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第24話 世紀末!チケット狩り!

「暇ですね……」


 人の気配がない静寂な部屋で、ふと漏らした私の声だけが虚しく響き渡る。


 私の名前はマリィ。ここ魔界魔導図書館で受付の仕事をしている獣人族ネコ種だ。


 普段なら魔術師志望の生徒や、古文書に夢中の研究者たちで忙しくなるはずなのに、今日はどういうわけか誰一人訪れていない。


 なんなら、今日は人に会っていない。


 お気に入りのパン屋さんが臨時休業で残念に思いながら、仕方なく無人販売のお店でパンを買ったくらいだ。


「あそこのコオロギムシパンは美味しいので、早くお店を再開してほしいですね」


 ガチャ……


「もうマリィったら、家にいないと思ったらこんな時まで仕事するなんてどれだけ真面目なのよ……ちょっとドン引きよ」


 貸出期限が過ぎている人物のリストアップをしていると、昔からの友達であるガーベラがやってきた。


 どうやら興奮しているようで、獣人族ネコ種特有の尻尾が嬉しそうに揺れ動いている。


 はて?今日は特に会う約束もしていないし彼女は本を読むタイプでもない。何故ここにいるのでしょうか?


「こんな時って……今日は普通の日ですよね?人間族への進軍日でもないわけですし……」


「あんたねぇ……まぁ、いいわ。そんな真面目で堅物なマリィにこれを持ってきてあげたのよ!優しい親友に感謝しなさい!」


 誇らしげな顔をしているガーベラが、私に一枚の薄い紙切れを差し出してきた。


 その紙を受け取ってじっくり見てみると、文字がびっしりと書かれている。


【みんなの繁殖用ペット!亜人大好きケンちゃんが我々魔族と交尾するまでの軌跡:出会い編!・入場チケット】


「なんですかこれ?映画のチケット……初めて見たけどこんな感じなのですね」


「ちっちっち!これはただの映画チケットではないわ。なんと!今話題沸騰中のケンちゃん主演の映画チケットよ!この2枚のために、何本の骨を折ったことか……一生私に感謝しなさい!」


「ケンちゃん?もしかして新しい男装俳優かなにかですか?残念ですが、私あんまり男装俳優好きじゃないんですよね……なんかこう子宮よりも頭の方がイライラするっていいますか、交尾本のオスの方が数千倍可愛いのに!って感じで」


「な!違うわよ!あのケンちゃんよ!貴方今日の魔新聞見てないの!」


 私の肩にぐっと掴み、ガタガタと揺さぶりながら必死に問い詰めてくる。その振動でメガネがずれて非常に鬱陶しいです。


「恥ずかしながら今日は寝坊しちゃいまして……」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


「そんなため息つきます?」


 深いため息を吐きながら、まるで憐れむような視線で私を見つめる。なぜ私がそんな目で見られないといけないのでしょうか。


「なるほど……だからあなた正常でいられるのね。きっとこの街であなただけよ。ちゃんと理性が残っているの」


「理性って……本当に何があったんですか?」


「うーん、そうねぇ……素直に教えてあげてもいいけど、堅物な貴方が狂乱している姿が見てみたいし、映画館に着くまで内緒かしら。さ!早速映画館に行くわよ!」


「ちょっと!せめて図書館の戸締りだけでもさせてください!ここ結構貴重な本が多いんですから!」


「大丈夫!大丈夫!こんな時に盗みを働くようなおバカさんはいないわ」


 私の訴えなど聞く耳持たず、強引に外へと連れ出されるのだった。




===================




「マリィ止まって!」


「な、なんですか?」


 映画館が見えてきた頃、前を歩くガーベラが突然足を止めた。


 人気のない細道を通っているので、こんなところで急に止まられるとぶつかりそうになるなでやめてほしい。


「あれを見なさい」


 ガーベラは神妙な面持ちで映画館前をうろつく人物を指さした。


<ケンちゃん!ケンちゃん!ケンちゃん!なんでなんでなんで!私はどうして貴方の姿を見る権利を得られなかったの!?こんなにも愛しているのに!このたった一枚の写真だけなんてひどすぎる……あ、わかった!ケンちゃんってツンデレなのね♡ 私の気を引こうといじわるしているのね♡よーし、お姉ちゃんが頑張るから真横で見ててね……ふふふふふふふ


 人物が描かれた紙切れをまるで宝物のように抱きしめ、映画館のまわりを何十人もの人が落ち着きなく徘徊していた。


 紙切れは魔新聞から無理やり切り取ったものらしく、湿り気を帯びた裏面には文字がじわりと浮かび上がっている。


「なんですかあれ……」


 みんな目が血走っており、近づこうものなら命の危険を感じるほどの異様な気配が漂っている。あの異様な様子……まるで精神攻撃魔法にでも呑まれたかのようです。


「あれは……チケット狩りね」


「チケット狩り?」


「ええ、映画のチケットを求めて映画館周辺を徘徊している亡者達よ。噂では、彼女たちに《《病院に送られる》》ほどの重傷を負わされたうえでチケットを奪われるらしいわ」


「えぇ……」


「それに、今日はすべての医者が休んでるみたいだから、治療は自力でなんとかするしかないのよ」


「えぇ……」


 あまりにも世紀末を思わせる現状に、ため息が二度も漏れてしまった。どうしてこんなにも物騒な奴らが当たり前のように転がっているのか、本当に理解に苦しむ。


<ケンちゃん……学費なんて全額捧げるから、お願い貴方に会わせてぇぇぇ!!!」


「え?あの子って……」


 チケット狩りなる集団を観察していると、見慣れた帽子をかぶった魔族の姿が目に入った。


 間違いありません。あの子は図書館の常連の子です。


 いつも本ばっかり読んでて真面目そうだったのに何してるのでしょう。それに来週試験があるんじゃ……


「いい!今から駆け抜けるけど、絶対に目を合わせてはダメよ……もしチケットの存在がばれたら……殺す覚悟をしなさい」


「いやです……ってちょっと!」


 私がまだ状況を飲み込む前に、ガーベラは素早く映画館に向けて走り去っていく。


 どうしようかと悩んだが、こんな危険な場所に一人取り残されるよりはマシだと思い慌ててその後を追いかけた。


「ふぅふぅ……入口まであと少し!……っ!マリィ危ない!」


 突然、私の顔のすぐ横を風の刃が通り過ぎる……死ぬかと思った。


「チッ……」


「マリィ大丈夫!あなた!街中での魔法の使用は原則禁止のはずでしょう!これは明らかにやりすぎよ!町の傭兵は何してるのよ!」


「うるせぇ!私が傭兵だ」


「この町終わりすぎでしょう!」


 なんで街の治安を守るはずの傭兵が堂々と市民を攻撃してるのですか!まるで意味がわかりません。


「それにしても……なんで私たちがチケットを持っていることがばれたのかしら?」


「簡単な話だ。チケットを持っていようが持っていまいが関係ない!ここを通るやつを全員倒せばいずれチケットは手に入る!出るまで倒せば、実質100%だ!よって死ねぇ!!」


【ウィングカッター】


「あぶな!その考えは横暴過ぎないかしら!」


「うるさい!うるさい!うるさい!夜勤の警備が終わって昼ごろにやっと家で休めると思ったら魔新聞で映画が発表されて!急いでチケットを買いに来ても全部売り切れで!挙句の果てには、私以外の傭兵は全員仕事サボりやがって!……もう町の平和なんてし”ら”ん”!いやむしろお前ら市民がいたから私はケンちゃんに会えなかったんだ!全員まとめて死ねぇ!!!」


 傭兵を名乗る不審者の手元から、風の刃が四方八方に飛び散り辺り一帯が地獄絵図と化している。


「傭兵が八つ当たりで市民を殺さないでください……」


 しかしどうしたものでしょう……いっそこの人にチケットを渡した方がこの世の為なのではないでしょうか。


「マリィ……これって正当防衛よね?」


 カチャ……


「なんですかそのながい筒状の物は……?」


「これは銃って言うんだけど、火の魔法と爆発魔法を組み合わせた、人間族がよく争いで使う魔法具よ。まぁ……簡単に言うと、魔法が使えない人でも高火力で攻撃できるアイテムってわけ」


「ああ、なるほど。それで脅して退いてもらう作戦ですね?」


 バン!!!!


「……え?なんか言ったかしら?」




===================




【病院送りについて】


 大前提として、異世界ではちょっとした骨折程度なら低級回復魔法で簡単に怪我を治せます。そのため、外傷で病院に運ばれるケースは非常に稀です。


 その知識をもったうえで『病院送りにするぞ!』と亜人に言われた場合、それは四肢が残っていれば運が良いレベルの被害を指します。


 万が一言葉その言葉を耳にした際は、絶対に挑発に乗らず命を守るために全力で逃げましょう。



2041年版 『異世界の歩き方』より抜粋

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