第10話 魔王軍ギスギス会議
『納得いかん!どうして竜族なんかに、われの命より大切なこの子を渡さねばならんのじゃ!』
ビク!
『あ、急に大声出してごめんのう。びっくりしたよねぇ。よしよしお姉さんは怖いくないでちゅからね……スーハー……スーハー……あーーー良い匂いじゃ』
魔王である吾輩の前にもかかわらず、人間族を膝に乗せてトリップしているのは、獣人族・狼種のルナ。魔王幹部の中で最も若手の幹部だ。
人間族、魔族の双方から“月光のルナ”と呼ばれ恐れられているというのに、今はその面影すらないほど蕩けきった顔をしておる。
「そんなこと言っても仕方ねぇだろ発情女!俺たちの竜族はな、生殖可能なオスが数年前に死んじまったせいで、このままだと子孫を残せずに竜族そのものが絶滅しちまうんだよ!さっさとそのオスを種馬にさせろ!」
「ダメじゃ!オスがいないならそこらへんの交尾本で我慢しておけ!若いメスはいるんじゃし、そんなに急ぐことはなくても竜族は絶滅せんじゃろ!」
「ほう。そこまで言うなら一度俺たちの集落に来てみろよ。お通夜みてぇな空気を吹き飛ばそうと人間族への殺意でヤバいことになってっから!」
「……そんなに竜族はやばいのか?一応獣人族には40歳くらいのオスがいるからまだ平和じゃが」
「ああ、戦場に行く女どもはみんな『ニンゲン…コロス……オトコ…ウバウ』って感じで誰も指示を聞きやしねぇ。この前なんか、撤退命令を出したはずなのに全軍突撃しちまって流石に肝を冷やしたぜ」
『うへぇ……そんな連中の指揮を執るなんて、考えただけでもゾッとするのう』
「だろ?おかげで進軍報告書は山盛りだ……ってなわけだから、そこにいるオスを今すぐ渡しな! な~に、ちゃんと可愛がって虜にしてやるから安心しろよ♡」
『ダ、ダメじゃ! そんないやらしくて気持ち悪い目をした変態に、この子を渡せるはずがないじゃろ!』
「なんだとこら! ただちょっと顔にある鱗を一つ一つ丁寧になめてもらいたいだけだ! それの何が問題なんだよ!」
そして、ルナと言い争いをしているのは竜族・ドラゴニュート種のドラコだ。
特徴的な短い赤い髪をしており、吾輩と同じく尻尾や角、翼が生えている。
荒っぽい性格なのだが、最近は苦労話ばかり聞かされているのでちゃんと休めているのか心配だ。
「あ~クソイライラする!さっきから俺の角をチラチラ見やがって……誘ってんのか!?しかもなんだ? こんな亜人のメスどもに囲まれてるのに目を輝かせやがって……警戒心なさすぎるだろ!マジでやっちまうぞ!」
『認めよった! 皆の者聞いたか! こいつ、この子を性の対象にしか見てないぞ! (ブーメラン)』
【はぁ……この荒れようでは会議どころではないな。最近の魔王軍は深刻な資金難だというのに】
こんなグダグダな会議をすることになった発端は、そこにいるルナが『人間族のオスを拾った。具合が悪いから医者を寄こせ』という、ふざけた文を送りつけてきたことせいである。
最初はまたルナの悪ふざけかと思い、適当に流すつもりだったが。
だが、手紙からほんのり香る匂いがオスの匂いだと本能で察知。1時間ほどトリップした後、即座に外部の魔族を城の外に追い出し、オスを迎える準備に取りかかった。
ちなみに手紙については現在行方知らずで、精鋭部隊を派遣して捜査しているのだが何名かと音信不通になっている…………さては横領しよったな?
『というか、人間族と交尾したいなら数年前に捕らえた人間族のオスがいたじゃろ! 竜族の繁殖はそいつに任せておけばよいではないか!』
【はぁ……何を言っておる。貴様も知っての通り、前に捕まえた人間は今山奥で療養中だ。そのことは1か月前の議題で話し合ったばかりだろ?】
実は、我々魔界にも40代ほどの人間族のオスが一人だけ存在し、その者が絶滅危惧された種族をなんとか維持していた。
最初こそ扱いには苦労したものの、多少の教育を施した後と従順で扱いやすい種馬だった。
だが……
「流石に毎年3000人と交尾させるのはまずかったかしらね~。いくら回復魔法でノンストップで交尾できるとしても、精神が先に崩壊しちゃうと勃たなくなるのね〜」
そう言って残念そうに昔の話をするのは、魔王幹部最古参である牛族・ミノタウロス種のラッテ。
牛族特有の圧倒的な重量感を持つ胸を机に預けながら、どこかのんびりとした空気をまとわせている。
「人間界の交尾本には無限にまぐわうことができるって書いてあったから、つい勘違いしちゃったわ~」
【ぐ………その話をするな。吾輩だってオスと交尾したかったのだ。だが魔王という立場上、迂闊にするわけにはいかなかった!シチュエーションだって夜な夜な考えていたというのに……】
前任者が来る前は絶滅寸前の種族が本当に多かった。
そのため、寿命が後数百年残っている吾輩が出しゃばるわけにはいかず、結局交尾は出来ず仕舞い。
ぐぬぬ……苦労して交渉したのは吾輩なのに、こんな結末じゃ全く腑に落ちん!
【そもそもオスが病んだのはトラウマを植え付けたカマキリ種のせいだ!あれほど注意したのになぜ交尾中にオスの体を食べるのだ!理解ができぬ!?】
『な、そんな話を聞いて、なおさらこの子を差し出すわけなかろう!皆もこのつぶらな瞳を見てくれ!体もちっさくて、産まれたばかりの子供みたいじゃろ!』
そう言って、ルナはオスの両脇を抱き上げてみんなに見せつける。
「ふにゃふにゃ?」
ああ、なんて可愛いんだ。
急に抱き上げられて、何が起こったのか理解できずに周りをきょろきょろと見渡す姿がたまらない。
その"だらーん"と力の抜けた足を思わずぎゅっと握りしめたくなる…………なんなら口に入れたい。
【「「「じゅるり……」」」】
「それにこの子は病にかかっているのじゃ!そんな状態で交尾なんてできるわけがないじゃろ!」
【病……?ああ、そういえば医者が欲しいという話だったな。それについては心配さんでよい。その子をしっかり診てもらえるよう、すでに専門の医者を手配している。この会議が終わったら案内しよう】
『おお~よかったねぇ~いつもはケチで認可が遅い魔王様が、今回は素早く対応してくれて。よしよ~し』
わしゃわしゃわしゃわしゃ
【「「「チッ....」」」】
吐き気がするような撫で声を出しながら、ふわっふわの髪の毛をなでなでしているルナを見て、無意識に舌打ちが出る。
『は!まさかここで媚びを打って、この子の初めてを狙っているんじゃ……そんなことしても、数百年間も処女を拗らせたむっつりスケベの魔王様にはあげんのじゃ!』
バキ!!!
おっと、魔王たる吾輩としたことが、つい本気で暴れるところだった。
あぶないあぶない……おや?机がひび割れておるな?
怪我したら危険だし買い替えておくか。
はははははははは………
【ふぅ……ふぅ……とりあえず、どの種族から交尾させるかは一旦置いておくとして、この子は魔王軍で大切に育てることを魔王の名において保証しよう】
「だが魔王様。大切に育てるのには賛成だが一つ問題があるだろう?」
ドラコはめんどくさそうに頭をかきながら口を開ける。
「俺たち竜族のように魔王軍と深く関わる種族ならまだしも、表面上の協力関係にすぎない種族に『実は人間族のオスを保有してます』なんて知られたらどうする? 即座に誘拐されて死ぬまで種馬にされるのがオチだぜ」
【確かに……ドラコの言うとおり、こんなもうすぐ食べごろになるオスをみすみす見逃すはずがないだろうな。何年も隠し通すのは現実的ではないし、この子を守るための資金もあまり多くない。どうしたものか】
もしこの子が大人だったなら、今日からでも吾輩たちの種族同士で交尾を重ね、ある程度出産した後に反乱を起こすかもしれない種族とお金で交換する方針もあるにはある。
しかし、一人二人ならまだしも、病気を持っている子供に何万人との交尾を強制するのは前任者と同じ結果を招くだけだろう。それだけは絶対に避けたい。
そうなるとやはり、成長するまでこの子を隠すしかないが……資金面が問題であるな。
どうしたものか……
「はいは~い!隠し通せないのなら、逆にアピールしてみるのはどうでしょ~? 『この子は数年後に種馬として皆様の元に出荷予定ですので、それまでみんなで優しく見守りましょ~』って、魔新聞とかで頻繫にこの子の成長過程を発信するのです~」
『それのどこが名案なんじゃ?』
「なるほどな......もしこれでこの子を誘拐しようものなら、魔界全土の怒りを買って、魔界にいるすべての種族VS誘拐した種族という構図ができるのか」
首を傾げるルナの代わりに、ドラコがこの提案の意図を簡単に説明した。
「しかも俺たち竜族のようにオスがいなくて暴走気味の、将来に絶望した種族も大人しくなるかもしれない……か」
「ええ、こんなに可愛らしい見た目なのですから、みんな愛玩動物みたいに大事に守ってくれそうではありませんか~」
【要はこの子を偶像化するわけか……ふむ。悪くない策だ】
上手く運べば、元々議題に上がっていた魔王軍の資金問題もついでに片付けられるかもしれぬしな。
少し面倒ではあるが、効率的に事を運べる可能性に内心ほくそ笑む。
【よし、大人になるまで隠すのではなく、この子を魔王軍公認の繁殖用ペットとして大々的にアピールする方針でいく。それに、前回の件で我々は人間族のオスの扱いに疎いことが明らかになった。この機会に、人間族のオスは儚く脆い存在だという認識も併せて広めていこうではないか!】
『ううう………我が子をそんな見世物みたいにしたくない~!そんなのいやだ~~~! ………ん? なになに? 『僕はルナと結婚するから嫌だ?』 ほら、本人もこう言ってるではないか!』
【そのオスは言葉が通じないのだから、そんなことを言うわけがないだろう!それに、これが一番この子にとっても安全な策だ。受け入れろ】
『いやじゃ!いやじゃ!いやじゃ――――――!!!!!』
「ルナさん、いい加減諦めてください!」
床を転げ回って泣きじゃくるルナに、ダークエルフのダリスが子供を諭すかのように説得する。
「どうあがいてもこの子は魔界の存続のための種馬になる運命です。なら私たちができることは、せめてその時が来るまで幸せに暮らせるようにサポートすることだけです」
『じゃが……』
「それに、もし大人になる前に我々が人間族どもを滅ぼせたなら、たくさんのオスが手に入るでしょう。その時は、ゆっくりその子を連れて隠居でもすればいいのです」
相変わらずダリスは無茶を言う。
確かに我々は人間族と戦争中だが、完全に滅ぼすつもりはない。悔しいが、奴らは人間族のオスという子孫繁栄の面でチート級の存在を生み出す可能性を秘めている。
この現状がある以上、滅ぼすことで得られるメリットよりもデメリットの方が遥かに大きく、人間族を滅ぼしたくても滅ぼせないのだ。
「一緒に人間族をボコボコにして再起不能にしましょう!私の為にも!この子の為にも!」
もしダリスの意向に沿うのなら、人間族を完全に支配して牧場のように管理できるなら文化ごと滅ぼしても差し支えない。しかし、奴らは無駄に賢いせいで家畜化はそう簡単に成功しない。
実際、過去に何度か人間族を家畜化しようとしたが、反乱があって失敗したり、そもそもオスが産まれず衰退してしまった経緯がある。
結局、パワーバランスが崩れないように適度に滅ぼしつつ、オスの数に余裕ができた段階で少し拝借するのが現状で最もコストがかからず最適な方法なのだ。
それに、そもそもそういう契約だしな。
「ぐぬぬぬぬ……わかったのじゃ。断腸の思いではあるが、この子を守るために賛成しよう。ただし!交尾に関しては大人になってからだからな!もし破ったら、わしはこの子を連れて亡命するからな!」
【その決断に感謝する。あと魔王の面前で堂々と謀反を宣言するな】
ふぅ……。
一時はどうなることかと思ったが、なんとか丸く収まりそうだ。今日は魔王人生の中で一番疲れたかもしれぬな。
カンカン!
【皆の者異論はないな?では魔王軍会議はここまでだ!皆ご苦労!そしてルナ!さっさとその子をこっちに寄こせ!いい加減吾輩にも撫でさせろ】
「おい!私にも触らせろ!人間族のオスなんて初めて見るんだからよ」
「ほら!こっちですよ~。このもっちもちの胸の中に飛び込んできなさ~い」
「あ、私は映像に残したいので離れてます……」
『おぬしら、そんなに一度に寄るな!この子が怖がるじゃろ!』
【えーい!貴様らうるさいぞ!最初に声を上げたのは吾輩だ!それに吾輩はいつも激務で疲れてるんだぞ!ここは魔王に譲れ!】
ガシ!
必死に抵抗するルナからオスを引き離し、吾輩の膝上に抱き抱える。
【ふぅ……ふぅ……なんだこのモチモチした肌は!人間族のオスは見たことがあるが、それに比べても可愛すぎる!交尾本から出てきたのかな♡】
なでなで……
オスを撫でながらふと視線を追うと、お腹が空いているのか会議用のつまみとして用意された刺身を見つめているのに気づいた。
【ほう、これをそんなに熱心に見つめて……食べたくてたまらないのか?いいだろう、いいだろう。吾輩の分まで存分に食べるがよい!】
がぼ!
吾輩は手で魚の切り身を掴み、オスの口の中に突っ込む。
もぐもぐ……
【おー!食っておる。風船魚は吾輩の好物で市場には出回らない高級魚であるからな。しっかり味わって食べるがよい】
子供なのにこんなにもエロいとは、やはり人間族のオスは交尾をするためだけに生まれてきたというあの論文に間違いはないようだ!
早く大人になってくれないか……いや、いっそのことおねショタというのも悪くない!
「風船魚………………あ、魔王様!それ、たぶん人間族に毒です……」
……ごっくん
ダリスの助言を耳にする前に、オスは何の疑念も抱かず刺身を胃に放り込んだ。
『魔王様…………なにか遺言はあるかのう?』
毒を食わせた魔王様は四天王全員にぼっこぼこにされましたとさ。
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<異世界文化解説>
【異世界人が使う回復魔法について】
彼女たちが使う回復魔法は怪我を治すだけでなく、交尾の際に生じる肉体的な損傷を回復する効果がある。なぜそんな効果があるのかというと、そもそも回復魔法はオスとより効率的に交尾をするために開発された魔法を改良したものだからだ。
つまり、回復魔法さえあれば、オスの肉体的な消耗なしに、メス側が満足するまで永遠に交尾を繰り返すことが可能となる。
ただし、肉体的損傷をすぐに回復できることを利用して、嚙みつきやひっかいたりなどのオス側に過度な負担をかける行為が頻発しているが、その場合の精神的消耗を抑えることはできないので注意が必要。
2042年版 異世界異文録より抜粋




