まるちゃんと交配して子を宿せるものなのか?』
「さぁどうでしょうか。アウラ様からいただいた文献には、魔物との交配に関する記録は一切載っていませんし、今のところは何とも言えませんね」
『そうなのか……』
「ただ一説よれば、人間族が魔獣やドラゴンといった魔物と交わった結果、我々亜人種が生まれという考えもあります」
『なるほどのう。実際に、魔獣キメラのような存在も確認されとるしありえるな。
「確かキメラは、オスが全く生まれなかった魔物のグループが、別の魔物グループからオスを略奪して無理矢理交尾して生まれるんですよね?」
『そうじゃ。しかも最近では、サメとタコの混ざったキメラが出たという目撃情報もあるらしいぞ』
「サメとタコ……この世界のメスは、相手がオスなら何でもいいのかもしれませんね。まぁ、残念ながら我々亜人同士の異種交配は遺伝情報が複雑すぎて、滅多に子どもが宿らないと聞きますが」
『まあ、難しいことはアウラに任せるとして、とりあえず二匹を一緒に過ごさせてみるかのう!いや~二匹の間に子供なんて生まれたら、可愛さマックスなんじゃろうな~早く見てみたいのう!』
「……ルナ様的にまるちゃん様に先を越されるのはいいのですね」
良い子のみんなは多頭飼いはやめようね!




