第22話 怪我をしているオスを発見したので保護しました 森の中での撮影編
『なんじゃこの生き物は!せっかくだから、わしはこの赤い服の生き物を保護するぞ!』
「はい、カット!……ルナ様!セリフが間違ってますわ!【赤い服の生き物】ではなく【青い服の生き物】ですわよ。この服に赤い部分なんてどこにもありませんわ!」
2メートルほどある大きさのカメラを抱えたルーミア様が、ルナ様に次々とダメ出しをしている。
あのカメラ、以前アウラ様に見せてもらった物に比べて随分と大きいですね。どうやらあのサイズのカメラだとよりリアルな映像が撮れるとのことですが、どんな映像が取れるのでしょうか。
「それにしても……ふぅ、メイクが崩れないように気を遣うのは大変ですね。普段不便に感じていた汗をかかない蛇族の特性も、こうした場面ではありがたいです」
初めてメイクアップを体験しましたが、ケンちゃんに変に思われていないでしょうか。似合っているかどうか不安です。
『……どうにも落ち着かないのう』
にぎにぎ……
一方ルナ様はメイクアップ時に爪を切られてしまい、手をぎゅっと握りしめては微妙な表情を浮かべています。
獣人族にとって牙と爪の長さが強さの証であることは理解していますが、もう100年も前の文化ですし通常状態の時にはそろそろ身だしなみを整える意識を持ってほしいものです。
「(あれってカメラだよな? 前はドライヤーまであったし、この世界の機械技術の発展具合がイマイチ掴めない。まさかゲームとかパソコンとも普通に存在するのか?)」
意外なことに、ケンちゃんはメイクアップの最中、そして亜人たちに囲まれている今でも騒ぐことなく静かにしている。
顔をいじられても一切暴れないのは、アウラさんの言っていた通り野生育ちの『はぐれ』ではなく、やはり誰かに躾けられていたのかもしれませんね。
『ぐぬぬぬ、いくらセリフを覚えてもケンちゃんの可愛さの前に記憶が飛んでしまうのじゃ~!』
ぎゅ!
『こうなったら、今のうちに慣れておくしかないないのう。あ〜よちよち、じっと大人しく座ってケンちゃんは偉いのう〜』
なでなでなでなで......
「(あ、さっきよりはルナさんの手が心地いいかも……ふふ~ん!きっと僕の嚙みつき攻撃が効いたんだな!)』
なでなでなでなで......
「(よし、また不満があったら手を噛んで伝えるのもアリだな。ただ、それだと完全に犬扱いでなんだか複雑……)」
『ぐへへ……ケンちゃんはかわいいのう』
「ルナ様~今は撮影中ですわよ〜……はぁ、仕方ありませんわ。ルナ様が落ち着くまで映像の確認をしましょう」
<ケンちゃん!お色直しの時間ですよ~……うわぁ、なんですかこの尊い天使のお顔は!もっとその顔を見せてください!……あ!今、5秒間も目が合っちゃいましたね!これは求婚のお誘いと受け取って大丈夫ですよね!
<どけ!ほ~らケンちゃん!鼻水拭くぞ……っしゃあおらぁ!オスの神聖なる体液が付着した至高の品をゲットだぜ!
<ああああああ!ケンちゃんが目をつぶってキス顔してるぅぅ!これぞまさしく奇跡の一瞬ですぅぅ。ルーミアさん!このカメラお借りしますね!ぐへへ……こんな神聖な場面に立ち会えるなんて、この仕事に就いた自分を褒めてあげたい!!
「スタッフさんたち!ケンちゃんに群がるのはやめてくださいまし!それに、勝手にカメラを使わないでくださる?これ一台で豪邸を買えるくらい高額な代物なんですのよ!」
『そうじゃ!そうじゃ!ケンちゃんはわし専用じゃ!わかったらさっさと離れるんじゃな!』
スタッフの喧騒を気にしながら、私は蛇族用のネット式椅子にゆっくりと腰を下ろす。この椅子はハンモック型で、尻尾を後ろから出せる作りになっており、私のように尻尾の長い種族でも問題なく座れる。
こんなものまでご用意していただけるとは、ルーミア様の配慮は素晴らしいです。
<ちょっと!その鼻水付きハンカチを寄こしなさい!
<いやだね!死んでも渡すもんかよ!
バキ!ゴキ!
『わーはっは!魔王軍幹部であるわしに勝てるわけないだろ!全員まとめてかかってくるのじゃ!』
「やはりケンちゃんは人気ですね」
「申し訳ありません。これでもケンちゃんに負担をかけないよう、スタッフは厳選したつもりなんですが……まあ、殴り合いで済んでいるだけマシですわ」
「……ちなみにもしスタッフ全員で来てたらどうなってたんですか」
「その場で大乱交からの映画のタイトルが【初めて腰つかい!ハメ撮り100連発!!】になります」
「な、なるほど……」
やはり、女性に警戒心皆無のケンちゃんは毒でございますね。
普通の人間族のオスは、私たち魔族を目の敵のように憎み、視界に入っただけで恐れて身を震わせるものです。
しかし、ケンちゃんは違います。
恐れるどころか興味津々な顔して近づいてきてそのまま私たちを誘惑してくる。
蛇族の尻尾を触るなんて理性あるオスなら絶対にしません。そんなことをしたら、全身の骨が砕かれて即婿入りにしても一切の文句を言えませんから。
「むむむ……映像を確認しましたが、やはりボロボロ感にリアリティが足りませんわね。ラミィさん?切断まではいきませんが、トラばさみで少し挟むくらいは許していただけません?」
「そう言われても、それ結構鋭いですから……」
「これでも指摘を受けて、少し刃を削ったんですよ……ほら」
ルーミア様は足元に転がっていた10㎝程度の石を拾い、トラばさみに向けて投げ入れる。
バキン!
「石がひび割れる程度の強さでしてよ?」
「ダメです。許可できません」
少し前の私でしたらこの程度許可していたかもしれません。
ですがオスの脆弱性を知った今なら、これがケンちゃんを傷つけることくらい簡単にわかります。
「はぁ……別に毒が塗られているわけではないのですから問題ないと思いますけどね。トラばさみで怪我をするなんて獣人族あるあるじゃありませんの?友人もよくトラばさみを引きずりながら帰ってましてよ?」
「それはルナ様も同じですね……ただ先ほど専門書を読んだところ、人間族は足を切られると死ぬ可能性があるらしいです。確かショック死?という死因だそうです」
「あら、人間族ってそんなに脆弱なのですのね……ですがこのまま座ってるだけだと絵面が地味ですわ」
そう言われ、映像のケンちゃんを確認する。
カメラに向かって手を伸ばしたり周囲をキョロキョロ見回したりする様子は、まるで赤ちゃんや無邪気なペットの魔物のようで、どこか愛らしかった。
「まぁ……確かに今すぐ助けないと!と思うほどの緊急性は感じられませんね」
「やはり、もっと庇護欲を搔き立てられるような、こう……【この子は私が守らなきゃ!】という気持ちを引き出しませんと。このままでは、交尾目的でケンちゃんに押し寄せる魔族が大量発生しますわ」
「あ、トラばさみは一応ケンちゃんを思っての発言だったのですね」
「当たり前です!魔王様に【ケンちゃんを守りたくなるような映像を撮れ!ぜっっったいにエロくするんじゃないぞ!】と言われた以上、指示通りに撮影するのが監督の責務ですわ!」
映像を入念に見る彼女の目には、決意と誇りがはっきりと表れていた。
「ですから、怪我でもさせないと目的が達成できないんですの。今のままでは、ペラッペラな服装も相まって『襲ってください!』って言ってるようにしか見えませんわ!」
たしかに、ケンちゃんが動くたびにちらりと見える生足は、まるでこちらを誘っているかのように感じられます。きっと足という器官を持たない私にとって、その存在への興味が人一倍強いのでしょう。
それに……こう……ケンちゃんの大事なところが見えそうで見えない、ギリギリの格好が危なっかしくて大変良くありません。
一言でいうと性的に食べたいです。
チロチロ…
「というか、さっきから思っておりましたが、本当にあの服装でここにいたんですの?あまりにもエッチな格好ではなくって?」
ドカーン!
『ふぅ、楽勝じゃったのう……ん?ケンちゃんの格好に文句があるのか?それじゃったら、本当にこの服装でいたんじゃから仕方ないじゃろ』
争いがひと段落したのか、後ろにスタッフの山を築いたルナ様が会話に割り込んできた。腕の中には、足をぶらぶらさせながら放心状態でのケンちゃんを抱いている。
『それにエッチな服を着せるのだったら、この前の交尾本でみた首と腰回りのみを露出させた服を着させるわ!黒いスケスケで思い出しただけでも濡れるのう♡』
「なんですのその卑猥な格好。聞いただけでもエッロいですわね。後でその本見せてくださいまし。今後の映画撮影の参考にさせていただきますわ」
『まったく仕方ないのう。ならばわしお気に入りの【魅惑!オスの白首100選】を貸してやろう!』
「あ、それは結構ですわ」
『なぜじゃ!』
思いもよらぬ即答に、口元を震わせながら驚愕の表情を浮かべるルナ様。
まぁ……首だけをドアップした画集なんてあまりにも特殊すぎますからね。
「話を戻しますが、庇護欲を刺激したいという目的かあるのなら、この薄くてヒラヒラした格好は逆効果ではないでしょうか?」
上下が一体で前がガバッと開く構造になっており、小指一本で簡単に裂けてしまいそうな薄さは脱がせやすい以外の利点がまったく思い浮かばない。改めて考えると、ケンちゃんが平然とこんな襲われやすい服を着ていたのは驚きですね。
「私も服を変えたいとは思いましたが、魔王様の指示が『辻褄を合わせること』でしたの。ですので、服装だけでなく時間や配置まで、発見時とできるだけ同じ状況を忠実に再現していますわ」
「なるほど。そういった理由が……」
「もしその縛りがなければトラばさみなんて持ち込まず、服装を少し工夫するだけで十分だったのですけれどね」
ルーミア様はやれやれとでも言いたげに軽く肩を落とす仕草を見せる。どうやら映画撮影というのは、思った以上に大変なのかもしれませんね。
「でしたら泥とか砂で汚すのはどうでしょうか?こうやって塗り付けると……」
「(ラミィさん?なにしてるんですか?)」
心苦しさを感じながらも、地面から土を掴みケンちゃんの足や腕に塗り付ける。
「これで少しはボロボロ感が演出されているのではないでしょうか?」
「う~ん、悪くないですけどもう一声欲しいですね。赤いペンキをぶっかけて……いや、森の中でそれは不自然。どうにか痛みを与えずに可哀想だと思われるような……あ!そうですわ!」
「なにかいいアイデアが浮かびましたか?」
「ええ、確かケンちゃんはスライムに襲われてたんですわよね!でしたら……えい!」
「(うわ!冷たっ!)」
ルーミア様はカバンから透明の液体が入った筒を取り出し、ケンちゃんに向かって遠慮なくぶっかけた。
「えっと……そのぬるぬるした液体は何なのですか?」
「これは交尾用に開発された、オスを逃がさないようにするための液体ですわ。古くから吸血ができないヒナコウモリ種は、このような道具を使ってオスを捕えて交尾していましたの!」
「なるほど……ですがなぜ交尾用の道具をわざわざ持ってきたのですか?」
「……」
「ルーミア様?」
「お、お恥ずかしい話ですが、ケンちゃんと交尾できるのではないか舞い上がってしまいまして……こっそりと準備をしておりましたの。おほほほほ」
その顔はどこが赤くなっており、恥ずかしいのかそっぽを向いて誤魔化している。
まぁオスと会えるなんて聞いたら、そう思うのは無理からぬことなのかもしれませんね。
『ん?交尾?蝙蝠族の交尾……嚙み跡……白首ぃ……ケンちゃんの白首ぃぃぃ!!!』
「ああ……またルナ様の発作が」
「と、とりあえずこれが乾く前にさっさと撮影開始ですわ!ですからルナ様も落ち着いてくださいま....ぎゃああああ!」
いくつかの人的トラブルがありましたが、森の中での撮影は何とか終えることができた……らしい。
私は回復魔法の使い過ぎて記憶がありませんが。
主人公の服は、よく入院時に着る青い服がスライムによってところどころ溶かされ、ボロボロになった状態です。




