第18話 デッド・オア・ケンちゃん 後半
【被告人アウラは人間族のケンちゃんを逃げられないよう空中に連れ去り、毒を注入して交尾を強要した罪に問われている。間違いないか】
目の前には、木槌を握った魔王様が私を見下ろしている。
いつもなら逆に私が見下ろしている立場だから、こうして魔王様を下から見るのはなんだか新鮮な気分だねぇ。
「異議あり。「空中に連れ去った』という点に間違いはないが『交尾を強要した』という点は否定させていただくねぇ。あれは合意の下で行われた純愛だよ」
【ほう、純愛と抜かすか。合意の上で行われたということだが、会って一日も満たないオスが交尾を申し込むなど到底あり得ぬことだ。にわかには信じ難い】
「現実問題そうなんだから仕方ないだろう?」
【それは、貴様が交尾本の読みすぎて現実を見失っていただけなんじゃないか? それに、貴様はずいぶんと拗らせていただろ?】
イラ....
「さぁ?交尾を申し込んできた理由なんて私にはわからないねぇ……もしかして、みんなはケンちゃんに求婚されてないのか~い?」
【人間族のオスがいきなり魔族に求婚するわけないだろ!】
「はっはっは!ならここにいるみんなとは違って、私だけがいきなり求婚するほど外見が好みだったんじゃないかい? ほら、私に比べてみんないろいろと小さいだろ?」
もにゅん!
【「は?」】
「あら~私はアウラ様よりお胸が大きいですわよ~」
【わ、吾輩だって小さいわけでは……】
まるで精神異常者を見るような目に腹が立って、少々意地悪な返答をしてしまったねぇ。
まぁ、大事な大事な初夜を邪魔されたんだ。もっと仕返しをしてもいいが、魔王様には恩があるしこのくらいの仕打ちで許してやろう。
なにせ、私はケンちゃんと夫婦だからねぇ!
夫の評判を守るためにも、ここは心を広く持って対応してあげようじゃないか。
「夫婦........ふふふふふふふ」
あぁ♡考えただけで、頭がふわふわして笑みが止まらない♡
早くこんなくだらない裁判を終わらせて、ケンちゃんを抱きしめてあげたいねぇ。
【く、吾輩のことを笑うとは……正直、今すぐにでも殺してやりたいが、裁判を続けよう。貴様はケンちゃんから『交尾を申し込んできた』と主張しているが、具体的に何を言われたか申せ】
ギロッ!
魔王様の冷たい瞳が、私の心臓を射抜く。
【まさか、『数秒間目が合った』などという世迷言を言うつもりではないだろうな?もしそうなら、明日を待たずして、灰へと還ると知れ……】
「………」
こ、こわいねぇ。
悪いことは何もしていないのに、なんだか泣きたくなってくる。もしかしたら、裁判中に裁判長を煽るのはダメな行動なのかもしれない。
「こほん……な~に。簡単な話さ。ケンちゃんが私に抱きついてきて『アウラ、大好き』って言ったのさ」
【なっ……オスから大好きだと!?】
「まぁ~そんな言葉をオスに言われるなんて羨ましいです〜。私の『あなたの牛乳お飲みします!メロメロ人間族とのいちゃらぶ交尾本!』みたいなプレイが出来るなんて、私の時が楽しみです〜」
【も、もしそれが本当なら合意の下で交尾したことになる。はぁ……はぁ……♡どんなシチュエーションでどんな仕草で言われたのだ!後学の為にもっと具体時に申せ!】
「ああ、だが私一人の証言じゃ信憑性に欠けるだろう? 私に向けられた愛の言葉なら、そこにいるダリス君がしっかり聞いていたはずだよ」
【ダリス!本当か!?】
グリ!
魔王様の首がものすごい勢いで曲がり、隣にいるダリス君の方を向いた。
「そ……そんな言葉は聞いていません!全くの噓です!きっとアウラさんはオスにモテなさ過ぎて幻聴を聞いたのです。慈悲を込めて早く土に帰してあげましょう。なんなら今ここで殺して上げます!」
おやおや、あれは本気で怒っている人の目だねぇ。
交尾中のカメラマンという、家族に胸を張って語れるほどの大役を任せたというのに――いったい何が不満なのかさっぱりわからないよ。
「ま、言わないなら言わないでやりようはあるんだけどねぇ」
プシュ!
「ちょ!何するんですか!強迫しても絶対に言いませんから!この恨みは『イエーイ!アウラさん見てる~今君の大事なケンちゃんと交尾してま~す』ってやるまで……いた、いたたたたた!髪の毛!髪の毛を引っ張らないでください!」
私はダリス君を糸で引き寄せて、頭の上に張り付けていたカメラを髪の毛ごと奪い取る。
「では、証拠を提出させていただこう。彼女の頭に張り付いていたこのカメラは元々侵入者用に部屋に設置していたものだ。 ほら?研究室には人間族のオスの資料が多いから、我欲に走って暴走する者が多いだろう?」
「うう、頭がヒリヒリする……その監視用カメラ?がなんだというのです」
「まぁ要するに、これは部屋を24時間録画をしていてね。万が一カメラが壊されても大丈夫なよう、撮影した映像は瞬時に魔石ストレージに保存される仕組みなんだ。もちろん音声付きでねぇ」
「………あ」
「お察しのとおり、ここの再生ボタンを押すと………」
【アウラだいすき!】………「おほ♡」
【アウラだいすき!】【アウラだいすき!】【アウラだいすき!】【アウラだいすき!】【アウラだいすき!】【アウラだいすき!】【アウラだいすき!】【アウラだいすき!】【アウラだいすき!】【アウラだいすき!】
「あへへへ♡相変わらずケンちゃんの『だいすき』は脳に効くねぇ~この言いなれてない下っ足らずな感じが私的にはたまらないよ」
<【アウラだいすき!】>
【わかった!わかったからこれ以上再生ボタンを押すな!】
「え~。私としては後100回は流しておきたいんだがねぇ」
【それは自室でゆっくりやってくれ。後ろから糸が吹き出して、床が大変なことになっておるぞ……】
おっと、どうやら興奮のあまり糸が漏れていたようだ。あとで片付けておこう。
【はぁ......信じられないが、映像を見る限りこれはケンちゃんから求婚しているな。ならその流れで交尾するのもやむなしか……】
「理解してくれたようで助かるよ」
「で、でも魔王様!アウラさんはケンちゃんに毒を注入したんですよ!オスに危害を加える!これは立派な犯罪です!」
納得のいかない思いが爆発したのか、ダリスは声を荒げて魔王に食ってかかる。
【そこは蜘蛛族の本能だから追及はできぬ。殺害しない限り、交尾中はオスへの如何なる傷害も罪には問わない。そう魔界のルールで決まってるからな】
「ぐぬぬぬぬ....」
【そういうことだ。吾輩も斬首したい気持ちは山々だが、あの発言がある以上今回は……ん? ちょっと待てよ】
「魔王様?どうかしましたの~?」
【いや、そもそも疑問なんだが。どうしてケンちゃんは『大好き』なんて言葉を使えたんだ?この子は言葉がわからないはずだろ?】
「ぎく!」
魔王様の指摘に、さっきまで悔しそうにしていたダリス君の顔がみるみるうちに変色していく。
額からは滝のように汗を流していて、生物研究者じゃなくても動揺しているがすぐにわかった……なるほど。そういうことか。
「あ~れ~?確かダリス君はテレパシーの魔法が伝えたはずだねぇ。それに私の記憶が正しければ診断の前にケンちゃんとなにか話していたような………」
「ちょっと!余計なこと言わないでいいです!」
【ダリス……本当か?】
「えぇ~と………これは違うというかなんというか……不可抗力なので私は悪くないというか……」
【いいから申せ!】
「ひぃぃ.....その....実は....感謝の言葉として名前の後ろに『大好き』って言葉を加えるという文化をケンちゃんに教えたような……教えてないような……あ、あははは」
【よし、明日より新魔王軍幹部を募集をする。今までご苦労だった。ぜひ地獄の先輩方に可愛がってもらうといい】
ガシッ!
「いやだぁ!はなせぇ!牢屋になんて入りたくない!アウラぁ!お前さえいなければ!私は幸せなケンちゃんライフを満喫できたのにぃ!お前さえ!お前さえいなければぁぁぁぁぁ」
バタン!
裁判を受けた私の代わりにダリス君が牢屋に連れていかれてしまった。
素直に私の味方をしてくれたら助け舟でも出して上げようと思ったんだがねぇ。ま、因果応報さ。
「それにしても、あの『大好き』は本当の意味で大好きといったわけではなかったわけか……」
意味もわからず言っていたこと多少のショックをうける。
だがいいさ。私を怖がらないってことに変わりはないし、すでに毒は注入してしまったからねぇ。
もうケンちゃんは私抜きでは生きられない。毒の依存性によって自ら腰を振って番になるよう懇願するのも時間の問題さ♡
その時は絶対邪魔が入らない場所でじっくりと愛情を重ね合うとしようじゃないか♡
「さて、もうこれで容疑は晴れただろ? ケンちゃんを落下から守ったせいで、足が何本か折れてしまったんだ。もう休ませてくれないかい?」
【いや、このまま無罪放免にするわけにはいかん】
「どうしてだい?私は何も罪を犯してないじゃないか?」
【それは………ほら、別室にいるルナを見ればわかる。今から連れていってやるから】
魔王様は深いため息を漏らしつつ、しぶしぶと扉の取っ手に手をかける。
そういえば保護者であるルナ君は先ほどから見ない。裁判にも参加していなかったし、一発ぶん殴られると思っていただけに以外だねぇ。
ガチャ....
『ケンちゃんの白首がぁ!私が初めてを刻むはずだった白首がぁ!ぽっかりと穴を開けられてしもうたぁぁぁぁ!』(白首とは獣人族版の処女や童貞のこと)
「ルナ様落ちついてください!そうジタバタしても何も変わりませんし、床が崩れそうです」
「うがぁぁぁぁぁ!!!」
ジタバタ!ジタバタ!
「まったく.....首の穴は回復魔法で綺麗に塞いで、もう傷一つないんですからいいじゃないですか!」
『違うのじゃ!例え傷が治ったとしても、精神的にはもう白首を卒業しているのじゃ~。もし私がケンちゃんの首に嚙みついたとしても、そこにはもう別の女の面影があって【ルナの牙って思っていたよりも小さいね……あ、でも小さいのも可愛いと思うよ。そのおかげで前に比べて痛くなかったし……ううん何でもない。だから気にしないでね?】なんて言われるのじゃ~』
「その妄想の悲しいポイントが私にはちょっとわからないです」
『うぅ……ケンちゃんは私のことが大好きだったはずなのに!許せん!よくもわしをここまでコケにしてくれたな!殺してやる!………絶対に殺してやるぞ蜘蛛族のアウラ!』
扉の先には顔中から液体を垂れ流しているルナ君がジタバタと暴れまくっていた。
【ってな感じで、お咎めなしにしたら貴様ルナに殺されるぞ】
「………負け犬の遠吠えは見苦しいね」
『うわぁぁぁぁ!ケンちゃんが寝取られたぁぁぁぁ!』
【よって!ルナに精神的苦痛を負わせて罰として緊急時以外にケンちゃんと接触することを1ヶ月間禁ずる】
「えぇぇぇ!1ヶ月は長すぎる!せめて1週間よかにしておくれ!私たちは新婚夫婦なんだぞ!そんな判決は受け入れられない!いやだいやだいやだいやだいやだいやだ」
ジタバタ!ジタバタ!
『ケンちゃんが白首を卒業しているなんて信じたくないぃ!いやだいやだいやだいやだいやだいやだ』
ジタバタ!ジタバタ!
「『いやだいやだいやだいやだいやだいやだ』」
ジタバタ!ジタバタ!ジタバタ!ジタバタ!
【貴様ら......少し前とキャラが変わりすぎだろ………あ、あとアウラ【だいすき!】の部分だけを切り取って明日吾輩の部屋に渡しに来てくれ。これ、魔王命令だから破ったら死刑な。ふふふふふ、これで毎晩の運動が捗るな】
「『いやだいやだいやだいやだいやだいやだ』」
ジタバタ!ジタバタ!………バキ!
【「『「あ」』」】
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【魔王城 修理工事請求書】
日付: X月VV日
請求番号: MAOU-12764642
依頼内容: 魔王城の修理作業について
修理内容:
・一部部屋の床に出来た大穴
・一部廊下の床に出来た大穴
・燃えた天井の修繕
・燃えた壁の修繕
請求先:
・竜族・ドラゴニュート種・ドラコ
・獣人族・狼種・ルナ
・蜘蛛族・女郎蜘蛛・アウラ
備考:
・竜族・ドラゴニュート種・ドラコ様は処刑されるとのことでしたので、残りの請求を蜘蛛族・女郎蜘蛛・アウラ様に請求させていただきます。
ご連絡先:
魔王管轄ドワーフ修理部門
連絡鳩:ハーピィ174番
本拠地:ドワーフ魔道具工房




