第19話 こうして僕の異世界生活がスタートした
ガタガタ……
「なんか色々疲れたな………」
多種多様な異種族が集う城を後にし、行きと同じく布を被せられた檻の中で厳重に運ばれる。
「はぁ……まさか起きて最初に見る光景が処刑シーンだとは思わなかった」
長い眠りから目が覚めて早々、満面の笑みを浮かべているルナさんがやってきて別の場所へと運ばれた。
どうせまた味気ないお肉を食べさせられるんだろうと戦々恐々していていたら、赤髪の女性……たしかドラコさんだったかな?それとダリスさんがギロチン台に拘束されている広場へと到着。
状況が理解できず口をポカンと開けていると、気づけば「押したらアウト」としか思えないレバーの前に座らされていた。
『(ケンちゃん。このレバーを倒したらあれがスパ~ン!でプシャー!だから好きなタイミングで下ろすのじゃぞ?オスに介錯されるなんてきっと二人とも泣いて喜ぶはずじゃ)』
【ケ、ケンちゃん!!駄目です!!そのレバーは絶対に触らないでください!!それは触ったら呪われる系のやつです!!ばい菌がたくさんあって、お腹を壊して悲惨なことになるのでぜっっったいに触らないで!そして今すぐ外してもらうようそこの女性に頼んでください!!ちょっと魔がさしただけで死ぬなんていやぁぁぁぁぁぁぁ!】
助けた方がいいのかと考えていると、突然脳内にダリスさんの絶叫が響いてくる。
あまりの音量に思わず耳を塞いだが、もちろん脳内に響くので意味はない。むしろ時間が経つほどにエコーのように響きガンガンと頭を揺さぶられ、気を失いかけた……トラウマ確定である。
【ひっぐ!お願いしますうぅ!お慈悲をくださいぃ!お慈悲をくださいぃ!】
もういっそレバーを下ろせば静かになるんじゃないか?と一瞬だけ思ったが、流石に可哀想だったので急いで二人を助けた。
きっとあれは本当の処刑ではなく、演劇の余興か何かだったと信じたい......が、助けた二人が泣きながら抱きついてきたのを見るにガチなんだろう。
この世界は命の価値が軽いのかもしれない。処刑される側に回らないように僕も気を付けておこう。
「でも、処刑も衝撃的だったけど、朝に見た夢もすごかったなぁ。やっぱり発散するタイミングがなくて溜まっているのかな?」
今朝僕は、アウラさんに襲われるというエッチな夢を見た。
体を触られたり、キスされたりして『まさかエッチなことをするのか!?』と内心ドキドキワクワクしていた………のだが。期待していた展開とは裏腹に突然僕の体が燃え上がるような感覚に襲われ、気づけば大きな川の前に到着。
向こう岸では、死んだはずのおばさんちゃんが笑顔で手を振り、その足元では数年前に飼ってたペットのハムスターが元気に走り回っていた。
「おばあちゃん!」
久しぶりの再会に胸を躍らせ、向こう岸に渡ろうと川に足を踏み入れたその瞬間。全身がまばゆい光に包まれ、まるで空中に吸い上げられるかのようにふわりと浮かび上がった。
「おばあちゃ~~~~~ん!!!」
意識が薄れゆく中、両手を必死に動かしていると——気づけばルナさんの太ももの上で目を覚ましていた。
相変わらず夢には超展開が多い。
「ていうか、どこから夢だったんだろう?ちゃんとアウラさんにお礼は言えたのか?」
う~ん……全部夢のような気もするし現実だったような気もする。
必死に思い出そうとしても、アウラさんに抱き着かれたあたりから頭がふわふわしてきてよく思いだせない。
「うん。わからん!」
念のため、次に会ったときも教えてもらったお礼の言葉を伝えよう。お礼の言葉なんて、何回言ってもいいからね。
「でもまた会えるのかな。アウラさんすごく綺麗だったし、お医者さんなら毎日忙しいよね……はぁ」
別れの際、遠くからアウラさんを見ていたら心の奥がポカポカと温かくなったのを今でも覚えている。何故かハンカチを手に号泣していたが、その美しい姿に目が釘付けでどうしても目を離せなかった。
ドキドキドキドキ!
ダメだ。
アウラさんのことを少し考えただけで体の疼きが止まらない。
目を閉じて落ち着こうにも、アウラさんの優しい笑顔が浮かんできてどうにもモヤモヤする。
会いたい.......
はしたないかもしれないが、夢のようにエッチなことをしたい。
ドキドキ♡ドキドキ♡
はぁ……これが一目ぼれというものなのだろうか。胸が高鳴って息をするのも辛い。
「アウラさん……♡」
ドキドキ♡ドキドキ……べチン!
「ッ……ダメだ、違うことを考えろ。こんな邪な感情を抱くなんて、命の恩人に対してあまりにも失礼だ」
気持ちを鎮めるため自分の頬を強く叩き、これからの方針を真剣に考え始める。
幸運なことに、アウラさんのおかけで僕の病は治った。
どこの病院に行っても原因不明と言われ、ただ尽きるのを待つしかなかった命を救われた。
「5年間か………」
長かったな。
まるで永遠にも感じる程に長い年月をこの病と過ごした。
今思えば家族に大変な迷惑をかけた。
治療費を捻出するために、お母さんは慣れないパートを始め、お父さんは長年集めていた釣り道具を惜しげもなく手放した。
だというのにあの頃の僕は治るどころか日々体調が悪化するのみ。
段々と絆創膏が手に増えていくお母さんを見るのが辛かった。
髪の毛が薄れていくお父さんを見るのが辛かった。
日々僕の為にやつれていく家族を見るのが辛かった。
恨んでいるだろうか。
嫌っているのだろうか。
僕がいなくなって…………清々しているのだろうか。
「……みんなに会いたい。あって謝りたい。また昔みたいにみんなで食卓を囲みたい」
考えれば考える程、前の世界に対する未練がどんどんと溢れてくる。
ピタ!
檻の中で丸まっていると、不意に馬車の動きが止まる。
『(ケンちゃ~ん。休憩の時間じゃぞ~)』
「(魔王城に向かうときはまったりする余裕がなかったですからね。一度お昼ご飯もかねてゆっくりしましょうか)」
『(お、ラミィこの手に持っている物はなんじゃ?随分といい匂いがするのう)』
「(これはアウラさんに教わった、人間族専用のサンドイッチです。ルナ様の分も別でご用意していますので、一緒に食べましょう)」
行く時よりも頑丈にされた檻が解放される。
今は動きたい気分ではなかったので、ゴロゴロとしているとルナさんに両腕をつかまれて、いつものように抱っこされた。
ガチャ!
「うわぁ………」
檻の外に出ると、そこには壮大な景色が広がっていた。
遠くには翼の生えた恐竜のような生き物や、人間の体に翼が生えた集団が飛び交う。
正面にはもくもくと煙を上げる火山がそびえ立ち、その近くには火山を美しく反射する湖が広がっていた。
どこを見ても絵のように美しい風景ばかりで目が離せない。何より久しぶりに感じた大自然をもっと味わいたかった。
「(わわ!ケンちゃん!?)」
腕を振り回してルナさんの拘束から抜け出すと、そのまま見晴らしの良い崖へ向かって走り出す。
『(こらケンちゃん!危ないから崖から離れてこっちにおいで~)』
後ろから優しい声が聞こえてきたが、それを無視して自分の衝動のままに突き進む。
パタパタパタパタ……
「(はぁ……魔王様もハーピィ使いが荒いよなぁ)」
「(別にいいじゃない。オスが見つかった時に仕事をボイコットすれば、困った魔王様が優先的に交尾させてくれるかもしれないんだし)」
「(確かに!オスのために働いてると思ったら、体が疼いてきた!よし、早く帰って妄想する為に飛ばすわよー!)」
パタパタパタパタ!!!
「綺麗だ………」
鳥たちが澄んだ声を響かせながら飛び交う中、目の前に広がる壮大な景色に、面白みのないシンプルな感想が口から溢れ落ちる。
ス―――……ハ―――……
「良い空気……僕の体、本当に治ったんだな……」
こんなにも清々しく空気を吸えるのは何年ぶりだろう。思い出す限りだと、以前家族と山登りに行った時だろうか。
確か……あれはまだ僕が病に侵される前のことだった。
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「ヤッホー!.......ああ、気持ちいい」
「お父さん何してんの?いきなり叫ぶなんて恥ずかしいからやめてね?悩み事があるならちゃんと相談に乗るよ?」
「違うぞ健斗!これは山頂についた時のお約束なんだ。こうすると気持ちが吹っ切れて気持ちいいぞ!ほら母さんも!みんなでやるぞ!」
「ふふふ、お父さんったら楽しそう」
「えぇ~恥ずかしいよ………」
「よし家族みんなでいくぞ?せ~の!」
「「「ヤッホー!!!」」」
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どうして僕がここにいるのかわからない。
もしかしたら、僕にしかできない何か特別な使命があるのかもしれない。
それを成し遂げたとしても、元の世界に戻れる保証もない。
何もかもがわからない。
だったら……!
ス~~~~!!
「お母さぁぁぁん!!!」
「お父さぁぁぁん!!!」
「僕、元気になったよぉぉ!!!」
「今まで迷惑かけてごめんなさぁぁぁぁい!!!」
「いつか絶対に……絶対に元の世界に戻るから!!」
「最高の親孝行しても見せるから!!」
「たくさんくれた愛情も100倍にして返してみせるから!」
「だから……」
「だから!もう少しだけ待っててねぇぇぇ!!!」
待っててねぇぇぇ……
待って…ねぇぇぇ……
待って…ね……ぇ……
腹の底から出せるだけの大声で叫び、心の奥にくすぶっていたモヤモヤを全て吐き出す。
パチン!
「よし、うじうじ考えるの終わり!どうせ生きるなら前向きに!この素晴らしい世界を思いっきり楽しむか!」
頬を力いっぱいに叩き、自分自身に気合を入れる。
わからないなら、わからないなり足掻こう。
たとえその行動に意味がなかったとしても。
どんなに険しい茨の道であろうとも。
この世界からの帰還を信じて。
家族との再開を信じて。
「まずはみんなに恩返しからしようかな」
こうして僕の異世界生活がスタートした。
第一章 完
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