第26話 上映中はお静かに! 前編
【ここは数多の魔物がひしめく魔狼の森。そんな森の中には、我々の密着取材を受ける魔王軍幹部ルナ様と、その秘書ラミィ様の姿がありました】
生い茂る森を背景に、この地域の管理を任されているルナ様がインタビューに答えている。
そしてその声に重なるようにして、ナレーターの優しさ声が館内に響いていた。
「ふわぁ……」
魔王軍幹部として背負う重圧や果たすべき使命について淡々と語るルナ様。
その内容には感心させられるが、あまりにも抑揚のない語り口はまるで台本を読み上げているかのようで、次第に眠気すら誘ってくる。
私はこんなもののために、死にかけたのでしょうか?
【ふにゃ~!】
【その時です、森の中から謎の叫び声が聞こえてきました。早速ルナ様が叫び声の元に向かうようです】
【「今緊急でカメラ回してるんじゃけど見てくれ!スライムに襲われたボロボロの生き物がいるぞ!」】
「え……エッロ」
スクリーンには、防御力が皆無としか思えないペラペラの服をまとい、ぬるぬるの液体に包まれた可愛らしい生き物が映っていた。
なにか不満があるのか、どこか哀愁漂う顔をしている。
キュン♡
その姿を目にした途端、下腹にじんわりと熱が走ったが、なんとか呼吸を整えて冷静さを取り戻す。
落ち着きなさい……おそらく、あれは男装した女性でしょう。
そんなよくわからない森の中で、貴重なオスが発見出来るなんて都合のいい話はない……
【ふにやふにゃ!】
キュン♡キュン♡キュン♡
だが、そう頭ではわかっていても、あまりにも官能的な姿に心がかき乱されてしまう。
悔しいが、私は初めて男装俳優をぐちょぐちょにしたいと思ってしまった。
<かわいい!かわいい!かわいい!実際に動いてるケンちゃん可愛いすぎる♡
<なんだそのスケスケの服!お母さん言ったよね!私以外のメスの前で肌を晒すなって!こうなったらねっとりと教育しないとだね!
<ケンちゃん!今すぐその忌々しいぬるぬるを舐めとってあげるから!知ってる?竜族の舌には殺菌作用があるんだよ?ペロ♡ペロ♡ペロ♡ペロ♡
周囲の観客も私と同じ気持ちなのか、上映中だというのに、叫び声や熱のこもった声が飛び交っている。
なるほど、この子が噂のケンちゃんなのですね。みんなが夢中になるのも頷けます。
【信じられないかもしれませんが、どうやらこの子はスライムと相打ちになってしまったようです。なんとも弱くて愛くるしい生き物なのでしょう】
スライムと相打ち......そんな弱い生き物が存在するのでしょうか?
スライムは山でも海でも生きられる万能生物であり基本的にどの地域にも生息してる魔物。
羨ましいことに彼らは単体で繁殖が可能なため個体数も非常に多い。
ゆえに学者たちの間では、「その土地における生存ラインを知りたければ、まずその地域のスライムを観察しろ」とよく言われています。
つまりスライムにすら敵わない生き物など、自然界では許されない存在。いたとしても瞬く間に他の生き物に食われ、淘汰の波に飲まれるのである。
「なんだか途端に映画が胡散臭くなってきましたね」
せっかくオスと見間違うほど可愛い役者を使っているのに勿体ない。傲慢な人間族の集落から救い出す……それくらいで十分だったのに。
【ルナ様!どうやらこの子は人間族のオスのようです。一旦城で”保護”しましょう。ええ、これは誘拐ではなくこの子の生命を守る”保護”ですからね】
【そうじゃなラミィ。この子を"保護"するためなら仕方ない。魔界に連れて帰るぞ!】
どこか感情のこもらない……いや、むしろ下心だけでできあがったような声で子供を抱き上げ、そのまま強引に馬車へと押し込む。
なるほど。尻尾も角もないからどんな種族か気になっていたけど、人間族のオスだったのですね……………ん?
「え……人間族のオス!?本物の!?いや、そういう設定なのでしょう」
「意外と冷静ね。でも残念。実は今日の魔新聞で、魔王軍が人間族のオスを保護したって大々的に発表したの。しかも鮮明な写真付きで掲載したもんだから、魔界中は大混乱よ」
「噓でしょ……」
ガーベラが体をもぞもぞと動かしながら、事の顛末について説明してくれた。
どうやら、彼の名前はケンちゃんと言い、魔王の名の下で保護されることが正式に決まった正真正銘のオスらしい。
しかも、全種族との交尾を視野に入れているらしく、今は大人になるまでの準備期間なのだそうだ。
「だから町の中から人が消えたり、チケットをめぐる醜い争いが繰り広げられていたのですね……」
オスの写真が家に届いたとなればそんなの仕事どころじゃない。朝から晩まで、その一枚をじっくりと堪能するのがメスの性だ。
それに加えて、実際に動くオスの姿を拝めるチケットがあるともなれば……殺してでも奪い取りたくなるのは当然の心理だろう。
クソ!朝の魔新聞を見逃さなければ、私も仕事を休んでこの狂乱の祭りにどっぷり浸かれたのに!非常に残念です。
【スライムに襲われて弱っている人間族のオス。お城に戻って早々、ルナ様が直々にお風呂に入れてあげるようです】
「オ、オオオオスの裸!」
<ざわざわざわざわ
そんなの交尾本でしか見たことありません。
そもそもオスの裸体なんて、写真ですら【魔界禁忌指定】にされるほど貴重で私の図書館にも数冊しかないというのに……それを映像で見られるなんて!
もしかして、この後私は消されてしまうのでは……いや!オスの美しい裸体を見ることができるなら命なんて惜しくありません!むしろ死にたい!
【さぁ!あわあわしましょうねぇ~】
ごくり……
【人間族のオスは身体がとっても弱い生き物。腕が取れないようこのように優しく洗わなければなりません】【ピカーン!】
「……は?」
私の期待を大きく裏切り、オスの身体は突如として謎の白い光に包まれる。
どんなに目を凝らしても体の輪郭すら見えない。それどころか、画面の8割が白い光に包まれて、目がくらむほど眩しい。
<おい、ふざけんな!なんだよこの謎の光!あまりにも不自然だろ!
<顔すらよく見えねえじゃねぇか!ケンちゃんのケンちゃんを見させろ!
<チクショーメー!
当然のことながら館内は大ブーイングに包まれる。
これを編集した人物は、モニターの前でケンちゃんの裸体を拝みながら高笑いしてたに違いない……特定して殺しましょう。
【ここで注意してほしいのはお湯の温度。人間族専門の研究家であるアウラ様によれば、我々魔族とは異なり60℃のお湯でも暑く感じて肌が爛れてしまうとのこと。お風呂に入れる時はオスの反応を観察しながら、最初は40℃程度から少しずつ上げていくと良いそうです(ジャーーーーー!!)】
【(あ~さっぱりするぅ……ってあつい!まぁまぁあつい!!!)】
【この子も温かいシャワーを浴びて、気持ちよさそうにふにゃふにゃと鳴いてます。ぬるぬるが取れてよかったね!】
必死に瞬きを我慢し、もしかしたら映るかもしれないオスの裸体に全神経を集中させた。
だが無情にも、画面は風呂場から別の部屋へ切り替わってしまう。
クソがぁ!
【ほらケンちゃん♡ふきふきしましょうねぇ~♡】
だが落胆しかけた瞬間、髪が濡れ、服が肌にしっとりと貼りついたケンちゃんがスクリーンに映し出された。まるで小さな人形のように、ちょこんと座っている姿が何とも愛くるしい。
あぁ見えます!私には『召し上がれ♡』と両手を広げて私を受け入れるケンちゃんの姿が!私の腕の中で蕩けきった表情を浮かべている姿が!
「今日この映像を見ただけで妄想のアップデートが凄まじいことになっています!」
お礼を言おうと横にいるガーベラを見たが、彼女は絶賛お楽しみ中だった。この感謝の気持ちは上映後に感謝を伝えよう。
誘ってくれたガーベラに対し、心の中で尊敬の念を抱きながら、私もゆっくりと熱のこもった部位に手を伸ばすのだった。
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【スライムという魔物について】
異世界人からスライムが弱い生き物だと説明を受けるかも知れませんが、これはあくまで他の魔物と比較した場合の話であり、我々人間にとっても安全ではありません。
スライムは雑食かつ汚染された地域でも生息でき、非常に高い繁殖能力を持っています。その為、野生ではスライムより弱い中型魔物がすでに捕食されつくし、絶滅してしまいました。このような背景があるため、スライムが「最弱」と認識されていいるのです。
<結論>
スライムは拳銃程度では太刀打ちできず、ショットガン以上の火力、または魔力の放出が可能な魔道具が必要となるため無闇に近づくことは絶対に避けてください。(当然異世界人はスライムを武器無しで倒せます)
2041年版 『異世界の歩き方』より抜粋




