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第21話 映画にはリアリティが大事なのですわ!!!

「初めましてルナ様。わたくし蝙蝠こうもり族ヒナコウモリ種のルーミアと申します。どうぞお見知りおきを」


 ルナ様の対面には、背中から薄い翼をのぞかせた小柄な女性が座っている。その頭にはウサギを思わせる長い耳がツンと伸び、わずかな物音さえも逃さないかのようにぴくりと動いていた。


 どこかのお嬢様なのでしょうか……随分と綺麗な服装をしております。


『蝙蝠族ぅ……はっ!まさかケンちゃんの血を狙っているんじゃなかろうな!言っておくが、どんなにお金を積まれようとも、二度とケンちゃんの首に嚙み跡は付けさせんからな!』


「嚙み跡?ああ、勘違いしないでくださいまし。オスの血を吸うのは蝙蝠族の中でも吸血種……昔ながらの呼び名ではヴァンパイア族と呼ばれる方だけですわ。少なくとも私はヒナコウモリ種なので血は吸いませんのでご安心くださいませ」


『信用ならん!がるるるるぅ!』


 弁明虚しく、ルナ様は低く唸り鋭い爪を突き出して低く身構えた。まさにぶん殴る一秒前です。


「申し訳ございませんルーミア様。ルナ様はとある事件以降、首に嚙みつく可能性がある種族をひどく警戒しておりますのでこのような態度を……」


『白首ぃ……ケンちゃんの白首ぃぃぃぃ!!!う”か”ぁぁぁ!!!』


「ああ、また発作が……」


 ルナ様の髪の毛がこれでもかと逆立っています。


 このままでは掴みかかって、大惨事になってしまいそうです……早くなんとかしなければ!


「ルナ様。あまり奇行ばかりしているとケンちゃんが怖がりますよ!『ルナちゃんこわいですぅ~。こんな怖い人とは交尾なんてしません!』ほら、ケンちゃんもこう言ってます。一度落ち着いてください」


 声真似をしながら、檻の中で欠伸をしているケンちゃんを抱き上げる。


「(ラミィさん?僕の名前呼びました?)」


 まるでお人形のように無抵抗なケンちゃんをルナ様の膝にそっと乗せる。見知らぬメスに興味津々なのか、不思議そうに首を傾げる仕草が相変わらず無防備で可愛らしい。


 ですが、こんなにも無防備だと誰かに誘拐されそうで秘書として心配です。一度本気で交尾を迫って女の怖さを教えた方がいいのでしょうか?


 まぁもちろんケンちゃんが抵抗しないようでしたらそのまま……


 チロチロ……


 おっと興奮して舌が出てしまいました。秘書として冷静になりましょう。


 ケンちゃんとの娘が一人……ケンちゃんとの娘が2人……ケンちゃんとの娘が三人…………


『こ、怖がられてはいかんよな……こほん。よ~しよしよし!怖い顔してごめんねぇ~。ケンちゃんの白首は私の物だからねぇ~。絶対に……絶対にもう2ドトワタサナイカラネェェ!』


 ガシガシガシ!


「(いたたた……相変わらずルナさんの爪が食い込んで痛い)」


 ガシガシガシ!


「(前に逃げようとした時ケージごと粉々にされ、抱きつかれて圧死寸前になったな……痛いけどじっとしておこう」


 ガシガシガシ!


「なんだか以前に比べて、ケンちゃんも大人しくなりましたね」


『ふふ~ん。これは私という存在がケンちゃんにとって心の拠り所になった証拠じゃな……ぐへへ、イチャラブ交尾まであと少しじゃのう』


 ガシガシガシ!ガリ!


「(いてぇぇぇ!あたま!あたまがないなった……ゆ”る”さ”ん!)」


 ガブ!


『ああああああ!ケンちゃんがワシの指を噛んだぁぁぁ!ラミィ!どどどどどどどうすればいいんじゃぁぁぁ!!』


「ルナ様、どうか落ち着いてください!優しいケンちゃんのことです。きっとこれは求愛行動か何かのはずです!」


『そ、そうなのかのう。言われてみれば、まるちゃんの甘嚙みよりも痛くないし、口の中が生暖かくてなんだか癒されるのう……』


 ガブ!ガブ!ガシ!!!ガシ!!!


『最近のまるちゃんに血が出るほど嚙まれるから、こういう優しい甘噛みは懐かしい気がするのう』


 ガシ!!!ガシ!!!ガシ!!!!!


『ぐへへ、カミカミしてかわいいのう。わしの指おいちぃねぇ~』


「こほん……!」


 ケンちゃんに指を入れて遊んでいると、ルーミア様がわざとらしく咳払いをする。


「なんだか盛り上がっているところ申し訳ありませんが、あまりのんびりしている時間はありません。こちらの資料に目を通してくださいませ」


 必死に指をカミカミしているケンちゃんを眺めていると、分厚い資料を2つ手渡される。


『えーと、なになに……』


『【みんなの繁殖用ペット!亜人大好きケンちゃんが我々魔族と交尾するまでの軌跡:出会い編!(仮)に関する撮影計画書】……これは何なのじゃ?』


「実は魔王様直々に、そこにいるケンちゃんの存在を広めるための映画を撮るよう命じられたのですわ!」


「映画……というのはあれでしょうか?最近発明された、映像を記録する魔法具で撮ったものを上映するという、あの?」


『そうですわ!』


 仕組みはよくわかりませんが、光魔法を利用した撮影技術があることは知っています。なんでも、起こった出来事をそのまま再現することができるとか。


 ただ、その撮影とやらに必要な魔法具はすべてドワーフの手作りで非常に高価らしい。そのため、大金持ちかアウラ様のように魔王様直属の立場でなければ、そう簡単には手に入らない代物だという……そういえば。


 つい先日、ルナ様が勝手に注文した魔法具の請求書が私のところに届いていましたね……とても高額だったので、後で問い詰めてみましょう。


『う~む。ケンちゃんの存在を公表することは知っておるが、どうして映画なのじゃ?そんなの適当な写真を撮って魔新聞に載せるだけでいいではないか』


「それが魔王様の話によると、人間族にケンちゃんの存在が知られた時用に『誘拐ではなく保護しましたよ』という大義名分を示せる物が欲しいらしいですの」


「はぁ……別にもう100年以上も戦争してるんだから、今更外交問題なんて気にする必要ないと思うのがのう」


「まぁ、魔王様には魔王様なりの考えがあるのでしょう。では、今回の撮影の段取りについて簡単に説明いたしますわ。先ほど渡した資料を確認してくださいまし」


 ペラ……


「撮影場所は、ケンちゃんを拾った『魔狼の森』でこの後すぐ行いますわ。ケンちゃんを拾った経緯については軽く聞かされていますが、詳しいやり取りまでは存じ上げておりません」


 ペラ……


「ですので、合間合間のセリフやその後の展開については移動中にしっかり詰めていきます。結構ドタバタするとは思いますが、よろしくお願いしますわね」


 ルーミア様の説明を聞きながら、私はページを一枚一枚めくっていく。


 ルナ様以外にも【ラミィ】名前がところどころ書かれているのを見るに、私も映画に出演するのでしょうか。少し恥ずかしいですね。



『……疑問なんじゃが、《《たまたま》》カメラを回していた時に、《《偶然》》怪我をしている人間族のオスを見つけるって、どれだけの確率なんじゃ?実際に起きたこととはいえ、流石にカメラを回しているのは不自然じゃろう』


「それに関して、元々ルナ様の密着取材中に撮れた映像という設定にいたしますわ」


『なるほどのう……それでも「何でこの状況で平然と撮影してるの?」という疑問は残るが、そればかりは仕方ないかのう』


「そこはまぁ、できるだけ臨場感を加えてリアルに撮影するつもりですけれど、気にしすぎるとキリがありませんわ。多少の批判は気にしない方向でいきましょう」


 確かに……疑う人はいつまでも疑い続けるものですからね。こればかりは割り切るしかないのでしょう。


『ふむ、心得た。それにしてもケンちゃんを連れて森の中で撮影か……まだ首輪をつけておらんし迷子になったら大変じゃな。頼んでいた首輪はいつ届くのじゃ?』


「この前ドワーフ魔道具工房に発注しましたから……早くても2週間は必要でしょう。急いでくれるとは伝えておりますが、あのドワーフのことです。納得するまで永遠に調整するでしょうね」


『仕方ない……なら撮影中はわしが抱きかかえて移動するとするかのう♡』


 そういったルナ様は抱きかかえているケンちゃんに対して”人吸い”をする。


「(ん……くすぐったい)」


 なんでも首元に鼻をこすりつけるとお菓子のような甘いニオイがするらしく、鼻がいい獣人族にはこれがたまらないらしい。


 ただ1日に何度も人吸いをすると、次第に中毒症状が現れ、最悪の場合ケンちゃんと離れるだけで発狂するようになります。


 すでにお城の獣人族の中では被害にあった者が続出しており、彼女ら『喫ケン者』は皆『禁ケン』と称して厳重に隔離される地獄を味わっています。


 ですので、ケンちゃんが吸えるのは1日3回までと制限しているはずですが……ルナ様は今日何回目でしょうか?


『あへ~♡』


 ああ、我が主が到底人には見せられないだらしない顔を晒しています。なんとおいたわしい。


「割と真面目に『喫ケン』を違法指定しないと魔界が依存症者だらけになってしまうかもしれませんね……」


『もう少し……もう少しだけ……おほ~ケンちゃんの香りが五臓六腑に染み渡る~』


……そんなに気持ちいのでしょうか?私は獣人族ではないのでよくわかりませんね。


「ところでルーミア様。冒頭のシーンで【ボロボロになったケンちゃんを見つける】とありますがどのくらいボロボロなんですか?あまり無茶なことは賛成できかねます」


「まぁ、そうですわね……最低でも片足くらいは覚悟してもらおうかなとは思っておりますわ」


『あへあへ……な!そんなの認めるわけなかろう!ちょっと擦り傷が出来たくらいの傷でいいではないか!ケンちゃんを傷つけることなど許さん!』


「ダメですわ!映画には人の心を動かすリアリティが大事なんですのよ!ここは観客の心をグッと掴むように、目を背けたくなるような痛々しい演出にすべきですわ!」


『ダメじゃダメじゃ!おぬしが思ってるよりも人間族のオスは軟弱な生き物なんだぞ!そのまま死んでしまったらどうするのじゃ!』


「そんなこと仰られましても、すでにトラばさみの準備は整っていますし、後で回復魔法で治るのですから、足の2本や3本くらい別にいいではありませんか!サクッとやって、パパッと撮れば何も問題はありませんわ!」


『問題しかないわ!!!』


「それに、『可愛い子には崖から突き落とせよ』ということわざもございます!過保護ばかりでは、ケンちゃんの成長になりませんわ!」


 ルーミア様は、何かを期待するようにケンちゃんをじっと見つめる。


『ぐ、ケンちゃんのため……そう言われると弱いのう。確かに、わしが子供の頃はよくラミィと一緒に崖から落とされたことが何度もあるが……』


「あの頃は大変でしたね。でも、そのおかげでルナ様は魔界一のフィジカルを手に入れましたから、あながち間違ってない言い分ではあります」


『もしかしてわしの過保護がケンちゃんの成長を妨げているのか?この魔界で健やかに生きるために、時には厳しい試練が必要なのか?』


「そうですわ!それに、オス側に強靭な忍耐力があれば交尾をより長く楽しめ、快楽も一層増すと本で読みましたの!ケンちゃんが長く健やかに生きるためにも、ここは思い切って足をスパッと切り落としてみましょう!」


『ケンちゃん……』


 ルナ様はしばらく黙って考え込んだ後、ケンちゃんを強く抱き寄せる。


『ちょっとだけチクってするかもだけど我慢できる?後でいっぱい褒めてあげるから頑張れる?』


「ふにゃ?」


「ルナ様……例え言い分が正しくても、そんな予防接種みたいなノリで足の切断を勧めないでください!……って、なんですかその大きいトラばさみ!それ絶対に大型魔獣用じゃないですか!そんなの下半身が消し飛びますよ!ルナ様も悲しい顔してないで止めてください!」


「ケンちゃ~ん!あとでいっぱいよしよししてあげるからね~……ぐすん」


 切る切らないのひと悶着はあったものの、五体満足のケンちゃんを連れて彼を拾った森へと向かうのだった。



 こっそりとトラばさみは荷台に詰め込んだらしいのですが、使わずに済むことを祈るばかりです。


この世界のサスペンス映画は実際に刺したり殴ったりします。怖いね

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