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第97話 第二試験……悪魔の囁き部屋


「ここが第二試験の会場……またテントですか」


 私の名前はマリィ。いつもは魔界魔導図書館で受付の仕事をしている獣人族ネコ種です。


 今日も今日とて、親友のガーベラと共にケンちゃん成分を接種する日々を送っていたある日。ルナ様の元で働けるという面接のことを聞きつけ、私たちはこうして参加している。


「いたた……やはり低級の回復魔法では限界がありますね」


 最初の試験はまさに鬼畜の極みとしか言いようがなかった。

 腕を犠牲にして辛うじて正気をつなぎ止めたが、正直、また同じ仕打ちを受けるかと思うと気が重い。


 あの誘惑の数々を振り切れたのはほとんど奇跡みたいなものですからね……次は半狂乱になって暴れるかもしれない。


「でも……諦めるわけにはいきません。腕の一本や二本、回復魔法で治せます!ケンちゃんと同じ空間にいられるならそれくらいくれてやります!」


 そう自分を奮い立たせ、割り振られた番号のテントへと足を踏み入れる。


「ようこそ、第二試験の会場へ。私の名はアーツ。マリィ様でお間違いないでしょうか?」


「は、はい」


 テントの中にはモコモコとした獣人族の面接官が立ち、手にはバインダーを持っている。

 手の動き、背筋の伸び、立ち姿という細部から威厳と気品を感じさせた。


「では、これより試験を開始いたします。制限時間内に提示された洗濯物を洗ってください」


 面接官の指が示す方向には、小さな桶、泡立つ植物由来の洗剤。そして整然と並べられた洗濯物があった。


「えっと……これを洗うだけでいいのですか?」


「ええ、洗うだけでいいです。むしろ洗うだけで済んだら合格です」


 そう意味ありげな言葉を口にして微笑んだ面接官は、何事もなかったかのように静かに外へ出て行った。


「ふむ……どうしましょう」


 私は、目の前に積まれた洗濯物の束を注意深く観察した。


 これはケンちゃんがいる城で働くための、世界でもっとも過酷で厳しい面接試験。ならば単なる家事にすぎないこの仕事も、ただの洗濯であるはずがない。


 何かしらとんでもない要素があるはず……


「この洗濯物にナイフが隠されているとか、洗剤が毒だったりするのでしょうか?」


 魔法を放つ準備をしながら、慎重に布をかき分ける。


 ツンツン………


 しかし、そこには何も潜んでいない。


 洗剤も怪しい匂いはなく、肌に触れても爛れる気配はない――全てが普通だ。


「もしかして、ケンちゃんに対する耐性検査は一次試験で終わりで、ここからは純粋に家事能力を試すのでしょうか?」


 そう考えれば、ただ洗濯をさせられるのも納得がいく。


 実際、一次試験では既に八割以上の参加者が脱落していて、足切りは十分に達成されていると言えよう。

 ならば、あとの生き残った者に求められるのは、着実に家事をこなす素質なのかもしれない。


「でしたら……【ウォーター】」


 私は普段家で行っているように、魔法を使った洗濯方法を実践する。

 

 家事や炊事が特別得意というわけではないが、一人暮らしを始めてかなりの年月が経っているので一般的な家事は出来ると自負している。


 それに最近は、ケンちゃんとの新婚生活をより快適にするため日々工夫と研鑽を重ねているのだ。


「こんな簡単な家事、一瞬で終わらせます!」


 水の中に手を突っ込み、指先に風魔法を流し込む。


 ジャバジャバジャバ……


 すると、洗剤と洗濯物の入った桶の中で風が小さな竜巻を作り出し、その渦に巻き込まれるように服同士が激しくこすれ合った。


 こうすることで短時間に汚れが落ち、手でこするよりも繊維を傷めず、きれいに洗える……まさに魔法ならではの効率的な洗濯です。


【ケンちゃんとラブラブ新婚生活♡これであなたも新妻ラブリー♡】の本を買っていたよかった。これなら第二試験は楽々突破出来そう。


「ふふふ……待っていてください!ケンちゃん!」


 ガチャ!


「集中しているところ申し訳ありません……1つ追加洗濯物のお願いします」


「あ、はい。わかりました」


 勝利を確信して笑みを浮かべていたそのとき、先ほどの面接官が部屋へ戻ってきた。


 その手には、ジップロックで丁寧に封じられた布切れが握られている。


「こちらは大切な品ですので、念入りに洗ってください……では」


 促されるまま袋を開けると、中から現れたのは小さな靴下。


 その靴下を他の洗濯物と同じように洗おうとした時、思わず手が止まった。


「…………ケンちゃん?」


 私はこの靴下からケンちゃんを感じた。


 理由はない。ただ、私の本能がこの靴下がケンちゃんの物だと訴えかけている。


 スンスン……


「お”っぅ!」


 鼻腔を満たしたその匂いに、直感は揺るぎない確信へと変わった。


 間違いない……これはケンちゃんのものだ。ケンちゃんが最近履いていた靴下だ!


「なんでこんな一級品がこんなところに……いや」


 冷静に考えれば当然のこと。


 ケンちゃんの元で働くということは、すなわちケンちゃんが触れた物や使った物に出くわすということ。

 だから、使用済み靴下なんでのはここではよくある物品……いや、これがよくある物品って天国では?


「と、とにかく!洗いましょう」


 制限時間がわずかであることを確かめ、ケンちゃんの濃厚な匂いが染みついた靴下を桶の中に入れようと手を伸ばす。


「う……うぐ……」


 だが、水に入れるあと一歩のところで腕が止まる。


 はたして自分が行おうとしるこの行為は正しいのだろうか……そう考えずにはいられない。


 ケンちゃんグッズが普及している今でも、衣服や使用済みスプーンなどは闇市で高値で取引されている。むしろプレミアがついているくらいだ。


 そのような貴重な品――聖遺物に等しい価値を持つ物を私は洗おうとしている。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 心臓の鼓動が速まり、汗が噴き出すのを感じる。


 第一試験はただ耐えるだけでよかった。尋常じゃないくらい辛い試験ではあったが、ケンちゃんへの想いを胸に込めれば乗り切れた。


 だが今自分がしようとしていることは違う。


 この世に存在するケンちゃんグッズを洗濯で汚し、私自身の手で消し去る――そんなのは大罪に等しい行為。


「私は……」


 私にケンちゃんグッツを抹消する権利はあるのだろうか。


 これは後生大事に保管することこそが、真の意味でケンちゃんを大切にする行為なのではないか……愛なのではないか……


「わたしはぁぁぁぁぁぁ!!!!」



===================



「ふむ……洗濯物もきちんと洗えていますね。靴下を舐めたり盗んだりといった不適切な行為もありませんでしたので、二次試験は無事合格です。おめでとうございます。」


「…………ありがとうございます」


「あの……死んだ目をしてますけど大丈夫ですか?」


「う、うぅ……死にます……」


 グサッ!


「ちょ!だ、誰か!回復魔法使える人を呼んできてください!また、自殺者が現れました!」


 ちなみに、同じく第二試験に挑んでいたガーベラは、ケンちゃんの使用済み食器を舐めるという不適切行為に手を出してしまい、あえなく失格となった。



===================



【参考】

【第二試験:悪魔の囁き部屋 】


ルナ……不合格


 そもそも洗濯の方法を知らず、衣類を派手にぶちまけた為。

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