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第23話 保護した人間族は元気になりました 撮影編

「あ~さっぱりした」


 森の奥で得体の知れない液体を浴び、どうすればいいのか戸惑っているとお城に逆戻りしていた。


 さらには問答無用で服のまま湯船へと放り込まれていたのだから、混乱はさらに深まるばかり。しかも、何故か入浴中もずっとカメラを回されていて訳が分からない。


 僕を主役にした何かしらの撮影がされているのは理解できるけど、いったいどんな内容なのかが予測つかない。僕なんて撮っても面白くないだろうに。


「あれかな?この世界には普通の人間がいなくて【怪奇!森の中にいか謎の生き物を追え!】みたいなドキュメンタリー番組とかなのかな?」


 それなら異世界転移してから、普通の人間と会わない理由も納得できる。


「だとしても、僕のぬるぬるスケスケの映像なんて誰得なんだろうか。視聴者からクレームが来ても僕知らないからな」


『(ケンちゃ〜ん。お風呂気持ちよかったのう。お外での撮影頑張って偉いでちゅね~。ご褒美にこのドライヤーで……)』


「(……ルナ様?)」


『(というのは冗談で。タオルでわしゃわしゃしましょうね~。わしゃわしゃ~)』


「ん……」


 そして今は、ふわふわの毛布にくるまりながら、ゴシゴシと力強く体を拭かれている。


 この他人に身体を拭かれる感覚、なんだか子供の頃を思い出して母さんが恋しくなるな。


「(さて、とりあえず保護シーンは無事……ではありませんでしたが撮影できました。次はケンちゃんが元気に回復したシーンを撮らせていただきますわ)」


「(回復したシーン……元気に部屋を駆け回るとかでしょうか?)」


「(ええ。ですが、できる限り人懐っこい要素を入れたいですわね。皆様は人懐っこいオスと聞くとどんな姿を思い浮かべますの?)」


『(有無を言わさず交尾をしてくれる!)』


「(オス自らかハグしてくれるとかでしょうか?)」


「(やはり、そういう展開に話が進みますわよね……でも、ケンちゃんが素直に抱きついてくるとは思えませんし。うーんどう表現したらいいのでしょう)」


『(ふふーん、悩んでおるようじゃな。そんなお主にグッドアイデアを教えてやるとするかのう)』


「(あら、どんなアイデアですの?)」


『(ズバリ!ここはわしが人肌脱いでケンちゃんと交尾してやるのじゃ!本意ではないが、映画の撮影とあらば仕方あるまい。さあケンちゃん!今すぐ服を脱ぎ脱ぎすのじゃ!)』


 ゴシゴシが終わったと思ったら、急に手つきがいやらしくなってきている気がする……気のせいだろうか?


 もしあれだったら、指を嚙んでやろう。


「(それってルナ様がただ交尾したいだけですわよね?それに、いきなり交尾シーンなんて公開したら、映画館は阿鼻叫喚、観客は全員スクリーンに頭から飛び込んでしまいますわ)」


「えぇ〜それくらいいいではないか」


「魔王様の指示に合いませんしダメですわ。それに、物語の構成的に交尾シーンの撮影はまだまだ先の話ですもの)」


「(あ……交尾するのは確定なんですね)」


「(当たり前ですわ!【交尾するまでの軌跡】ってタイトルにありますでしょう?しっかりねっとりとした交尾シーンをクライマックスに持ってくる予定です。タイトル詐欺は死すべきですわ!)」


『(ならば交尾相手に選ばれるため、急いでケンちゃんの好感度を上げねば!)』


ガサガサ……


「(ルナ様?何を漁っているのですか?)」


『(確かこの辺に、昔まるちゃんが使っていたペット用のおもちゃがあったはずじゃ!)』


「(それってまた危険なやつじゃないですよね?ドライヤーでのこと、ちゃんと反省してます?)」


『(だ、大丈夫じゃ!これはただ噛んで遊ぶおもちゃだから安心せい!え~と、確かこの辺に……おお、あったあった)』


 僕を床にそっと置き、探し物をしていたルナさんの手に、黒くてつやつやした物体が握られている。下から覗く僕の視界では、肝心の形がよく分からずもどかしさが募るばかり。


 この世界の人たちはみんな僕よりずっと背が高いんだよなぁ……全然見えない。


「(これは……虫のおもちゃですね)」


「(結構リアルですわね……プリプリテカテカで美味しそうですわ)」


『(ふっふっふ。リアルなだけではないぞ!なんと裏側に魔法が仕込まれておってな。こうやって術者を登録すると……)』


 カサカサ……


『(この通り、虫を意のままに操れるのじゃ!)』


「(おお……足が動くと本物そっくりですわ)」


『(そうじゃろ。まるちゃんもこれを見せた時、部屋中を追いかけ回して大はしゃぎじゃったな……よし!さっそくケンちゃんの前に置いてみるとするかのう)』


 ポイ……


「ん?ルナさん?手から落としましたよ」


 せっかくルナさんが探していた物体が音を立てて床に落ちる。


 拾ってあげようと思い、黒くて長い物体に手を伸ばしかけたその瞬間……


 カサカサ……


 黒い物体は寝返りを打つかのように動き、次第に一本の長い線状に変化する。


「ひゅっ」


 そう……目の前の床には、僕の手よりも大きなムカデが、カサカサと音を立てながら元気に這いまわっていた。


「ふぅ……ふぅ……大丈夫だ、まだ焦るような時間じゃない。こういうのは刺激せずにゆっくり距離を置くのが鉄則だ」


 そう自分に言い聞かせながら、僕はできるだけ音を立てないよう、ゆっくり……慎重に後ろへと下がる。


 一番最悪なのは、パニックに陥ってこのムカデから目を離すことだ。


 一度でも見逃してしまえばこちらの敗北……この部屋に足を踏み入れるたびに「どこかにムカデがいるかもしれない」という恐怖が一生ついて回る。


「苦手だからこそ、今ここでケリをつけなくては!」


『(うーん思ったより反応がないのう……少し近づけてみるとするか)』


 カサカサ!!!


「バカ!バカ!ピンポイントでこっちくんなバカ!!!やっぱり怖い!無理!無理!無理!ルナさん!ラミィさん!助けて!僕こういう足がいっぱいある系の虫無理!」


 もはや自分一人ではどうにもならないと悟った僕は、近くにいたルナさんにしがみつき必死で助けを求めた。


『(おっ♡いきなりわしに抱きついてどうしたんじゃ♡しかも、いつもよりも熱烈な抱擁じゃのう♡おもちゃのお礼はちょっと交尾してくれるだけでいいんじゃよ~♡♡♡)」


 ミシミシミシ……

 

 背骨が折れそうなほど強く抱きしめられているが、今はそれよりも、このムカデをどうにかしてほしい。


 けれど、頼りにしていたルナさんは目を見開いたまま固まり、全く動こうとしない。もしかして、ルナさんも虫が苦手だったりするんだろうか?


「(あら、これはなかなかいい絵ですわね。どうせならこのまま撮影に入りましょうか)」


『(えー!!わしはもう少しケンちゃんとイチャラブタイムを楽しみたいのじゃが!!!)』


「(私は準備完了してます。いつ撮影を開始しても問題ありません。ルナ様も駄々を捏ねずに早く準備してください)」


『(そう言われてものう)』


「(あまり迷惑をかけますと業務時間が減って、明日以降のケンちゃんなでなでタイムが減りますよ?)」


『(はぁ……仕方ないのう。手早く終わらせるのじゃぞ?)』


「(かしこまりましたわ。スタッフ!念のため、セリフを書けるように紙をくださいまし!それに照明には特に気をつけてください!ここは野外と違って光魔法の加減が重要ですから慎重にお願いしますわ!)」


「「「「(はい!)」」」」


 また撮影が再開されるのか、周りの人たちが「ざわざわ」」と忙しなく動き出す。


「いや!そんなことより虫!」


 大きな声を出して、床を這いまわる虫を指さすが誰も取り合ってくれない。


 なんだか、こうも無視されると孤独感に包まれて悲しくなるな.....虫だけに。


「(では、【ドキ!亜人とのイチャコラちゅちゅ】のシーンスタートですわ!)」


 カン!


『(い、いやーケンちゃんが元気を取り戻してよかったのう。ラミィもそう思うじゃろう?)』


「(ええ、それにどうやらケンちゃんは我々亜人が大好きみたいです。毎日毎日こうやって抱きついてくるから困っちゃいますね!おほほほほ)」


「お願い!笑ってないで助けて!ムカデだよ!顔よりでけぇムカデがいるんだよ!」


『(今も叫ぶことで、私たちが「好き」の気持ちをアピールしていて愛くるしいのう……えぇっと、セリフセリフ……)』


(ルナ様!こちらを読んでくださいまし)


『(こほん……こんなにも人懐っこいケンちゃんなら、愛情をしっかり注いで優しく接すれば、どんな種族の亜人でもいちゃらぶ交尾ができるかもしれんのう)』


「(それは夢が広がりますね。でしたらここは、ケンちゃんに嫌われないためにも、みんなで優しく接してあげましょう。絶対に無理矢理交尾を迫ってはいけませんね!)」


『(うんうん、無理矢理は御法度じゃな!)』


『「(はははははは)」』


「(いいですねぇ……素晴らしいシーンが撮れますわよ。どうせなら、そこのおもちゃをあげてみてくださいまし。もしかしたら、元気に跳ね回ってくれるかもですわ)」


 こくり


『(あー!こんな所にケンちゃんが大好きな虫のおもちゃが置いてあるではないか!)』


 ムギュ!


 やっと僕の意志が通じたのか、ルナさんが大きなムカデを恐れることなく指で摘まんでくれた。


 か、かっこいい……好き!


「ルナさん。ありがとうございま……」


『(ほれ!おもちゃじゃぞ~)』


 ボト……


「!!!?!?!?!?!?!」


 お礼の言葉を伝えている最中、何を思ったのか頭の上に例のムカデを乗せられた。


 カサカサ……


『(どうじゃ、嬉しいかのう?野生で育ったケンちゃんなら、この虫のおもちゃは気に入るはずじゃ。手でにぎにぎしてみても、口でカミカミしてみても良いからね~。遠慮なく遊び尽くすのじゃ~)』


「あ……あばばばばばば」


 バタン!


『(ケ、ケンちゃん!急に地面に倒れてどうしたんじゃ!)』


「(地面をこれでもかとジタバタしてローリングしてますね。ルナ様がまた変なことをしたんじゃないですか?)」


『(特になにもしておらんわ!ほら!虫のおもちゃはここですよ~!いっぱいカミカミしていいんじゃよ~)』


 プニ!


 僕の頬にムカデの足と思われる細かな感触が広がり、その不快感が一瞬で全身に駆け巡る。


 ああ、この感触……あの時と全く同じだ。


 公園の芝生で昼寝をしていたとき、カサカサと身体に這い上がってきて、僕に最大級のトラウマを植え付けたあの時と……


「あばばばばばばば…………ばば」


『ケンちゃ~ん!!!ケンちゃんが壊れた!』


「動かなくなりましたね……ルナ様のせいでかわいそうに」


『おい!わしは何もしておらん!ケンちゃんが勝手に壊れたのじゃ!冤罪じゃ!冤罪!』


「何もしてないのに壊れる訳ないでしょう!」


『わしは何も悪くない!!!!』


「まぁまぁ、落ち着いてくださいまし。ルナ様のせいでケンちゃんは気絶しましたが、いい感じのシーンは撮れました。【ドキ!亜人とのイチャコラちゅちゅ】の撮影は完了ですわ」


『そ、それは構わんのじゃが、ケンちゃんの不調をわしのせいにされるのはどうしても納得がいかん!』


「残念ながら、ルナ様は前科が多すぎるので……妥当な考えかと」


『ぐぬぬぬ……』


「では、最後にケンちゃんがカメラ目線で話をして今回の撮影は終了ですわ。ケンちゃんとの仲直りはその後に行ってくださいまし。スタッフ!ラストシーン【ケンちゃんからの愛の告白】のご準備お願いしますわ!」


 バタバタ……


「話をさせるのは構いませんが、ケンちゃんは言葉がわかりません。意思疎通も難しいのでこちらの言葉を復唱することもできませんよ?」


「そこは問題ありませんわ。話すといっても、後で字幕を入れて都合のいい内容を喋っているよう編集するだけですもの」


「……いいんですかそれ?」


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