第13話 絶対服従の呪い
「やぁ!やぁ!君の診察を担当することになった蜘蛛族のアウラだ。よろしくお願いするよ」
「(あの……えっと……顔しか見えないので少し離れてください……)」
ケンちゃんに顔をこれでもかと近づけているのは、魔王様が手配してくれた人間族専門の医者なのだろう。
「ふむ……以前診察した人間族のオスとはかなり異なった顔立ちをしているねぇ」
「(クソ!どうしてこの世界には美人しかいないんだ!なんか距離感もおかしいし!こっちはムラついても24時間監視状態だから処理できないんだぞ!)」
人間族のオスを見慣れているのか、ケンちゃんを前にしているというのに、取り乱して交尾を迫るどころか淡々と診察の準備を進めている。
先ほどのケンちゃんをめぐる大乱闘をしていた私たちと比べると、その落ち着きように思わず驚きを隠せない……この女枯れてるのか?
「それにしても大きい体ですね」
ラミィの言う通り、この医者は蜘蛛族ということもあってか非常に体が大きい。
長さではラミィに及ばないが、体重やその他の面ではこ奴の方が勝っているだろう。それゆえに、節足魔族特有のとげとげカチカチした足がどうにも恐ろしく感じる。
「ふふ、こんなにガチガチになって緊張しているのかい?お話でもして親睦を深めたいところだが、残念ながら時間がもったいないのでねぇ。さっそくやらせていただくよ。はい【スリープ】」
「……zZ」
ケンちゃんの目から一瞬でハイライトが消えるとすぐ穏やかな表情に変わり、気持ちよさそうに眠り始める。
……今ならキスしてもばれないかのう。皆の目を盗んで、口元をペロペロと舐め回してやりたい。
『それにしても、お主よくこんなあっさりと対応できるのう。あのダークエルフなら、もう5回はセクハラしてるところじゃぞ』
「そうですね。そこの淫乱雌犬なら11回は交尾!と叫んで嫌われていると思います。もし言ってくれたらテレパシーで通訳くらいはしましたよ?」
「ふ、別にこれでいいのさ。蜘蛛族の姿なんて不気味なものを見せた所で怖がられるのが落ちだからねぇ」
「アウラ様…」
「まぁ、その分じっくり診断させてもらうが……ほう、ぷにぷにしているけどこれが交尾に使う器官か。医学書で見たことはあるけど、こうしてじっくり触るのは初めてだねぇ」
むにむに……
『は………え、ちょっ』
アウラは悲しげな表情を見せたかと思ったら、今はケンちゃんの股間にあるあれをにぎにぎと弄り倒している。
「ふむふむ、ここから私たちの元が出てくると考えると非常に興味深い。少しでもいいから採取してどのような仕組みなっているか………冗談だから私に剣と杖を構えるのはやめてくれるかい?」
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ブゥン......
「なるほどねぇ…………」
あれから1時間が経過し、ケンちゃんを取り囲んでいた魔法陣が徐々に消えていく。
『やっと終わったか……それで結果はどうじゃった。 ケンちゃんはなにか重い病気にかかっているのか?』
「ふむ実に面白いことがわかった」
「面白いこと……ですか?」
「ああ、まず初めに、この子の体を内臓の中まで拝見させてもらったが病気でもなんでもなかったよ」
『そ、そんなわけなかろう!ケンちゃんは突然血を吐いて倒れたんじゃぞ!』
「ルナ様のおっしゃる通り、血を吐いた時には外傷を与えていません。まさか私たちが嘘をついていると仰りたいのですか?」
ゴゴゴゴゴォ!!
くだらない難癖をつけようとするヤブ医者に、胸の奥から怒りがこみ上げてくる。
こんなにも可愛いオスを傷つける訳なかろう!
「もう少し勿体ぶって発表したかったが、命が惜しいので結論を伝えよう………この子は呪われている」
『の、呪いじゃと!』
「ああ、強力ではないがじっくりと対象者を衰弱させ、数年後には死に追いやる最低の呪文だ。しかも、呪いがかなり進行していてねぇ。正直いつ命を落としてもおかしくなかったよ」
ケンちゃんに呪い……あの時ケンちゃんは魔物の多い森の中にいた。そう考えると、犯人は森にいた魔物が一番可能性があるじゃろうか。
中には、ほんの少し噛みつくだけで呪いを付与してしまう魔物がいると聞いたことがあるしのう。
『おのれ魔物風情が!私のケンちゃんを汚しよって!!!』
「いや……魔物の呪いは、獲物が遠くに行かないよう即効性が求められる。今回のように数年単位でじわじわと効くものはまったくの別物だ」
『あ、そうなんじゃな』
「魔物ではないとなるといったい誰が……」
「ふむ……残った可能性を考えるに犯人は人間族だろうねぇ。その証拠に、宮廷魔術師や位の高い人間族が使う特有の癖が呪文にあった。ほら、あの無駄にテンプレートを模しただけの長いやつね」
『いや、わしは専門家じゃないから「あのテンプレート」と言われてもわからんのじゃが。お前たちは魔法が使えるじゃろ?こやつの言っている意味がわかるか?』
「いえ、私は魔界で発展した魔法しか知りませんので残念ながら」
「人間族の魔法なんて知りたくもありません」
「そうか。仕方がない……ほれ」
アウラは分厚い本を取り出すと、魔法陣が書かれた小難しいページを私たちに見せ、指で一つ一つ丁寧に説明してくれる。
いや、こんな記号だらけの魔法陣を見せられても余計に混乱するだけなんじゃが。
「人間族は個より集団での成長に重きを置くからねぇ。安定性のためにここの回路が……」
ただ、口に出すと今度はめんどくさい講義が始まりそうなので適当に頷いておくとするかのう。
「アウラ様、これが人間族が使う魔法だというのは理解しました。ですがそうなると一つ疑問が残ります。なぜ人間族が同じ人間族を呪うのでしょうか。しかも貴重なオスに対して……その理由が全く見えてきません」
それは確かにそうじゃ。
ただでさえ数が減ってきているオスに対して、死に至らしめるほどの強力な呪いをかけるわけがない。
そんなことをしたら魔界・人間界問わず処刑ものだろう。
「いい質問だねぇ。私もそれが気になってね、興味本位で呪文をさらに解析してみたのさ。するとどうだい――この呪いは進行を“オン”と“オフ”と切り替えられる仕組みになっているのがわかったのさ」
『呪いのオンオフ?どういうことじゃ?』
「つまりこの呪いは、対象を『死』というゴールに導く一方、術者の意志ひとつでそのゴールを取り払うこともできる。おそらく本来の狙いは『死』そのものではなく、『迫り来る死の恐怖』を植えつけて対象を縛り、従順にさせることだろうねぇ」
アウラの口から淡々と語られる、あまりにもおぞましい呪文の内容に恐怖と怒りが込み上げてくる。
『こんなにかわいくて純粋な子に人間族はなんてことをしているんじゃ!許せん!』
「ま、待ってください!それこそなんでケンちゃんにそんな呪いをかけられてるのか理解できません!」
「安心したまえ、ここからが先ほどの質問への答えさ。まぁあくまで私の推測にすぎないが……人間族のお偉いさんは、この呪いを用いてオスを逆らえぬ存在にし、生涯にわたり“生殖の道具”として飼い慣らす計画が進めているのかもしれない」
『な....』
「それに言葉を喋れないのもどうにも怪しい。君たちは、この子が生まれてすぐに”はぐれ”になった可能性が高いと言っていたが、それにしては体が綺麗すぎる。人間族に呪われている点を加味すると意図的に話せないようにされている………とも考えられないかい?」
「……言語を理解できなければ、誰かと結託して脱走することも助けを求めることもできない。そうしてオスを完全に孤立させて、術者にのみ従順な肉人形を作り上げる」
「そういうことさ。まあ、以前診察したオスにこの呪いは確認されていないから断言はできないけど、十分にあり得る仮説だと思わないかい?」
ギギギギッ!
「やはり、人間族は野蛮で卑劣な生き物。オスを除いて殲滅すべしです!」
ダリスは人間族の諸行を許せないのか、怒りを抑えきれずに木の杖を力いっぱいに握りしめている。
昔からダークエルフ族は人間族とのいざこざが多いからのう。色々と思うところがあるんじゃろうな。
まあ、わしも次の進軍では思いっきり暴れてやりたい気分じゃがな!
いっそのことケンちゃんに武器を持たせて、これまでの鬱憤を存分に晴らしてもらうのも面白いかもしれんのう!
「それでどうするんだい?この程度の呪文なら主導権を君に変更させて従順なペットにできるけど………解呪する?」
『愚問じゃ。一刻も早く解呪をしてくれ』
真のイチャラブ交尾にそんなものはノイズにしかならんからな。
「そういってくれて助かる。心のないサイコパスと陰口叩かれている私でも、こんな可愛い生き物が苦しむ姿は見てられないからね」
こんなに体が大きくて怖いやつでも、ケンちゃんを可愛いと思う感性はあったんじゃな。全くの無反応だから心配しておった。
「【ハイキュアカース】……これで呪いはきれいさっぱりさよならだ」
『なぬ、もう終わったのか』
診察の時は肌をあんなにペタペタと触っていたのに、解呪はそんなにあっさりと終わるんじゃな。
「じゃあ私は仕事に戻るから、君たちはこの子を連れて適当に帰るんだよ」
『いいのか?今なら寝てるケンちゃんの体が触りたい放題だぞ?』
「私はたっぷり堪能したから満足さ。それにさっきも言ったが、蜘蛛族の姿なんて不気味なものを見せた所で怖がられるだけだからね。この子が起きる前に私は姿を消させてもらうよ」
そう言って、8本の足をカタカタと動かしながら扉に向かって歩いていく。
「あ、そうそう。そのこテレパシーが使えるダークエルフ君。この子が目を覚ましたらこれだけは伝えておいてくれ」
【病は治った、今までよく頑張った】
「ってね」




