第11話 初めての意思疎通 <名前消失編>
【】で囲った分はテレパシーのよる会話です。
「うっ……まだ気持ち悪い」
謎の話し合いに参加させられた後、いきなり激マズな水を無理やり飲まされて何度も吐くはめになった。
一体、僕が何をしたっていうんだ。
この世界に来て以来食べては吐くの繰り返しで、食事そのものにトラウマを覚えそうになる。
「(あ、あの。よろしくお願いします……ダークエルフのダリスです……今からあなたに意思疎通を可能とする魔法をかけてますけど、怖くないですからじっとしてください)」
ガクガクガク……
僕はいつもの2人組に加え、先ほどの会議で見かけたフードの女性の前に座らされる。
フードの隙間からのぞく顔は可愛らしさと神秘的な雰囲気を兼ね備えており、つい見惚れてしまう。
「(事前に言っておきますが、私のテレパシーは声を相手の脳内に直接飛ばすものです)」
『(知っている。主に隠密作成や野生の魔物を従える時に使う魔法じゃろ?)』
「(そうです。ですのでこの子が何を言っているのかはわかりません。なので期待通りの結果にならなくても文句は言わないでくださいね)」
『(わかったから早く始めんか!わしはこの子と意思疎通がしたいのじゃ!)」
「(は、はい。それでは始めます)」
ダークエルフの女性はガクガクと震えながら、いきなり顔を近づけてきた。
「(はぁ……はぁ……♡ それにしてもオスとの会話なんて始めてで興奮します。里のみんなに無理やり押し付けられた仕事だけど、魔王軍幹部になってよかった)」
女性の唇が微かに震え、糸を引くようによだれを垂らしながら、ぼそぼそと何かを呟いている。
瞳孔が大きく開き、何故か涙を浮かべているその顔は、先ほどの見惚れていた神秘的な印象とはまるで違う。どういう感情で僕の前にいるのか理解できなくて怖い。
『(あの~まだかのう?)』
「(ふぅ……ふぅ……♡集中しているので少し待ってください!それにしても、魔法を使うために近づきましたがなんなんですかこの白い肌は……あのにっくきエルフどもと同じ色なのに、どうしてこんなにも魅惑的に見えるんですか!あなたは絶対にエルフ里になんて行かせませんからね!もしあんな老害共の溜まり場なんて行ったら、不老不死にされて一生苗床として使われることになりますからね!)」
「【テレパシー】」
【こほん......私の名前はダリスといいます。目の前にいる、とてもとてもかわいい黒肌の女性です。私の声は聞こえますか?】
「え、なにこれ?」
突如、頭の中に聞き覚えのない言語が響き渡る。
理解できない言葉のはずのに、なぜか言葉の意味がぼんやりと伝わってきてその不可解さに混乱してしまう。
【落ち着いてください。今魔法を使ってあなたの頭の中に直接話しかけています……だからそんな可愛く首をフリフリしないでください♡】
ん? 今ちょっと邪な感情が伝わってきた気がするけど……信用して大丈夫なのかな?
【私たちはあなたの味方です。怖がらなくても大丈夫です。少しあなたとお話しをしたいだけです。もしお話しても良ければ1回頷いてください。体を使っての会話がしたいなら、2回頷いてください♡】
体を使っての会話ってんだろう……頭の中に直接声を届けることができるくらいだし、異世界特有のコミュニケーション方法なのかもしれないな。
こく
体を使った会話に興味を惹かれたが、なんとなく嫌な予感がしたため、一度だけ頭を縦に振りコミュニケーションを取る意思を示す。
【……ありがとうございます。ではまず自己紹介からしましょう】
【改めまして、私の名前はダークエルフのダリス。一度復唱してもらえます?『ダ リ ス』です】
「ダリす……さん?」
「(おほ♡舌足らずなオスに名前を呼んでもらえるなんて最高です。ぐへへへ出来ればそのまま私のお婿さんとして里の奴らの目の前で……)」
『(おい!まだ開始して1分も経っていないぞ!自分の世界に閉じこもるでないわ!)』
ゆさゆさゆさ!
「(わ、わかったので肩をぶんぶんと揺らさないでくださいいいいいい!)」
「(だったら早く会話を再開するのじゃ! わしだって、舌足らずなかわいい声で名前を呼ばれたいのじゃ~!)」
「(あ、ダリス様。私の分も伝えて頂けると幸いです)」
「(うっぷ……仕方ないですね。妄想の続きは家でじっくりねっとりやることにします。ルナさんたちの名前を伝えればいいんですよね……【テレパシー】)」
再び、頭の中に理解できない言語が流れ込んでくる。
彼女たちを指しながら何かの名称を教えてくれている様子から察するに、これが彼女たちの名前なのだろう。
よし、試しに呼んでみよう。
「ラみィ!」
「(ん♡破壊力がやばいですね。妄想の中にボイスが付いてしまいました♡解釈通りの素晴らしい声でございます。ルナ様もこの場で襲ってしまわないよう心構えをしておいたほうがいいですよ)」
『(そ、そんなにか!よーし、どんと来るのじゃ!)』
蛇の女性ことラミィさんは、僕と話せるのが本当にうれしいのか、抑えきれない喜びを表すように長い体をくねくねと揺らしていた。
名前を呼んだだけでこんなに喜ばれるとは思わなかったからちょっと面白い。なら、次は隣にいる黒髪の女性の名前を呼んでみよう。
えーと確か……
「へんタい!」
『(お主なんてことを教えるんじゃ!いつからわしの名前が変態になったんじゃ!えぇ!その首をこの場で引き裂いて殺すぞ!)』
「(いいじゃないですか?事実なんですから)」
『(事実ではないわ!!!)』
あれ?喜ばれると思ったのになんだか違う反応だ。むしろ、心なしか怒っているようにも感じる。
もしかすると、何か伝え方を間違えたのかもしれない。次は発音と抑揚をもう少し意識してもう一度呼んでみよう。
「へんタい♡へんタい♡」
『(お♡やば♡無知なオスガキに罵倒されるこのシチュエーションになんだか興奮してきた♡あぁ……今すぐこの子にどっちが上の立場なのかわからせたい!もう2度と生意気言えないようぐちゃぐちゃにしたい!)』
「(ほら、別に変態なのは間違ってないじゃないですか……ごめんなさい。ちゃんとした名前を教えますのでその爪はしまってください)」
「【テレパシー】」
なるほど、ルナって名前だったのか。どうやら、僕が間違えて覚えていただけのようだ。ならば微妙な顔をするのも無理はない。
「るーナ?」
『(ルーナじゃなくてルナじゃぞ~。あ、でもお主がルーナと呼びたいなら明日からルーナに改名してもいいんじゃけどな♡)』
今度は正しい名前を言えることができたのか、褒美と言わんばかりに体を持ち上げられてなでなでされる。
相変わらず、この人が事あるごとに頭を撫でるのは一体何なんだろうか。
「(さて、こちら側の自己紹介が終わったところで、次はこの子の名前を聞きましょうか)」
『(とはいえ、この子は野生で育ったはぐれじゃからな。もしかすると名前を持っていないかもしれん)』
「(十分考えられますね。ですが名前がないのは不便ですし、よければ私たちで名前をつけてあげましょうか)」
「ふっふっふ!ならわしが昨日の夜から寝る間も惜しんで考えてた『プリンセス』か『エンジェル』って名前をつけるかのう!)』
「(えぇ……そのクソダサネームを伝えるんですか?私が考えたみたい思われそうで嫌です)」
『(なんじゃと!この子を可愛さを存分に表現した完璧な名前じゃろ!)』
「(はぁ……わかりました。では名前を聞きますので、早くこの子を椅子に戻してください)」
ゴトッ……
「(ありがとうございます……【テレパシー】)」
【続いて、あなたの名前を教えてください。なかったらあなたの名前は今日から『プリンセス』か『エンジェル』です】
えぇ……なんだその到底人に付けるとは思えない恥ずかしい名前は。
いや、確かに可愛げがある名前だとは思うよ?でも「プリンセス」ってのはさすがに……僕は動物やペットじゃないんだから、せめてもっと普通の名前にしてほしい。
外で何度も呼ばれるなんて、罰ゲーム以外の何物でもないだろ。
「僕の名前は愛澤健斗といいます」
「……?」
【すいません。聞き取れなかったので名前だけをゆっくり教えてください】
「あいざわけんと!」
「(あうあうけん……なんでしょう。全体的にふにゃふにゃしてて聞き取れない。皆さんわかります?)」
『(わからん!よってこの子の名前は『エンジェル』に決定じゃ!よーし早速首輪にエンジェルって刻印刻み込むかのう!エンジェル〜こっちにおいでなのじゃ〜)』
【も、もう一度!お願いします!このままだとあなたの名前がクソダサネームになってしまいます!『エンジェル大好き♡もっと出してぇ♡』って言いながら交尾するなんてぜっっっったいに嫌です!!!!】
うるさっ!頭の中に突然響いた大声に、思わず耳を塞ぎたくなった。
それにしても……何?今、交尾って言葉が聞こえた気がするんだけど気のせい?
【お願い致します!今後の平穏な家族計画の為にも、ちゃんとした名前を教えるか首を横に振ってください!そしたら私が『ダーリン』って名前にするので!】
なんだかよくわからないけど、ダリスさんの様子を見る限り少なくとも鬼気迫る状況ではありそうなので指示に従う。
「けんと!」
「(ふむふむ。なるほど……わかりました!この子の名前は【けん】です!………たぶん)」
「けんとだよ!!!」
『(よしよし、お主はケンというのか。これからはケンちゃんと呼んでやるからのう)』
「ケンちゃんじゃなくて『愛澤健斗』です!」
『(うんうん、わかっておるぞ~お主の名前はけんちゃんだよな。自分の名前を繰り返し言うなんて、名前を呼ばれるのがそんなに嬉しいのかの~)』
なでなで……
「(きっと群れを離れてから、名前を呼んでくれる者がいなくて寂しかったのでしょう。こうして名前を呼んでもらえるのが嬉しいのだと思います)」
『(そうかそうかケンちゃんは名前を呼ばれて嬉しいのか♡これからはたくさん呼んでやるから安心するのじゃぞ~)』
「(ケンちゃん、ケンちゃん、ケンちゃん……ふふ、いつか里のベッドでそっと体を抱きしめながら、優しく名前を呼んであげます)」
若干言われてる名前が違う気がするが、もう諦めよう。
そもそも言語が違うんだし、「エンジェル」なんて変な名前をつけられなかっただけでもありがたいと思うことにしよう。
「『健斗』……強くそして健康に育ってほしいって思いが込められてて、結構気に入ってたんだけどな」
異世界転移二日目。親からのもらった大切な名前の7割が消し飛びました。




