第27話 上映中はお静かに! 後編
「ふぅ……」
【ナレーション:どうやらこの子はケンという名前らしく、今までは魔物に育てられたようです。みんなもケンちゃんと呼んであげてね!】
魔物に育てられる……ああ、いわゆる“はぐれ”という存在のことですね。
オスを育てたかった親に捨てられた女児や、強くなる特訓と称して森に置き去りにされた亜人がそのまま消息を絶ち、はぐれになると聞きます。
そうなると、この子も捨てられたのでしょうか?
いや、さすがにオスを捨てるアホはいないと思いますので、どこかから逃げてきたのでしょう。どちらにしても可哀想ですね。
【『ケンちゃんが元気を取り戻してよかったのう。ラミィもそう思うじゃろう?』】
【「ええ、それにどうやらケンちゃんは我々亜人が大好きみたいです。毎日毎日こうやって抱きついてくるから困っちゃいますね!おほほほほ」】
スクリーンのケンちゃんは、小さい体をルナ様に密着させて、プルプルと震えている。
は〜〜〜〜〜うらやましい。
【『こんなにも人懐っこいケンちゃんなら、愛情をしっかり注いで優しく接すれば、どんな種族の亜人でもイチャラブ交尾ができるかもしれんのう』】
「なっ……!」
【ナレーション:そう!なんとケンちゃんは我々亜人がと~~~っても大好き。今はまだ子供ですが、あと数年経ったらイチャラブ交尾をやりたい放題!】
<イチャラブ交尾……オスに嫌われるせいで空想上の中にしか存在しないと言われる伝説の……
<伝説って?
<イチャラブ交尾をやりたい放題!ありがとうルナ様!いえ、お義母さん!ケンちゃんは絶対に私が幸せにします!
幻のイチャラブ交尾発言が飛び出し、会場はざわめきに包まれた。
私もしたい!ケンちゃんとイチャラブ交尾したい!オスの方から積極的に迫って欲しい!
ほかにも交尾本で描かれていたマタタビキメながらの交尾もしたい!
あ!そういえば、人間族の闇市には人間族専用に調合された特別なマタタビが非合法に売られているとか……夢が広がりユニバースです!
【『あー!こんな所にケンちゃんが大好きな虫のおもちゃが置いてあるではないか!』】
【ナレーション:そんなルナ様が、ケンちゃんを思って美味しいそうな虫型おもちゃを持ってきたそうです!さぁケンちゃんはどんな反応を見せてくれるのかな?】
【『ほれ!おもちゃじゃぞ~』】
【ペタッ!】
ケンちゃんの頭の上に載せられたのは、本物そっくりで美味しそうな虫のおもちゃ。
最近は食べたりしてないですけど……ああいう虫、昔はガーベラと一緒に捕まえて食べてましたね……懐かしいです。
【ナレーション:あらあら、大好きな虫を頭にのせられて嬉しかったのか、興奮のあまり気絶しちゃったようです。かわいいですね】
【ナレーション:このように、オスはちょっとの刺激ですぐに気を失う弱い生き物。なのでコミュニケーションを取るときは注意しましょう!】
「か、かわいい……!」
ケンちゃんはお腹を真上に向けて、まるで降参したかのような無防備な姿になってる。
ぷにぷにモチモチのお腹があらわになっていて、触りたい衝動を抑えられない。
ていうかあれは誘ってますよね?スクリーン越しに私のことを誘ってますよね?
そんなに私に誘拐されたいのなら、わざわざそんな可愛い仕草を見せなくてもいいのに……大丈夫ですよ、すぐにでも迎えに行ってあげますから♡
【ナレーション:なんと!最後にケンちゃんから魔界に住んでる皆さんにお話があるそうです。とても重要なお話なのでしっかりと聞いてあげてくださいね?】
ふふふふ、一体なんでしょうか。私に告白ですか?もう仕方ないですね。私の給料はそこまで良くないですが、ケンちゃんの為なら睡眠時間をなくして働いてあげますよ♡
【(え、なんで僕だけカメラ向けられてるんですか?)】
【翻訳字幕:魔界に住んでるみんな!始めてまして!】
すると、ケンちゃんのふにゃふにゃとした声に重なるようにして女性の声が聞こえてくる。
<勝手にアフレコつけんじゃねぇ! オスの声が聞こえないだろ!
<こっちは好きに解釈してるんだから、メスの声なんて雑音を入れるな!
<はぁぁぁぁ……これだからペット動画にアフレコする奴は!
どうやらこの仕組みは観客に大不評のようで、館内は罵詈雑言でいっぱいだ。
「滅びよ!」
隣のガーベラも、飲み干したドリンクのカップをスクリーンに向かって投げつけて不満を露わにしている。
私もなにか投げないと……。
――――――――――――――
【(何ですかその口をパクパクするジェスチャー……喋ればいいんですか?)】
翻訳字幕:
『僕は亜人が大大大好きで。いつかみんなと交尾するのが夢なんだ!』
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【(ていうか!さっきルナさんにムカデを頭に乗せたのなんなんですか!普通にキレそうなんだけど!あれってそういう文化でもあるの!?)】
翻訳字幕:
『でも!まだ僕子供だから今すぐに子作り出来ないんだ……でも安心して!今は僕を”保護”してくれたルナと一緒に日々楽しく過ごしてるの!昨日なんて美味しいミールワームをいっぱい食べせてくれたんだ!』
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【(あと、なんで晩御飯に虫っぽいのが出てくるんだよ!味は悪くないんだけど………こう精神的に無理というか、とにかくきつい!)】
翻訳字幕:
『だから、城に押し掛けるような野蛮なことは絶対にしないでね……もちろんプレゼントをくれるだけなら大歓迎だよ!』
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【(もちろん、世話をしてもらっている立場なのにわがままかもとは思ってる。でも今はちょっと”虫”の居どころが悪くってね!……ここカットして貰えますか?)】
翻訳字幕:
『でも、誘拐したり暴力で解決する人は嫌いだから、そんな人とはケンちゃん交尾したくないなぁ。僕はおしとやかで上品な人が好きだもん…………わかったかな?』
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【(あああああ!でもやっぱり虫は嫌だ!虫は嫌だ!虫は嫌だ!むしは…………)】
翻訳字幕:
『早く大きくなってみんなと赤ちゃん作りたいな♥じゃあみんなバイバ~イ』
――――――――――――――
【ナレーション:はい!というわけで、ケンちゃんからのメッセージは以上です!】
声が重なってよくわかりませんでしたが、なんだかすごく悲しげな表情を浮かべて、唸り声をあげていたような......気のせいでしょうか?
【ナレーション:では、魔界に住んでいる皆さんはいつかケンちゃんとイチャラブ交尾できるよう優しく丁寧に見守ってあげましょうね!ここまでのナレーションは鳥獣族ウグイス種のラーネッドが担当しました】
【制作スタジオ】
【Immorta Gargoyle Alucard】
【出演者】
【ルナ様】
……………………
…………
……
【協力者】
【魔王様】
……………………
…………
【AND YOU!】
…………
………
……
小粋な音楽に乗せて、数分間スタッフロールが流れ続ける。
パチン!
やがて、「続く……」という大きな文字がスクリーンに表示されると、部屋の中にゆっくりと明かりが戻ってきた。
「……………………」
まるで歴史の転換点に立ち会ったような壮大さだった………映画が終わった今も、胸の高鳴りは静かな余韻となって心に残っている。
「…………あの」
言いたいことは数え切れないほどある。
この素晴らしい映画に呼んでくれた感謝の気持ち。ケンちゃんについての情報。ケンちゃんに直接会う為に明日以降の予定の調整……けどまずはこの問題から解決しよう。
「とりあえずおむつ買いに行きません?」
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【Immorta Gargoyle Alucard】とは
最近発展した録画技術によって誕生した映画を製作する会社で、魔界にはまだ4つしか製作会社は存在しない。映画文化自体は一般的とは言えないが、「あ、これ使えば国民を簡単に騙せる!」と考えた魔王様の判断によりほとんどの街に映画館が設けられている。ちなみに、魔新聞の最終チェックも魔王様が行っている。
この映画会社を立ち上げるにあたり、ルーミアは母親アルカードの名前を社名に入れることを条件に設立資金を受け取っている。しかし、会社名が長すぎると一般市民からは不評で一般の人からは【IGA】という略称で呼ばれている。




