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第100話 狂信の館

『ここが前任者がいる屋敷……結構小さいんじゃな』


「魔族から見つからないよう、目立たない作りにしているのかも……です」


『なるほどのう。ケンちゃんほどではないが、オスというだけで大人気じゃからな!おーい!来てやったぞー!』


 ルナさんは豪快に扉をバンバン叩き、山に響き渡るほどの声で叫ぶ。


 ドラゴンに揺られ続けること数時間。ようやく辿り着いたのは、生い茂る木々に囲まれた、ひっそりとした屋敷。

 山の奥深くに佇むその姿は、周囲の自然に溶け込みながらも、一定の存在感を放っていた。


「それにしても一時はどうなることかと思いました……まさかワイバーンがケンちゃんを抱え、そのまま逃げ去るとは」


『ワイバーンもメスじゃからな。きっと番として、ケンちゃんを自分の伴侶として認めたのじゃろう』


「ルナさん……僕ドラゴンに好かれたの?」


『そうじゃぞ!ケンちゃんの魅力にメロメロじゃったぞ。ケンちゃんの前ではどんな種族をノックアウトじゃな!』


 僕にはさっぱり分からなかったが、どうやら僕はドラゴンに好かれていたらしい。その事実を思い返すだけで、自然と頬が緩んでしまう。


 だってドラゴンは誰が見てもカッコいい存在だし、ゲームの世界でもドラゴンライダーといえば最強を象徴するユニットだ。


 強そうな鳥を次々と追い払っていたし、あのドラゴンと仲良くなれば魔法が使えない僕でも戦えるかもしれない。


「ドラゴン戦士……ふふふ」


 勇猛果敢に戦場を駆け回る未来の自分を思い浮かべるだけで、胸の奥がわくわくと高鳴る。


『そうかそうか!ケンちゃんはワイバーンが好きなのか。よし!次のペットはワイバーンに決まりじゃ!あの騎手に頼めばヒナくらいもらえるじゃろ!』


「や、やめてください!ケンちゃんの靴下がもう一足あったから何とか切り抜けましたけど、ワイバーンの相手をするのはもうこりごり……です」


『大丈夫じゃ!凶暴で知られるまるちゃんの種族も今ではすっかりわしに従順じゃからな。赤ちゃんから育てればなんとかなる!』


「えぇ……私よく噛まれますけど、あれって従順なんですかね」


 ガチャ……


「むっ……来たようじゃな」


 ルナさんに抱きしめられたまま門で待っていると、お面をつけた女性が屋敷から姿を現す。


「ようこそお越しくださいました。わたくしクシナ様の専属メイドを務めております、牛族・牛種のアルツと申します」


 黒いメイド服に身を包んだその女性は、所作の一つひとつが洗練されており、自然と上品さが滲み出ていた。


 その様子を見るに、やはり前任者は相当高貴な人物らしい。失礼のないよう、気を引き締めなければ。


「面会のご準備は整っております。どうぞ中へお入りください」


 仮面をつけたアルツさんの案内に従って、僕たちは屋敷の中へと足を踏み入れる。


『前任者のオスか……わしは見たことがないが、やっぱりケンちゃんの方が可愛いじゃろうな』


「はは、それはないです」


『ん?』「ん?」


 ルナさんの何気ない呟きにアルツさんが静かに訂正を入れた途端、二人の間に妙な沈黙が広がった。


『……お主何か言ったか?』


「特に変なことは言っておりませんよ。ささ、こちらへどうぞ。世界一可愛いクシナ様が首を長くしてお待ちしておりますので」


『そうか、そうか。では世界一可愛くて完璧なケンちゃん!一緒に行くぞ~』


「はは、世界一可愛くて完璧でクシナ様が―――」


 にこやかに交わされる二人の言い争いは、ほぼ途切れることなく続いた。


===================



「ようこそお越しくださいました」


 廊下を進むたび、すれ違うメイドたちが立ち止まり深々と腰を折って挨拶してくる。


 そのあまりの礼儀正しさに、自然とこちらも深く腰を折って返礼してしまう。


『ほう……皆同じ服を着ておるんじゃな』


 屋敷の中にもお面をつけた女性が多数おり、誰一人として顔を露出していない。


 まるで時代劇に紛れ込んだかのような感覚だが、首からは下はメイド服なのでなんだか頭が混乱する。


『顔も覆っていて、これでは誰が誰だがわからなくなりそうじゃのう』


「それについては慣れておりますので、相手の動きを見ればだいたい判断できます。名札もありますし、迷うこともありませんよ」


『なるほどのう……』


 チラチラ……


 何か納得できないことでもあるのか、ルナさんは眉をひそめた渋い表情を浮かべる。


『なぁ、少し気になっておったのじゃが、聞いてもよいか?』


「ええ、なんなりと」


『では聞くが、お主は先ほど牛族と名乗っておったな』


「はい、母も父も牛族でございます」


『四天王にも牛族がいるから知っておるが、牛族は皆立派な角が生えているはずじゃ。しかしお主にはその証である角がどこにも見当たらない。魔物にでも襲われたのか?』


「いえ……わたくしに角がないのは、自ら削ったからでございます」


『なっ!そんな馬鹿な!牛族の角は生え変わるものではない!一生で一度だけ生える歯のような存在じゃ!なぜそんな真似を………』


 牛族?が角がなくなるというは相当な異常事態なのだろう。


 ルナさんは耳をピンとして大声で詰め寄る。


「話すと長くなりますが、クシナ様は魔族を心の底から憎み嫌っておられます。そのため私たちメイドは、魔族の象徴を自ら取り外し、顔を隠しているのです」


『私たちメイド……まさか、ここにいる奴らは!』


「ええ。全員がそうです。たとえば、あのネコ種は耳を断ち、あそこにいる鳥獣族は自ら羽をむしり取っています」


 説明を聞いただけで、思わず身震いしてしまうほど痛々しさが伝わってきた。


『つ、辛くないのか。種族としての誇りをす捨てるなんて」


「辛くなどありません。それがわたくし自ら選んだ道ですので」


 そうきっぱりと言い切るアルツさん。その声は揺るぎなく、迷いを感じさせない。


「ここにいる皆は心の底からクシナ様を愛し、忠誠を誓っています。死ねと言われればその場で死ぬ覚悟だってあります。ならば種族の誇りを捨てるくらい安いものです」


『それはまた……かっこいいのう』


 ルナさんは寂しげな声でぼそりと呟く。


 何か思い当たる節があるのか、自身の長く伸びた爪に落とす目には、微かな揺らぎが見えた。


「オスと共に生きるとはこういうことですので……さ、こちらがクシナ様の部屋でございます」


 アルツさんが足を止めると、頑丈な鍵を何重にもかけれた部屋に到着する。


 ここに前任者……クシナ様がいるのだろう。緊張する。


 カチッ!


「これで中に入れます」


『案内感謝する……では』


「少しお待ちを」


 僕を連れて扉の中へ踏み出そうとした瞬間、呼び止められる。


「先ほど申した通り、クシナ様は魔族を嫌っております。ケンちゃん様のみの入室でお願いします」


『どうしてもか?』


「こちらからお呼びして大変ご無礼なのは承知しております。しかし、ルナ様がケンちゃん様を案じるように、わたくしもクシナ様のことが心配なのです」


 ルナさんの威圧するような眼差しを受けても、彼女は表情ひとつ崩さず平然と受け答えをしていた。


『そうか……フィーリア。わし達は向こうで待つぞ』


「い、いいんですか!?もしかすると、中にクシナなんてオスはいなくて、そのままケンちゃんが誘拐されるなんてことも……」


『大丈夫じゃ。此奴らの忠誠心は本物じゃ。今更ケンちゃんに浮気するような下衆な輩ではないじゃろう』


「まぁ……そうですが」


『安心するのじゃ。万が一のことがあれば、わしが全力でケンちゃんを守る!』


 ルナさんは胸に手を当て、得意げに顎を上げてドヤ顔を決める。


「ルナさんがそこまで言うならわかりました……ケンちゃん!何かあれば大声を上げてください。すぐに駆けつけます」


「わかった」


 フィーリアさんが抱きついて、なにがあったら助けを呼ぶよう注意される。


 そのクシナ様って人はそんなに怖い人なのだろうか?


「ご理解いただきありがとうございます。では、ケンちゃん様。中へお入りください」


 バタン……カチッ!


 中に入るとすぐに、入口の鍵が閉められた。


 久しぶりの一人行動に少し不安になったが、よく見ると中からなら開けられる仕組みになっているため、最悪逃げられそうだ。


「ってあれ、またドアだ」


 とりあえず中に進むと、先ほどの扉より重厚で頑丈なドアが目の前にそびえ立っている。


 どれだけ厳重なセキュリティーなんだよ。絶対に部外者を入れないという強い意思を感じる。


「これにも鍵穴があるけど、鍵なんて……わっ!」


 どうせ開かないだろうと思ってドアノブをひねると、扉がスッと開いてしまった。


「ぼ、僕の名前は愛澤健斗といいます。怪しいものではありません!」


 お偉いさんがいると思い、慌てて姿勢を正しながら自己紹介する。


「ようこそ……」


 恐る恐る声のする方を見ると、病的なほど細い男が静かに座っていた。

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