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ウラ第1話 残された者たち

【お母さん!見てみて!猫の絵!】


【あら、上手にかけてるじゃない。隣にいるのママとパパかしら?健斗は……どこかしら?】


【もうお母さんちゃんと見てよ!ここにおっきく描いてあるじゃん!】


【あ、猫が健斗なのね………なんで?】


【むっふっふ。ここだけの話なんだけどね、僕の将来の夢は猫になること!お父さんには内緒だよ!いきなり猫になってビックリさせてあげるんだ!】


【ふふ健斗は猫になりたいの、お母さん楽しみだわぁ】


ガチャ!


【ただいまー】


【あ!お…さん…み…て……僕……】


……………


………


……


===================



 むくり…… 


 まるで体が鉛になったかのような重さを感じながらも、なんとか上半身を起こす。


 視線を壁へ向けると、夢の中で見た猫の絵が掛けられていた。


「懐かしい夢……」


 今のは健斗がまだ幼稚園の頃……だいたい10年前出来事だっただろうか。


 クレパスで描いた猫の絵を嬉しそうに見せてくれたのを今でも覚えている。


 将来の夢が“猫”だなんて、なんとも子供らしい夢で、思い出すたびに自然と笑みがこぼれる。


 一体いつまでその夢を信じていたのか、聞いてみたかった——




.......けれど、私にはそれを知るすべはない。



 あの子はもう亡くなったのだから。



「健斗……」


 5年という長い年月、あの子はひたすら病と向き合い戦い続けた。


 時には弱音を吐いたり、苛立ちを私たちにぶつけることもあった。


 いきなり大量の血を吐いたり、一日中目を覚まさない時もあった。


 変わらぬ景色の中であの子はずっと戦い続けた…………なのに。


 なのに、待っていたのは死という残酷な結末だ。


 もっと私にしてあげれることがあったんじゃないか。


 もっと調べれば治す方法が見つかったんじゃないか。


「もっと私が強い子にさえ産んでいれば!」


 今さら悔やんでも遅いというのに、後悔ばかりが頭の中を支配する。


「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」


 なでなで......


「大丈夫。君だけの問題じゃない。それに生まれつきの病なのか、どこかからもらった病なのか何もわからないじゃないか」


 いつの間にか起きていた夫の陽斗さんが私の頭を撫でててくれる。


「ぐすん……私思うの……あの子はまだ死んでないじゃないかって……実は何処かでひっそりと生きてるんじゃないかって……」


「ああ....それは俺も感じるよ。俺たちは健斗の死に目に会えなかったし葬式の時に健斗はいなかった。正直、亡くなったって言われても実感がわかないよ」


 そう……健斗が亡くなった日。


 私はあの子に死に目に会えなかった。


 ただ、病院からかかってきた一本の電話。



【本日、ベッドの上で亡くなられました】


 たったそれだけで、あの子との日常は終わりを迎えた。


 当然そんな説明で納得できるはずもなく、どうしても息子に会わせてほしいと必死に抗議した。しかし院内が騒然としていたせいなのか、どれほど訴えてもまともに取り合ってもらえず。


 これでは埒があかないとおもい、コッソリり看護師たちの目を盗んで、あの子が元いた病室に向かった。


 たとえ聞こえてなくてもいい。


 ただ一言


 【今までよく頑張ったね】


 そうあの子に言いたかった。


 ガチャ!


「健斗!!!」


 けれど、ようやくたどり着いた病室に、健斗の姿は影も形もなかった。茫然と立ち尽くす私たちの前に担当医が現れ、状況を説明してくれたことだけを今でもおぼろげに覚えている。


 未知の病状であったため、死後すぐに病理解剖が実施された。から、もう息子さんと会うことはできない――担当医は淡々と説明していた。


 その言葉に私は泣き崩れ、陽斗さんはあまりにも勝手な行動に激怒し、担当医に掴みかかった。


 だが怒ろうが何をしようが、息子に会えないという現実はもう変わらない。


 死ぬ間際、あの子はどんな思いだったのだろうか。


 苦しかっただろうか。


 寂しかっただろうか。



 私たちを……恨んでいないだろうか


「健斗……」


 あの子の最後を思うだけで涙が止まらない。


 あの子をたった一人で旅立たせてしまうなんて、私はなんて酷い親なのだろうか。そう思うだけで涙が止まらない。


「陽子……よし!なら今日は気分展開に山に行こう!」


「山……?」


「覚えてるか?昔に3人で小さな山に登ったろ?」


「ええ……緑が多くて山頂からの景色が良かったのを覚えているわ」


「よし!ならさっそく行く準備をしよう。こんな情けない姿見られたらきっと健斗に小言を言われるぞ!」


 陽斗さんが気合いを込めて布団から跳ね起きると、慌ただしく準備を始める。


「それに……健斗が亡くなったからこそ頑張らないと。健斗の生き証人は俺たちだけなんだから」


「ええ……そうね。なら……ぐすん。早速栄養満点のお弁当を作らないと!あの子が好きだった肉串なんていれちゃおうかしら!」


 弱音ばかりをはいてはいられない。


 きっとこの重く苦しい感情は死ぬまでなくならないだろう。


 なら、せめて受け入れて前に進むもう。


 ゆっくりでいい。


 あの子がここいてくれたんだということ。


 あの子がくれた思い出を無駄にしない為にも健斗の分まで私たちが生きていかないと。


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