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第96話 第一試験……ケンちゃんの間

『それにしても数が多いのう』


 我が城のエントランスには、これでもかというほど魔族が密集している。

 しかもその列は果てしなく続いていて、外にまで伸びていた。


 お互いを敵視するような目つきで睨み合い、今にでも殴り合いが勃発しそうな危険な空気じゃ。


「城を直したばかりなので、あまり暴れてほしくはないですね……」


『まぁ……無理じゃろうな!』


「……はぁ」


 二階から人の密集するエリアを見下ろして、ラミィがげんなりとした息を吐いた。


 ラミィよ、その気持ちはわかるが諦めるがよい。今日は我が城で働く者を選ぶ雇用面接の日。


 この前の“ケンちゃんバトロワ”で召使いの半数を解雇した以上、城の業務を滞りなく進めるためには、嫌でも人員補充を行わねばならん。


<ちょっと!あんたなに気持ち悪い目で見てんのよ!


<いや、私が合格してケンちゃんと結婚するのに、こんなにも時間を無駄にする人が集まって申し訳ないなって思っただけですけどなにか?


<は?私はあんたみたいな妄想やろうと違って、ケンちゃんにウインクしてもらったんだから!


<はぁぁぁ!!!!どうせそれって、目を瞑った瞬間を言ってるだけですよね!自意識過剰にもほどがあります!


 ふむ……届いた応募書類を精査するのが面倒で、当日参加にしたが裏目に出たな。


 オスがいる環境で働けるなんて、まさに理想の職場。

 そんな場所は魔界中を探しても数える程度しかなく、むしろお金を払ってでも仕事をしたいと思う者が大半であろう……あ!


『いい案を思いついたぞ!いっそのこと金を払って働いてもらうのはどうじゃ!それなら何人雇っても問題なし!わしは天才かもしれん!』


「ダメですよルナ様。そういう輩は大抵ロクでなしと決まっています。仮でもいいので、“雇用”という契約で縛っておかないと暴走して終わりです」


『そういうものか?』


「そういうものです」


 そうか……あまり納得はせんが、ラミィが言うなら従うとするか。

 後で「だから言ったじゃないですか」と嫌味ったらしく言われるのはごめんじゃからな。


「暴走といえば、私たちがここにいる間ケンちゃん園は大丈夫でしょうか?いつもより来場者が少ないとはいえ、あそこは何が起こるかわかりませんよ?」


『それは……わしも心配じゃ』


 正直、あの頼りないフィーリアに任せたのがめちゃくちゃ怖い。


 一応、占拠事件で裏切らなかった部下を配置してあるので大きな問題はない……はずじゃ。


 しかし、最近は抽選で決まるケンちゃん家庭教師(魔法の標的になるだけ)体験という催しも行っているし油断は出来ない。


 あれも最初の頃は大変じゃった。ケンちゃんを見た瞬間に「保健体育の時間だぁぁぁ!!!」と突進してくる者が多数いたからのう。


 現在は全身をしっかりと拘束してからケンちゃんの前に差し出す処置をしているが、興奮した魔族が何をするかわからない。


 果たしてケンちゃんは安全だろうか……


「それでは、時間も限られていますので、第一審査室へのご案内を開始します」


『うむ!頼んだぞ!』


 これから始める地獄の審査……果たして切り抜ける者はいるのじゃろうか。


 ちなみにわしは全部不合格だった……ケンちゃんを拾ったのがわしで本当によかったのう。



===================


「面接番号1502番です!お、お願いします!」


 私は獣人族ウサギ種の26歳。

 普段は畑仕事をして暮らす、どこにでもいる一匹のメスだ。


 他のメスと同じく、オスとの交尾がなかなか回ってこない現実に絶望し、日々の鬱憤を交尾本を読んで気を紛らわせている。


 はぁ……きっと個体数が多い私の種族は一生交尾できないんだろうなぁ。


 そうぼんやりと思っていた時、運命の瞬間が訪れたのです!


【当日限定! 我が領土の未来を支える使用人を募集】


 それはケンちゃんを保護している城の求人!まさに天から降りた天啓!


 仕事の内容に「ケンちゃんと関わるとは限らない」と明示されていたが、同じ家にいれば出会わない可能性はゼロではないはず。


 たまたま廊下ですれ違い、恋に落ち、妊娠し、寿退社……そんな未来だって夢じゃない!


「1502番さんですね。では、この部屋に入って3分間椅子に座り、振り返ることなくジッとできたら一次試験合格です」


「は、はい!わかりました!」

 

 蛇のような体を持つ女性に促され、簡易的に作られたテントの中へ入る。


「よし……頑張るぞ!」


 今日は大事な収穫の日でしたが、全ては親に任せてきた。


 今頃怒り心頭かもしれないが、孫を連れていけばきっと許してくれるはずです!


「第一試験なんて、簡単にクリアして合格してみせます!」


 スチャ……


 そう意気込みを胸に、テント内に用意されていた椅子にポツンと腰を下ろす。




「……………あれ?」


 心臓がドキドキするのを感じながらイスに座ったが、誰も現れず、期待した変化は何も起こらなかった。


 3分間耐えろと言われたので、てっきり拷問めいた責め苦を覚悟していたけど、拍子抜けするほど静かだ。


「ふふ、これなら楽勝ですね。ケンちゃんに会えたら何をしてあげましょうか♡」


【ふにゃ~】


「ケ、ケケケケケンちゃん!?」


 無邪気に足を揺らしながら理想の夫婦生活を妄想していたその瞬間、後ろからケンちゃんの声が大きく響き渡った。


 これは……ご飯中とか、お昼寝とか、嬉しい時に発する声!映画館で何度も聞いたから間違いない!


「もう……♡もしかして私に会えて嬉しいんですか♡」


 ケンちゃんの声に心を弾ませつつ、後ろを振り返る…………


 ゴキ!


「ッ!」


 あ、危なかった……あと一秒でも首を殴打するタイミングが遅れてたら、後ろ振り向いて失格になっていた。


「うぅ……首が痛い」


 むち打ちの激しい痛みに思わず涙がこぼれる。だが、失格を免れたのなら安い犠牲だ。


【どうした……の?】


「くぅぅぅぅぅ!!!」


 今度は、ぎこちないながらも言葉を話してきた!


「振り返りたい!喋りたい!お婿にしたい!!!」


 欲望と理性の板挟みに耐えきれず、全身から滝のように汗が吹き出し始める。


 これは全然楽な試験なんかじゃない……メスとしての本能をどれだけ抑え込めるか、それが試される苦しい試験です!


 うぅ……これならまだ、体の一部をポキポキベリベリされた方がマシです!


「はぁ……はぁ……落ち着くのです、私。ここは深呼吸して集中するのです。ケンちゃんが可愛らしい存在ということは、今は一切考えずに無心になりましょう」


 恐らくですが、残り時間は後1分といったところ。


 平凡な人生を歩んできた私にも、ようやくオスと関わるチャンスが巡ってきたのです!

 ケンちゃんのことを一目見ずに脱落なんてありえません!


【ねぇ、ねぇ……なにしてるの~?】


「くっ……くく……」


【なんで無視するの~?】


「ぐふ♡何ですか、その可愛らしい声!思わず孕みそうです!」


 ケンちゃんが大好きだからここにいるのに、ケンちゃんの気配が満ちるこの部屋で、彼を忘れろと言われればそんなことは不可能。


 すでに頭の中では、悲しそうにこちらを見つめる可愛らしいケンちゃんの姿が鮮明に浮かんでいた。


「そんな愛らしい顔で見つめないでぇ!胸がぎゅっと締め付けられるからぁ!」


 もう辛い!苦しい!


 解放されて、ケンちゃんに癒されたい!


 いっぱい、いっぱい交尾したいよぉ!


「はぁ……はぁ……む?あれはなんでしょう?」


 歯を食いしばり、手のひらが血で滲むほど握りしめていると、部屋の片隅に写真が置かれているのを見つけた。


「あれは……もしやケンちゃんの写真!」


 しかも服を着てない……ように見える!


 この角度だとギリギリ見えないのが何とももどかしい!


「クソッ!あと少し席を立てば全体が見えるのに!」


 でも、席を立てばその場で即失格。


 見たいのに見られない――そのギリギリの状況が精神を蝕み、だんだんと正常な判断ができなくなる。


 もしかして、あれはたまたま落ちていた物で、審査員の居ない今ならバレずに盗めるのではないか?


 一瞬だけなら、席を立ってもバレないのではないか?


 悪魔の誘惑が次々と頭の中を駆け巡る。


【ケンちゃんは今日もかわいいのう♡よしよ~し】


【ふにゃ?】


 行くべきか待つべきか迷っていると、背後からもう一つ女性の声が聞こえてくる。

 おそらくこれはルナ様の声だろう。


【スリスリ……】


 布が擦れる微かな音が耳に入り、まるで本当に存在しているかのように感じられた。


 スンスン……


「しかもこれは……ケンちゃんの匂い!」


 リアルな音に加えて、以前闇市で嗅いだ、あの甘くて温かい香りにそっくりな匂いが鼻腔を満たしていく。


 もしかして……本物のケンちゃんがそこにいるのかも!

 ケンちゃん園で私に一目ぼれして、わざわざここに会いに来たのかも!


「へっ……へへへ♡」


 もはや私は試験のことなど完全に忘れて、ケンちゃんがここにいるのかいないのかという疑念と期待に思考が支配されていた。


【ほれ、そこに座ってるお主もケンちゃんを触っているか?何なら交尾もしていいぞ?】


「はい!触ります!そりゃあもう、いっぱい触ります!ケンちゃん♡一緒に交尾しま―――」


「はい、不合格です。あと10秒持ちこたえれば合格だったのですが、残念でしたね」


 誘惑に負けて後ろを振り返ると、そこには小さな魔法具と汗の染みたシャツを持った女性が立っているのみ。


 私が思い描いていたケンちゃんの姿は一切なかった。


「では……お帰りください」


「あああああああああああああ!!!」


 私は泣いた。


 それはもう人生で一番泣いた。


 その後、なぜか会場で肩を落としていた家族がいたので、みんなで共に家路についた。


 畑の作物は枯れていた。



===================


【参考タイム】

【第一試験:ケンちゃんの間 】


ルナ……3秒で不合格


 座った瞬間、目の前に置いてあった写真に気づき、飛びついたので失格。

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