第2話 なんだこのぷにぷにとしたかわいい種族は!
『疲れた……癒しがほしい……どうして魔王軍幹部に就任したわしが、戦場と城を行ったり来たりせねばならんのじゃ~!』
馬車に揺られること1時間。
人間軍との戦争を指揮するため城と前線を何度も行き来しているが、ついに疲労が限界に達しようとしていた。
別に奴らと剣を交えること自体は苦ではない。むしろ、忌々しき人間族を斬り伏せることで程よいストレス発散になる。
しかし、馬車での移動や進行状況や被害を報告するための書類作成がどうにも面倒でならん。
『ぐぬぬな……魔王様も魔王様じゃ!何百年戦争をしてると思っておる!もっと大体に攻め込まんか!』
一番気に食わないのは、こんなにもわしが一生懸命働いているというのに、未だに主要都市を攻め落としていないこと。
どうにも魔王様は慎重すぎる気がするのう。早く人間族のオスを強奪して交尾したいし、今度の会議では一発ガツンと言ってやるか。
「そう狭い馬車の中で駄々を捏ねないでください。ルナ様はこの土地を治める主なのですから、これくらいの労働は仕方ないでしょう? 」
『そう言っても……全くやる気が湧かんのじゃ』
「なるほど……でしたら、やる気が出る朗報が一つありますよ」
『なんじゃ!?交尾本か!わしのお気に入りの交尾本が発売されたのか!』
「いえ、最近の人間たちはルナ様のことを『四天王』などと呼んで恐れているそうです。ふふっ、良かったじゃないですか。いつも名を残したいと張り切っておられましたもんね」
『そんなこと言われてもうれしくなーーーい!尊敬するならオスよこせ!さっさと降伏しろ~~!!!」
そうやって聞きたくもない話をしてくるのは、幼馴染であり、秘書係でもあるラミィだ。
獣人族が主流を占めるこの地域において、こやつは珍しく蛇族の白蛇種の亜人である。
体温調節が苦手な種族ゆえ、冬になると決まって寒いと嘆き、当然のようにわれに巻き付いてくるのが昔からの恒例行事だ。
力こそパワーなわしとは違い、ラミィは頭脳明晰で書類作成の面で何かと助けられている。幼い頃からの腐れ縁もあってか、立場上はわしの部下なのにどうにも頭が上がらない。
『ぐぎぎぎぎぎ!こうしている間に、あいつら人間族は交尾している……考えるだけで腸が煮えくり返る思いじゃ!』
バタバタ!バタバタ!バタバタ!
『はぁ……仕事が落ち着いたら、新しいペットでも飼うかのう。そうじゃな……モチモチした肌に、サラサラの毛並み……触れるだけで疲れが吹き飛ぶような、極上の癒しを提供してくれるやつを……』
「&##########」
『「!!」』
突如響いた謎の叫び声に和やかだった馬車の空気は一変、張り詰めた緊張感が走った。
『なんだ今の声……人の声……じゃよな?』
「どうでしょうか。ここは危険な魔物は多く出没する危険エリア。人の声を真似て我々をおびき出す魔物の可能性もございますが……どうしますか?」
『無論助ける。もし、我が領土の民であれば見殺しにはできぬからな。御者よ、急いで声のした方へ向かえ!!』
「は!」
素早く指示を送ると、御者は迷う素振りも見せずに馬を全力疾走させるのだった。
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「ルナ様!ラミィ様!約300メートル先にスライムに襲われている人影を確認しました!」
『承知した!』
いつ魔物に襲われてもいいよう置いてあった2メートルもある大剣を手に取り、報告のあった方角を見据える。
「まずいですね、もうスライムに胴体まで飲まれています」
『わしも確認した。それにしてもなぜあの者は抵抗しない?スライムなんて、ちょっとした魔法や強い衝撃を与えれば一瞬で倒せる魔物なのじゃが……』
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。この馬車のスピードでは、スライムが彼女の顔に到達する方が先になる。
そうなれば手遅れ……ならば!
剣を握りしめたまま、馬車の先端に身を乗り出す。そのまま体を低く構え、四つん這いの姿勢を取り、スライムに狙いを定めた。
『ラミィ!』
「かしこまりました!【エアリアル】」
ラミィも今から行うことの意図を察したのか、戦場のときと同じようにわしに速度上昇の魔法をかける。その瞬間、体がまるで羽のように軽くなった。
…………今じゃ!
バキ!
両手両足に全力を込め、馬車を踏み台にして勢いよく蹴り出すと、わしの体は風を切る音とともに前方へと放たれる。
空気が一瞬で後ろに流れ、気がつけばスライムの眼前にまで移動していた。
『はぁぁぁ!』
ズバシュン!
雄叫びを上げながら止まることなくスライムを一刀両断し、その中から飲み込まれていた子供を素早く抱きかかえる。
『大丈夫か!おい、返事をするのじゃ!』
体を揺すりながら何度か呼びかけるが反応はない。
救出することはできたものの、服や腕がドロドロに溶かされ、呼吸は浅くひどく衰弱しきっていた。
『ラミィ!』
「は!【ハイパーヒール 】」
回復魔法が使えるラミィに声をかけると、魔法陣が子供の周りに瞬時に展開され、痛々しくただれていた腕はみるみるうちに治っていく。
相変わらず、こちらの意図を一瞬で読み取ってくれるため助かるのう。
「ふぅ……これで大丈夫でしょう。今はただ眠っているだけですので、時間が経てば目を覚ますと思います」
『うむ、皆ご苦労だった……』
いきなりの出来事にも迅速に対応してくれた家臣たちに、労いの言葉をかける。
さすがはお母様の代から我が家に仕えてきた者たちだ。どんな状況でも冷静に対処してくれる、その優秀さに感心する。
それにしても……
ぷにぷに....
『なんだこのぷにぷにとしたかわいらしい種族は!尻尾も角もなく、羽すらもない。長年この大陸に住んでいるが、こんな魔族は見たことがないぞ!ラミィ!お前にはわかるか?』
子供を救出したのも束の間、あまりにもかわいい見た目の生き物に興奮が止まらない。
「うーん、そうですね…………おそらくではございますが、人間族かと思われます」
『人間族?わっはっは。そんなわけないじゃろう。確かに人間族の特徴には合致しておるが、人間族というのは浅ましく野蛮な生き物じゃ。こんなちっこくて可愛い生き物ではない!』
ぷにぷに!
『おほ~♡ほっぺたがぷにぷにしていて、まるで柔らかいお団子のようじゃ。触るたびに癒されるのう』
ぷにぷに!
『まったく、こんなに可愛いのに人間族と間違えるなんてラミィはひどいでちゅね~……こほん。それにここは魔界の樹海中腹。人間の女児がここまで来れるはずがないじゃろ』
「ですが一説によると人間族のオスは国宝級の可愛さを持つと言われています。早計かもしれませんがもしかしたらその者はメスではなく……」
『それこそ有り得ない話じゃ。我々が何のために戦争しているのか忘れたのか?オスを少しでも魔界に引き入れ、繫殖する為に戦っているのではないか』
そう、この世界では人間界も魔界も男が極端に少ない世界。
憎たらしい話だが、人間族はすべての種族の祖とされており、奴らのオスはあらゆる亜人種と交配することができる。
日々様々な種族が男性不足で滅びゆく中、たった一人で種族に繁栄をもたらす人間族のオスはどんな資源よりも貴重な存在……滅多にお目にかかることができない。
だというのに、こんな森の中に人間族のオスがいるのであればさっきまでの戦争がすべて茶番になってしまうではないか!あり得るはずがない!
『それに見てみろ。オスがこんな無防備な格好をしているわけがなかろう。上下合わせて薄っすい布一枚しか着ていないではないか。こんな格好をしていたら、即服をひん剝かれて種族全員の繫殖用ペットにされるのが落ちじゃろう。ラミィは交尾本の読み過ぎじゃな』
「ですが、さっきヒールして時の感覚がいつもと違ったというか……なんというか下半身に異物を感じたというか」
『はいはい、わかったわかった。お主は昔から何でも疑いすぎる癖があるからのう。そんなに気になるなら……………ほれ。こやつは人間族のオスでもなんでもなかったじゃろ?』
ペラ…
「………………え?うそ、本当に?エッロ!」
『?』
うだうだとして納得しないラミィに苛立ちを感じたわしは、助けた少女の衣服を強引にめくってオスではない事を証明した。
だが、ラミィは大きく口を開きその場で固まるという、想像とはまったく違う反応を見せる。
『そんな馬鹿みたいに顔してどうしたんじゃ?なにか面白いでも付いて……………………は???????』
わしが自らめくっている少女の下半身に目を向けると、想像を絶する光景に思わず体が硬直する。
そこには、本来女性には備わっていないはずの膨らみが、自分の存在を誇示するかのように圧倒的な存在感を放っていた…………