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第98話 最終試験……殴り合いじゃ!


 ガチャ!


 聖遺物を洗濯したというショックから目覚めて早々、謎の大部屋に案内される。


 そこには獣人族を中心とした数十名の参加者と、正面に立つルナ様とラミィ様の姿があった。


『揃ったな。では、最終試験を開始する』


 あれがルナ様……生で見るのは初めてですが、スゴイ迫力です。


 張り詰めた空気に包まれる中、私は自分の心臓が激しく打ち鳴らしているのをはっきりと感じた。


『おぬしらに問う……ケンちゃんは好きか!』


<は、はいっ、大好きです!

<私なんて、もう十回は妊娠してますわ

<毎日毎晩運動会です!


 ルナ様の問いかけに対し、数人の参加者が慌てるように声を上げた。

 当然ですが、皆ケンちゃん目当てなのですね。


『そうか、お主らの気持ちはよくわかった……お前ら全員脱落!』


 パン!


『いったぁぁぁ!な、何をするんじゃ!」


 ラミィさんの手がバシン!とルナ様の頭を叩く。


「お願いですから、唐突に数時間の努力を無駄にしないでください」


『だってこいつら今メスの顔をしていたんじゃぞ!どう見てもケンちゃんを狙って面接に来た不届き者じゃ!』


「そうかもしれませんが、それを言い出したら我が城の従業員は既にケンちゃん目当てで働いてます。ケンちゃんという奇跡のようなオスが近くにいる以上、重要なのは手を出さずに耐える自制心です」


『ぐぬぬ、だとしても嫌じゃ!魔王様に先を越されておるのに、これ以上ケンちゃんを邪な目を持つ人が増えるなんて耐えられんのじゃ……!』


 先ほどまでの威厳はどこへやら、ルナ様は床で駄々をこね始めた。


 この人の下で働く日々を考えると少々不安ですが、ケンちゃんがいるならプラスです。我慢しましょう。


『はぁ……まぁ良い。気に入らない奴は最終試験でぶっ飛ばせばいいか』


 え、ぶっ飛ばす?


「では、これから皆さんにはルナ様と戦っていただきます」


「は?」


「終了条件はケンちゃん人形の奪取です。人形を傷つけることなく、取り返してください……では」


 そう告げると、ルナ様はケンちゃん人形をしっかりと抱え、腕や肩をほぐすように準備運動を始める。


「ちょ、ちょっと待ってください!ルナ様は魔界で一番殴り合いが強いんですよ!屋内戦場では絶対勝てません!」


 突如始まった無理難題の試験に、文句を漏らさずにはいられない。


 こんなの、全員を落とすと言っているようなものです。これまで積み重ねてきた苦労の数々はいったい何だったのでしょうか……


「一対一ではなく、一斉に殴りかかってもいいですから」


「だとしても無理ですよ!」


「そうですが……ですが、安心してください。皆様がここにいるということは、自制心や家事能力が評価されてのことです。そこそこに動けたら問題ありませんので、遠慮なくボコボコにされてください」


『全員ぶっ飛ばす!』


<え、ちょっ……ぐはっ!


 その叫びと同時に、最前列にいた参加者の腹へ鋭いストレートパンチが突き刺さる。

 殴られた彼女は壁に叩きつけられるようにめり込み、そのまま意識を失った。


 お、遅れてきてよかった……おかげで私が一番遠い。


「ふ、ふん!いくら強くても、これならどうよ!」


【ブ、ブリザードケージ】

【バインド!】


 その一撃を目にして闘志に火がついたのか、参加者たちは次々と詠唱を叫び始める。

 氷結や拘束の遠距離魔法が次々とルナ様に向かって飛び、戦場の空気は一気に緊張に包まれた。


 ガチャン!


<ふふ~ん!私、これでも魔法の天才なんだから!


 氷で拘束されたルナ様の周囲に金色に輝く鎖が現れ、グルグルと巻きついていく。


 さすが最終試験まで残っているだけあって、手練れぞろいですね。

 図書館で受付をしている私なんかとは格が違います。


 バキン!


『甘い!ラミィの魔法に比べれば、この程度なんともないわぁ!』


<はぁぁぁぁぁ!!!こっち何重にも拘束してんのよ!力で突破するなんて、あんた頭おかしいわよ!


『うるさい!』


<おばっ!


 だがそんな拘束をものともせず純粋な腕力で鎖を引きちぎる。

 そしてすぐさま距離を詰めてきて、また一方的な殴り合いへ逆戻りしてしまった。


 これ無理ですね。勝ち目なんてどこにもありません。


「ふむ……なるほど。魔法はそこそこ扱えますが、まだまだ練度が低いですね。ただ、反応速度は悪くありません」


 いつ止めるのだろうと、ラミィ様の方をチラッと見るが、彼女は黙々とメモを取っているだけ。止める素振りすら見せてはくれない。


『はーはっは!ケンちゃんの守る為に戦うのは楽しいのう!』


<ぐへっ!


 次々と地面に倒れ、ぴくりとも動かない参加者たち。

 これほどまでに瞬殺されては、技量を判断することなど到底できない――絶対に鬱憤を晴らすためにやっていますよねこれ。


「ええい!こうなったら破れかぶれです!【ウィンド】」


 せめて何か痕跡を残そうと初級魔法を放ってみるが、その威力はあまりにも微弱で、倒すどころか全く見向きもされない。


 どうすれば……


 ツンツン!


『そこの猫獣人、少し手伝ってもらえますか』


「え、あ、はい……私ですか?」


 頭の中であれこれ策を巡らせていると、近くにいた獣人族に話しかけれる。

 体格が平均より少し小さく、あのルナ様と戦うにしては少し心もとない。


『今から私が煙幕を投げます。その煙を目標に、さっきの風魔法を発動してください。できるだけ竜巻のように渦を意識して』


「いいですけど……どうするんですか?」


『私が突っ込みます……』


 カチッ!


 小柄な彼女は煙が噴き出す玉を投げつけると、素早く低い姿勢で身を構えた。


『けほっけほっ!なんじゃこの煙は!」


 少し濁った煙はただの煙ではないのか、ルナ様は目を赤くしながら咳き込み始める。


『ぐぬぬぬ……そっちの方向じゃな!ぶっ殺してやる!』


 だが、さすが四天王とまで呼ばれるお方。


 あっという間に体勢を立て直し、こちらを見据えて今にも殴りかかってきそうです……これまずいのでは?


『さあ、早く!あの狼獣人がこちらに来る前に!』


「は、はい!【ウィンド】」


 指示に従い、煙が霧散しないよう慎重にルナ様の周囲を竜巻で包み込む。


 少し調整が難しいですが、この方法なら初級魔法でも問題なさそうです。


『ありがとうございます』


 ス……


『エアリアル……そしてハイウィンド!』


 バキッ!

 

 空気を切り裂く音と共に、一筋の光が煙の中へ突き進む。その圧倒的な勢いと鋭さは、見る者にただ者ではないと感じさせるほどです。


「ふむ……皆様お疲れ様でして。これにて最終試験は終了です」


 再び彼女の姿を確認すると、腰にはケンちゃん人形を抱えていた。


 ただ、白い煙の中、彼女の猫耳が一瞬ズレたように見えたのは気のせいでしょうか。


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