第99話 発情レイド!現れた婚約者!
【ぐおおおおお!!!】
「でっか……」
城から少し離れた平原。
黒曜石のような光沢のある鱗をまとった黒いドラゴンが、重々しく翼を広げて僕を見下ろしていた。
カードやゲームではよくドラゴンを相棒にしていたけど、やっぱり実物は別格のかっこよさだ。ただ見ているだけでテンションが上がる。
「さ、触ってもいい……ですか?」
「ええ、きっとハーネスも喜びます。顔の横を撫でてください」
なでなで……
恐る恐るハーネスこと黒龍の鱗に触れる。
「おぉ……堅い」
なんだこれ。
ゴツゴツとした感触はまるでコンクリートの壁みたいに固いのに、その奥からは確かな脈拍が伝わってくる。
手にはジワジワと熱が広がってきて、異世界だからこそ触れられる生々しい感触にただ驚くことしかできない。
なでなで……
【ぐおおおおお♡】
ふふ~ん。最近は魔法も覚えたしで、やっと異世界らしい体験が出来てワクワクする。
あとは世界を脅かす魔王がいれば完璧だけど、この世界は平和そうだしそんな存在いるのかな?
一応。犬みたいに尻尾を振るマオウさんはいたけど……あれは違うな。
『ほう、これはまた元気なワイバーンじゃのう』
「はい!ケンちゃんのために厳選して、一番活きのいい子を連れてきました!これなら山奥まで一気に飛び抜けられます!」
「用意……ありがとうです」
「おほ♡いいんですよ!ケンちゃんのためなら、これくらい朝飯前ですから。なんならワイバーンを差し上げましょうか?もちろん、私が抱き合わせでついてきますけど♡」
「うーん……要らない」
【ぐおおおおお!!!】
「ちょ、ちょっと!断られたの、私のせいじゃないからぁぁぁぁ!」
突然、ドラゴンが大きく暴れ、手綱を持っていたお姉さんが宙を舞った。
心配になったけど、ルナさんたちが平然としているところを見ると、こういうのは日常茶飯事なのだろう。
この世界の竜使いって大変だな。
「ワ、ワイバーンに乗る……や、やっぱり私は家で待機した方がいいかなって思い……ます」
「ダメですよ、フィーリア様。テレパシーを扱えるのは、あなただけなんですから」
「で、でも!ケンちゃん最近会話成立するようになったじゃないですか!私がいなくても……」
「それでもダメです。たとえ会話できるようになっても、ケンちゃんの警戒心の薄さは変わっておりません。ほいほい不審者に付いていかないよう、テレパシーが必要です」
「うぅ……」
さて、僕たちがこのドラゴンに乗る理由だが、今回ははっきりしている。
どうやら、僕の前任者?と名乗る人物から「会いたい」という手紙が届いたらしい。
正直、何の前任者なのかはさっぱり分からないが、すぐ行動に移したところを見ると重要人物なのだろう。
何はともあれ、着実にこの世界の言語を身につけてきたおかげで、意味も分からずに連れ回されることが格段に減ってきた。
未だに動物扱いされるのは少し不満だが、大きな一歩だろう。
「そもそもなんでワイバーンなんかを使うんですか!エルフの森に来たみたいに、馬車移動でいいじゃないですか~!」
「仕方ありませんよ。ケンちゃんグッズが広まったことで、皆ケンちゃんの匂いを覚えてしまいました。以前のような馬車での移動だと、匂いでばれて、襲われる危険が高いんです」
「……ここは戦場かなにかですか」
「獣人族が多く住む地域ですから……それにケンちゃん園を長期閉鎖して、また城を占拠されるなんて事態も避けたいです。魔王様が調整してくれたこの3日間を、有効に使いましょう」
「うぅ……だとしても行きたくない……です!有給を所望します!」
「そんなものはありません。ケンちゃんの笑顔が、そのまま休みの代わりです」
「ブラック……です」
ラミィさんとフィーリアさんが大声で話している。
どうやら、一緒に行くか行かないかで揉めているらしい。
ツンツン……
「フィーリア。来ない……の?」
個人的には、フィーリアさんは直接意思疎通できる貴重な存在なので、近くにいてほしい。そばにいないと、どうにも心細く感じてしまう。
「う、そんな可愛い顔された行くしかない……です。行きます!」
フィーリアさんは涙をこらえながら挙手をした。ちょっと悪いことをしたかな。
「では準備が出来たので、乗る方はこの紐を体にしっかり巻いてください。これがあると、万が一落ちてもギリギリで命は助かりますので」
「え……落ちるんですか?」
「落ちる時は落ちますが、魔物に襲われない限り大丈夫です。それに、ワイバーンに襲いかかるバカな魔物なんて滅多にいませんから!」
「うぅ、心配……です。乗るときはケンちゃんのギュッとしてもいいですか?」
『ダメじゃ。ケンちゃんをギュッとするのはわしの仕事じゃからのう』
「わっ……」
ドラゴンの顔をいつもペットをの撫でらように触っている最中、突然腰に紐を巻かれ、抵抗する間もなく背に乗せられた。
後ろからはルナさんの腕にしっかり抱きしめられて、心臓がドキリと跳ねる。
なんかこの匂い、まるちゃんさんみたいに落ち着くんだよなぁ……なんでだろう。
「では、私はこの体型で乗ることができませんので、新人研修をしながら待機しております。皆様、いってらっしゃいませ」
「ラミィ……いってきます!」
寂しさを滲ませた目で僕に手を振るラミィさんに微笑み返し、巻きついている紐をギュッとにぎる。
【ぐおおおおお!!!】
バサッ!バサッ!
憧れのかっこいいドラゴンに乗り、空を舞い上がるこの瞬間……ワクワクせずにはいられない!
お母さん!お父さん!僕は今空を飛んでます!
「いってきますですか……ふふ、なんだか結婚したみたいですね♡」
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<キィー!キィー!
ドカーン!
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!襲われないっていったじゃないですかぁ!嘘つき!詐欺!最低!……です」
空に飛び立ってまだ数分しか経っていないというのに、僕たちは鋭い爪と羽を持つ鳥のモンスターに襲われていた。
こちらも火球を投げつつ必死に逃げ回るが、次から次へと沸き出るように現れ、決着の兆しは見えない。
「うぅ、目が痛い……」
全速力で飛んでいるせいか風が強く、痛みで涙が出そうだ。
耳もキーンとしてすぐに手で押さえたくなるが、さすがにヒモ一本しかないこの状況で両手を離す気にはなれない。
【ぐおおおおお!!!】
「よっと。いやぁ、本当に不思議ですね。自然界トップのワイバーンに向かって攻撃するなんて普通はあり得ませんよ……誰か匂いのする食料を持ってません?」
『もっとらん!』
「私も持ってない……です」
「ですよねぇ。うーん、どうしてこんなことに……」
<キィー!
「マジですか……ハーネス!旋回!」
数匹の鳥が自らの体に火を宿し、理性を捨てたかのような勢いで一直線に突っ込んでくる。
「危なかったー」
なんとか躱せたみたいだけど、飛んできた鳥は勢いのまま地面に叩きつけられ、遠くの地面では砂ぼこりが舞い上がっていた。
「死に物狂いでこちらを追いかけてきますね。こんな光景は今まで一度も経験したことがないので、驚きで胸がいっぱいです!やはり空を飛ぶのは面白いですね!」
『喜んでいる場合か!フィーリアよ、お主のテレパシーでなんとかできないのか!?』
「む、無理ですよ。距離も遠いですし、敵対している相手には効果がない……です」
『なんだ使えないのう』
「つ、使えないとは何ですか!そんなに言うならいいですよ!私の奥義でこの地帯一帯を吹き飛ばしてやります!」
『おう!やれやれ!』
僕の前に座っていたフィーリアさんがそっと紐から手を放す。
すると、まるで赤ん坊が初めて立ち上がるように体を震わせながら、少しずつ腰を浮かせていった。
「……」
『なんじゃ?魔法を撃たんのか?』
ストン!
「や、やっぱり、この状況で後ろを向くなんて……む、むむ無理です!怖すぎますぅ!」
腰が砕けたように座り込むフィーリアさん。
せっかく期待していた魔法がおあずけになってしまい、少し残念だ。
「うーん……ここまで追って来るなんてやっぱり変です。皆さん、食材以外に、何か魔物を刺激する物とか持ってないですか?」
『刺激する……あ、そうじゃ。ここに来る前、魔物に好かれやすいお菓子をペット達にあげたのじゃが、それが原因かのう?』
「いえ、その程度なら問題ありません。もっとこう、魔物が命を捨ててでも奪いに来るくらいの匂いじゃないと説明が……」
『魔物が命を捨てでも奪いたい……』
「極上の匂い……」
その言葉が響いた途端、場にいた全員の視線が僕ひとりへと集中する。
「なに?」
その後、ルナさんが僕の靴下を奪い投げ捨てたと思えば、鳥たちは狂ったように互いをついばみ合い始める。
さっきまで連携していたのが噓のように暴れ狂い、やがて無惨な残骸を残して四散していった。
『ふぃ……予想通りじゃのう!』
僕の靴下は呪いのアイテムかなにかなのかもしれない。




