第94話 人魔合同会議……死者多数
『防音魔術は済んだな……よし。ではこれより、オーライ協定に関する人魔合同会議を始めます』
人間族の王女と魔王――本来顔を合わせることのない二人が、野外のテントで向かい合う。
もし、こうして人間族と会っているのを国民に知られでもしたら、瞬く間に大騒ぎであろう。
ゆえに、この場にいることを知っているのは吾輩だけ。ケンちゃん園に行くという口実でここに来た。
「うっ……ケンちゃん園」
本当は――死ぬほどケンちゃん園に行きたかった!
こんなつまらん会議などほっぽり出して最近話題の『ドキドキワクワク魔法の先生体験教室』に参加したかった!
なんでも、ケンちゃん相手に家庭教師プレイができるらしい……この協定をなかったことにしたら会議もなくならないだろうか。
「あ、あれが……歴代最強と名高い魔王様……で、でかい」
「心配するな。例の協定がある限り、いきなり襲ったりはしないよ」
「で、でも……怖いものはやっぱり怖いですよ」
一方、人間族側は厳格な服装を纏った人物が10名。
プルプル……
その中に一人、肩を震わせ今にも泣き出しそうな輩がおりなんとも滑稽な光景だ。
だがそれと同時に、こんなにも情けない者たちにオスを独占されていると思うと――どうにも腹の虫がおさまらんな。
『では、まずは約束通り借金の返済から。わかっていると思いますが、足りない場合はペナルティとしてオスの援助は無しとなりますので』
「承知しておる……ほら、持っていけ」
苛立ちを隠す素振りもなく、吾輩は金貨の束を放り投げる。
『…………確かに受け取りました。枚数は後ほど確認します』
王女が中を軽く確認すると、近くに控えていた役人へと手渡す。
チッ……せっかくケンちゃんが稼いだ尊い金が、こんなくだらないことへ消えていく。
本来ならば、あの子に相応しい大城を建てて贈ってやりたかったのに……やはり滅ぼそうか?
『次に、この3年間で発生した協定違反について精査する。アリシア、読み上げてくれ』
「はっ……魔王軍はここ3年で、不可侵区域にあった村を8件奪取および廃村。予定されていない侵略行為が56件確認されました。また、間引き予定でない者の死者数はおよそ4000人で……」
今後の魔界存続を決定づける重要な会議なのだが、徹夜に次ぐ徹夜を経験している吾輩は気持ちが入らない。
はやく終わってくれないだろうか……
ケンちゃ~ん!この前みたいにチュッチュッ♡なでなでして欲しいよ~
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「以上で、決定事項はすべて終了です。後ほど正式な書類を作成いたしますので、それを受け取ってからご帰宅くださいますようお願いします」
『ご苦労様だったアリシア。もう下がってよいぞ』
「はっ!」
次回支払う賠償金や不可侵領域の境界を決めるための長い話し合いがやっと終わる。
時間としては数時間か。
こちらはオスという子孫繫栄の種馬、向こうは勝てない魔族とのガチ戦争……お互いが一歩間違えば即アウトになる致命的な弱点を抱えているため、議論はどうしても停滞しやすい。
やはり面倒なので、有能な者に人間族関連を任せたいが「え!じゃあ人間族って簡単に倒せるの!?全軍突撃!」と、任命した瞬間に裏切られたら終わりなので、それはそれで考えものだ。
以前アウラに話したのは、吾輩と長い付き合いがあることと、ケンちゃんに心を奪われて他のオスには目を向けないと思ったからゆえ。
それに、あの時はあまりにも多忙でつい口が滑ってしまったという面もある。
なのでもしこの任務を託すなら、アウラと同じようにケンちゃん大好き人間がいいのだが……条件に合うルナはバカだから頼めそうにない。
その部下のラミィは優秀らしいが、城で戦った程度でまだ十分に素性知らん。
とりあえず、今は保留しておくのが懸命であろう。
「何はともあれ、これで全ての議題は片付いた。吾輩は隣のテントで休んでおるから、書類の作成が終わったら呼ぶがよい」
『待て……まだ重要な話が残っている』
「重要な話だと?」
『ああ、魔王軍によって誘拐された少年。ケンちゃんについての審議がまだ残されている』<
「……………」
やはり来たか。まあ、あれだけグッズが出回っていれば人間族まで知られるのは当然か。
周囲の者たちの態度が急に硬化したのを見るに、どうやらこれが本題らしい。
だが、ケンちゃんに関して追及されることなど、あの子を保護すると宣言した瞬間から想定していた。抜かりはない。
「ああ、我が魔王軍が保護した人間族のオスがどうかしたのか?」<
『保護だと……いや、まぁいい。こちらからの要求は明確だ。ケンちゃんに関する商品の発売をすべて禁止し、オスの引き渡しを求める!』
「断る。我々は森で迷っていたオスを丁寧に保護したに過ぎない。身元が明らかでない以上、返す理由など存在しない……それとも、ケンちゃんがそちらの国の人物だと証明できる証拠でもあるのか?」
ラミィの詳細な報告から、ケンちゃんの出自が完全に不明であることは把握済みだ。
所有者が明らかでない以上、無理に手を出すことはできない。
『証拠?そんなものは必要ない。ケンちゃんは人間族のオスだ。それだけで、返還されるに値する理由になる』
「いやならん。裏で名のある魔族がケンちゃんを買収し、それが逃げたという可能性だって十分あり得る」
『そんな無茶苦茶な話が通るわけないだろう!そもそも、オスを産んだ親には多額の報酬が支払われ、国にオスは引き取られる。それに産んだオスを隠匿すれば罰が下る。わざわざ金目当てでお前ら魔族に渡す親がどこにいるんだ!』
「だが……そんな親が存在しないという確証はあるのか?」
存在するということの証明は容易い。ただ示せば済むのだからな。
だが、存在しないという証言は不可能に近い。理論的には可能でも、実際に行うのは現実的ではない。
勿論、こんな稚拙な反論など一蹴されるか無視されるのが関の山だろう。だから吾輩は、間髪入れずに次の一手を打つ。
ポチッ!
「それに、ケンちゃんは我々魔族と一緒に暮らしたいらしいぞ?」
『……なんだと』
吾輩はこうなるだろうと予測して、用意していたカメラを机の上にセットする。
【人間族~~~見てる?】
「なっ………あれがケンちゃん。なんと美しい」
少々見づらいが、壁に向けてケンちゃんの姿が映し出された。
これは以前、エルフの村で撮ってくるよう指示したあの映像だ。
【僕……魔族好き!魔物から……助けてくれた!】
【人間族と違って……優しく交尾してくれます!】
【魔族の体……凄く大きくて……逞しい】
【人間族……体……貧相……満足出来ない】
【毎日幸せ……救助要らない……魔界で生きます】
【自分の意志で……ここにいます】
【バイバイ!】
「「「…………………………」」」
その場にいる全員が黙った。
中には床に崩れ落ち、膝を抱えて嗚咽に耐えきれず吐き散らす者。
壁際に背を預け、顔を覆いながら泣き崩れる者。
耳を塞ぎ、胸を押さえ、涙を浮かべながらもかろうじて気を保とうとする者もいる。
少々やりすぎたかもしれないが、計画通りだ。
「これで理解したらケンちゃんには2度と……」
『うがががあああぁぁぁ!!なぜ、なぜ魔族なんかに!おかしい……おかしい!おかしい!おかしい!』
ガン!ガン!ガン!
瞳孔がギリッと見開いたまま、机に何度も頭を叩きつける王女。映像が停止してしばらくたっても、その狂気の動きは衰えない。
『そうだ……洗脳だ!あんな無垢で天使のような笑顔を魔族に向けるはずがない!それ以外考えられない……くっ、脳が……思考が……壊れていく……脳が破裂しそうだぁぁぁ!!!!』
「エリス様!お気を確かに!エリス様!!!」
『うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
ガン!ガン……!バキッ!
平和的な議論のはずが、テントの中は悲鳴と嗚咽、机や書類が散乱する大惨事と化していた。




