第1話 チート・転移特典なし!
ドサッ!
「いったぁ……」
目を覚ますと鋭い痛みが背中に走り、思わず顔をしかめる。
「いたたぁ……あれここどこ?」
辺りを見渡すと、不気味な森が広がっていた。
木々は不規則に立ち並び、ねじれた影を地面に落としている。その様子は、まるでこちらを嘲笑っているかのようで気味が悪い。
<ギャオーン!!
さらに遠くからは、聞いたことのない生き物のうなり声が響き、まるでここが日本ではない場所だと言っているように感じる。
「う~ん?なんで森の中にいるんだ?」
確か、僕は病院のベッドの上にいたはずだ。
夜中に突然胸が苦しくなり、耳を塞ぎたくなるような電子音が響き渡る中、看護師が慌てて駆け寄ってきたところまでは覚えている。
だが、そこまでだ。
その後のことは頭に靄がかかったかのようにぼんやりとしていて、どうしても思い出せない。
服装を確認すると、病院でよく見かけるような上下が一体となった青い服だけを着ていて、靴さえも履いていない。
これでは虫に刺されるのは避けられないし、どう考えても森で行動するには場違いな格好だ。
「はぁ......意味がわからない」
久しぶりに外に出られたというのに、こんな訳の分からない状況では嬉しいどころか不安な気持ちで押しつぶされそうになる。
「けほっ、けほっ……あぁ、心臓が痛い。……………おえ」
背中の痛みをこらえらながらなんとか立ち上がることに成功する。
バキ……バキ……
一歩、また一歩と進むたびに、地面の小石や木の枝が足裏を刺激し、不快な感覚が広がっていく。
クソ……一体だれが僕をこんな状況にさせたのたはわからないが、絶対に文句を言ってやる。
「そのためにも、まずは人を探さないとな……よし!」
立ち止まれば不安が押し寄せるばかり、ここはぐっと我慢して前へと歩を進めるしかなかった。
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「はぁ……はぁ……やっと見つけた」
辺りを捜索してから数十分、足が棒のようになりながらも道らしきものを発見する。
見つけた道はコンクリートで作られた立派な道ではないものの、車が通った跡なのか、草が生えていない2本の線がずっと奥まで続いていた。
「この道を進んでいけばとりあえず人に会える……はず」
ガサガサ……
「だ、誰?」
人に出会える突破口を見つけ、安堵したのも束の間。すぐ近くの茂みから何かが通った音が聞こえてきた。
人……だろうか?
「あ、あの!僕は怪しいものじゃないんです!迷子なんです!助けてください!」
ガサガサ!……ガサガサ!
必死に呼びかけるが、音のする方向からは一切応答がない。ただ静かに、しかし確実にこちらに近づいてくるだけだ。
「もしかして……熊?」
最近ニュースで熊が活発になっていると聞いたことがある。ここがどこなのかもわからない今、万が一の可能性に備えて警戒しておくに越したことはない。
「わ、わあああああああああ!」
熊と遭遇する前なら、大きな音を立てるのが効果的だと思い出し、早速実践する……が。
ガサ……ガサガサガサガサ!
どれだけ大きな声を出しても、草をかき分ける音は遠ざかるどころかますます大きくなり、ついにはすぐ近くまで迫ってきた。
く……くる!
恐怖に胸を締めつけられる中、必死に身構えていると……
「ぷにゃん!」
「……は?」
草むらから現れたのは、まるで水をそのまま固めたような、ブヨブヨとした生き物。
「ぷにゃん!ぷにゃん!ぷにゃん!」
自分の存在をアピールしているのか、僕の周りをぐるぐる飛び回る姿はどこか愛嬌があって可愛らしい。
「なにこの生き物……これってもしかしてスライム? けほっ、けほっ。よくゲームに出てくる、あの有名な?」
張りつめたいた緊張感が一気に抜けてしまい、急に胸が痛くなってきた。
「でも、どうしてこんなファンタジーな生き物が目の前にいるんだろう?」
あまりにも非現実的な生物の登場に頭を悩ませていると、ひとつの仮説が浮かんできた。
「もしかして異世界転生してる?」
長い病院生活の間に読んでいた本で、これと似た展開があった気がする。
確か、トラックに轢かれた主人公が目覚めると見知らぬ土地にいて、神から与えられたチート能力やアイテムで次々と強敵を倒していく物語だ。
もし本当に異世界転生……僕の場合は異世界転移か?どちらにしてもそれをしているのなら一つ確かめたいことがある。
「こほん……ファイヤー!サンダー!フリーズ!ダーク!」
ここが異世界ならきっとすごい魔法が発動するはずだ!
そんなに期待胸を高鳴らせながら、僕は目の前のスライムに手をかざし、頭に浮かぶ限りの呪文を次々と唱えた。
「ぷにゃん?」
だが期待していた魔法が発動するどころか、目の前のスライムには何の変化も見られない。
何事もなかったかのように、静かにその場に佇んでいるだけだった。
「うーん……魔法が使えないタイプの異世界なのかな?でもスライムがいるくらいファンタジー色が強いのにそれは嫌だな。その二つはセットであるべきだと思う」
ニュルン!
「わっ!」
世界観について文句を言っていると、どうやら僕が何もできないことを理解したのか、スライムは右腕に向かって勢いよく飛びかかってきた。
ひんやりとした柔らかな感触と不意な動きに驚き、思わず情けない声を上げてしまう。
「スライムごときがなにしてっ…………!あがっ!熱い熱い!」
ジュン!ジュワー…………
「はぁ……はぁ……まさか……捕食されてる?」
水色だったスライムが次第に紫色に変色していく。その光景を目の当たりにし、激痛と共に背筋に冷たい汗が走った。
「この……離れろ!………クソ!なんでつかめないんだよ!」
必死に左手を伸ばしてスライムを振り払おうとするが、スライムの体はまるでゼリーのように柔らかく、僕の指をすり抜けていく。
ジュワー
「だれか!助けて!……死にたくない!」
いくら抵抗しても、スライムはどんどんと僕の体を侵食していき、ついには顔全体を覆い尽くさんとしていた。
「あ……あぁ……」
恐怖と痛みに支配され、僕はパニック状態に陥る。
必死に叫びながらその場から逃げようとするが、体が飲まれていて動くことすら出来ない。
「だれか……助けて……」
ズバシュン!
突然耳をつんざくような重い音が鳴り響き、目の前にいたスライムが一刀両断された。
僕を包み込んでいたぬめりは、まるで命を失ったかのように力なく崩れドロドロと地面へと流れ落ちる。
【$’&#!!!】
すると今度は、体を支配していた痛みがすっと消え、代わりに力がみなぎるような不思議な感覚が広がっていく。
何が何だかわからず薄っすらと目を開けると、頭の上に耳が生えた謎の美少女が現れ、優しく僕を抱きかかえてくれていた。
「#%#&%’#!!!!」
異国の言葉なのか、何を言っているのか全くわからないけど、助かった……のだろうか?
「あ、あり……」
ありがとうございます―――――
伝えなければならないことが頭の中にいくつも浮かぶが、そのどれもを口にすることができないまま、僕は気を失った。
熊の対処法として主人公は大声を上げておりますが、諸説ありますので注意しましょう。