第20話 オフィス内ペット、ケンちゃん!
カキカキカキカキ......
「う~ん……暇だ」
この世界で生きていこうと決意を固めたのはいいが、いかんせんやることがない。
『(ふふふ〜ん♡ケンちゃんはかわいいのう♡そのまま身体中をペロペロしたいのじゃ♡)』
「(ルナ様。手が止まってますよ)」
僕は今、ルナさんをはじめとする、猫耳や犬耳の女性がいる部屋の中央で監禁されている。
監禁といっても手足を縛られて動けないわけではなく、ペット用ケージのようなものにそのまま入れられている状態だ。
近くにある魔法陣の刻まれた筒に触れるだけで水が自動的に流れ、毛布もきちんと用意されているので意外にも快適に過ごせているし、なんなら安心感すら覚える。
もともと病院のベッドでほとんど動けなかった身だから、悲しいことに体が慣れてしまっているのだろう。
そう、この環境自体に文句はない……ただ!
「スマホがないのが心底辛い!ゴロゴロしながら動画鑑賞したい!漫画の続きとか読みたい!」
残念ながら、ここには娯楽の“ご”の字すら存在しない。
一応可愛い絵柄で描かれた絵本のようなものが数冊あるが、案の定文字が読めないのでなんとなくしかわからないためすぐ飽きる。
「運動しようにもここ狭いしなぁ……それに、なんか着せられた服もヒラヒラしてて動くとすぐに出っ張りに引っかかるし」
せっかく異世界に来たんだから、ラミィさんみたいに魔法とか使ってかっこよく戦ってみたい。
「【アイスニードル】……うん、できるわけないよね」
魔法で無双する夢をまだ捨てきれず、思いつきで呪文を唱えてみたが、当然ながら何も起こらない。
「はぁ……仕方ないけど今日は諦めて自由帳に絵でも描こう。まずはアウラさんから描こうかな~」
前は雑な絵だったから、今度はじっくり時間をかけた描いた絵を渡そう。
アウラさん僕の絵を喜んでくれるかな……
「ふふふ~ん♪ふふふふ~ん♪……あれ?急に静かになった」
僕が鼻歌を口ずさんだ途端、部屋の雰囲気ががらりと変わる。
さきほどまでは小さな話し声や、ペンを走らせる音が聞こえていたがその一切が消え去った。
少しでも物音を出そうものなら、問答無用で殺される……そう感じずにはいられないほどの重苦しい空気が漂っている。
え....こわ。僕なんかやっちゃいました?
『(あぁ眼福じゃ……オスを眺めながら仕事ができるなんて夢のようじゃ。しかも、可愛い歌まで聞けるとはのう)』
「(ルナ様!言われた資料を全部終わらせましたのでケンちゃんを撫でていいですよね!)」
「(おう、だがやりすぎるでないぞ?その場合はほかの連中のように別室行きだから注意するからな)」
「(わっかってまーす。ほら~ケンちゃん!未来の交尾相手ですよ~)」
なでなで......
ピリついた空気に全身がこわばっていると、金色の毛に覆われた狐のような女性が近づいてきて、ケージ越しに僕の頭を優しく撫でてくる。
「ん……」
生き物を撫でることに慣れているのか、僕の反応に合わせて絶妙な場所を撫でてくれる。
「ふにゃ♡……」
女性の指先や腕の動きに合わせて、ふわふわとした体毛がそっと顔に触れる。その元の世界では味わえないであろう特別な感覚に自然と甘えた声が漏れてしまう。
「(あ~♡ぷにぷにしてて可愛い♡昔飼ってたぷにゃ吉をおもいだすなぁ……この子まだ子供なんでしたっけ?早く大人にならないかなぁ~)」
なでなで......
「(子作り出来るようになったらちゃんとみんなに『とりあえず生で!』っていうんだよ~。気絶するまで絞ってあげるからね〜よ~しよしよしよし)」
この部屋に来てから様々な女性に頭を撫でられてきたが、この人の手が一番気持ちがいいかもしれない。
これまでの女性たちは、髪をむしり取ろうとしたり、口に指を突っ込んだりと割と無茶なことばかりしてきた。そのせいで、手が檻の中に伸びてくるだけで自然と身構えてしまうほどだ。
一応、そのたびにルナさんが女性を鷲掴みにしてどこか別の場所に連れて行ってくれたのだが、それでもこのやりとりは終わることはなく、気がつけば部屋の人数が5分の1ほどに減っていた。
僕を虐めたいのかなんなのかよくわからない。
「(それにしてもこの服ヒラヒラで可愛い!童話の中だけに存在する王子様みたい)」
『(そうじゃろ!そうじゃろ!昔まるちゃんに着せていた服を引っ張り出したからのう。まるちゃんも似合っていたが、やはり本物のオスだと格別じゃのう)』
「(王子様って空想の中にしかいない設定ですけど、実在してたらどんな感じなんですかね……)」
なでなで……
「(オスが足りなくなって民草が飢えたとき、その身を差し出して救ってくれるのかな?【オスがいないなら私を食べればいいじゃない!】って)」
「(いえ、ここは王道である魔族に敗北してそのまま公共肉タンクルートかと)」
『(ラミィ、それでは王子様という唯一無二のブランドが消えて、ただの拘束された裸のオスになってしまではないか)』
「(違いますよルナ様。かつて人をこき使っていた王子様が今度は好き放題される。その転落した立場があるからこそ興奮するのです)」
『(.....昔から思っておったが、ラミィってS気があるよな)」
「(妄想と現実の区別はつけておりますのでご安心を)」
「(本当か?おぬし以前………まあよい。猥談してたらムラムラしてきたし私もケンちゃんを愛でようかのう)』
ガシ!
「(駄目ですよルナ様。仕事を終わらせた人から撫でるというルールではありませんか。魔王城に行く間できなかった仕事、頑張って終わらせてください)」
『(あああぁぁぁ!)』
「(ちなみに、私は仕事を終わらせましたので……これからルナ様の分までたっぷりと可愛がらせていただきます)」
『(あああああがががあがああががぁぁぁ!!!!)』
『(では撫でさせていただきます。こほん……ケ、ケンちゃん、ラミィですよ~怖くないですからね~)』
スルスル...
「あ、こんにちはラミィさん。あの、ケージの中に尻尾が入ってるんですけど……これ触ってもいいんですか?」
目の前では、ラミィさんの尻尾の先が僕を誘うようにゆらゆらと揺れている。
「にこやかな表情だし触ってもいいのかな?ラミィさんの尻尾、白くて綺麗だからずっと触りたいと思ってたんですよな...…えい!」
ギュ!
「(お”っっ♡♡♡)」
尻尾に両腕をぐっと回して抱きつき、さわさわと撫でるように触っていく。
「おお……これが蛇の尻尾。すべすべで気持ちいい。尻尾の先端とかどうなってんだろ……あ、思ったよりもクニクニしてて柔らかい、なんか癖になるかも」
サスサススリスリ♡クニクニ♡
「(お…♡お…♡お…♡オスが私の尻尾をにぎにぎしてるぅ……♡蛇族は尻尾の先が敏感なのにぃ♡家族以外には触らせちゃいけないのにぃ……♡ちっちゃなおててで上下にこすられたり、先端責めされてるぅ♡)」
チロチロ♡♡チロチロ♡♡
「(ちょっとラミィさん!一人だけずるいですよ!ほらケンちゃん!私のもふもふの尻尾も触って下さい!なんならあげちゃいますよ!今から引きちぎりますので、しっかり見届けてくださいね!)」
ベリ!
「(いったあぁぁぁ!でもオスの喜ぶ笑顔の為ならこのくらい!)」
『(おぬしら、少しは静かにせんか!急に2人が大声を出すからケンちゃんが怖がってるだろ!まったく……ほらケンちゃん、私の尻尾をにぎにぎして落ち着くんじゃぞ~)』
ガタッ!
<私も!触ってほしい!
<乗るしかない!このビッグウェーブに!
<クソ!なぜ私の尻尾はこんなにも貧相なんだ!
状況がわからずあたふたしていると、ケージの中に多種多様な尻尾が溢れ、気づけばもふもふに囲まれている。
この光景、人によっては幸せなのかもしれな……ごばっ!
「けほっけほっ……おい!誰だ僕の口に尻尾入れやがった奴!」
コンコン!
この騒がしい雰囲気に拍車をかけるように、ドアが勢いよく叩かれた。
「(ルナ様!ラミィ様!お二人に会いたいという、ルーミア様がお見えになっています)」
『(ルーミア?そんな人物は知らん!それに今はケンちゃんが城にいる関係で、この城は立ち入り禁止じゃ!さぁケンちゃん!わしの尻尾は美味しいかのぅ♡)』
「(それが……魔王様からここに来るよう言われたようです。なんでもケンちゃん関係で重要な話があるとか。一応魔王様のハンコ付き紹介状もあります)」
『(なぬ!?…………これは本物のハンコじゃな。それにケンちゃんが関わっている以上無視するわけにはいかぬか。ぐぬぬぬ、せっかく尻尾舐め舐めプレイを楽しんであったのに……その者を応接室に通せ)』
「(わかりました!)」
ズボ!
口から尻尾が離れて、ようやく口呼吸を再開できる。
「おえぇー……口の中が毛だらけで気持ち悪い。ぺっぺっぺ!ん……黒い毛?ねぇこれルナさんのでしょ!」
文句の一つでも言いたいところだが、残念ながら言葉が通じない。
クソ!絶対に言語を覚えて文句言ってやる!
『(はぁ……ケンちゃんとのイチャイチャタイムがどんどんと減っていくのじゃ)』
「(まぁまぁルナ様。移動中にいっぱい撫でればいいじゃないですか。ほら、皆さんどいてください……よっこらせっと)」
ラミィさんが奥から大きな台車を持ってきたと思うと、僕をケージごと持ち上げて乗せてくれる。
相変わらずこの世界の人たちは力が強い。このケージ、鉄みたいな頑丈な素材で作られてるから、軽く数百キロくらいありそうなんですけど……
魔法が使えて力もめちゃくちゃ強いって、もしかしてラミィさんと戦ったら僕勝ち目ない?無双とか夢のまた夢?
「(ほら、行きますよ)」
コロコロ......
「(キャー可愛い!)」
「(食べちゃいたい……いや食べる!」
「(毛は落ちてないのか!拾ってお守り代わりにしないと!」
廊下ですれ違う女性たちに、好奇の視線を浴びながら僕たちはゆっくりと移動していく。
なんだかこの感じ、ベビーカーに乗せられた赤ちゃんみたいで嫌だな。




