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第91話 拝啓魔王様へ<中略>交尾させろ!!!

「忙しい……ケンちゃん園に行きたい!」


 誰に聞かせるわけでもなく、私の独り言が静かな仕事部屋に響く。


 まったく……ケンちゃん園の建設が完了してようやくひと息つけると思っていたのだが、相も変わらず次々と仕事が押し寄せてくる。

 このままでは?頭がおかしくなりそうだ。


「えっと次は……く、また婚姻懇願の手紙か。該当種族には後日連絡すると書いてあるだろうに」


 そして最近吾輩を最も悩ませているのはこれ。


 交尾を解禁したケンちゃんに対して、婚姻や交尾を打診する手紙が無限に届くことだ。


【拝啓魔王様へ。ケンちゃんを初めて拝見したその瞬間から、稲妻のごとき啓示を受けました──「あぁ、この子は私と交尾するためだけに天より遣わされた聖獣なのだ……」と。また先日ケンちゃん園にて視線が絡み合った刹那、ケンちゃん側もまた私を受け容れる準備が整っていると拝察いたしました。つきましては、どうか私に一口、否、一出産だけでも良いのでケンちゃんと交尾させてください。よろしくお願いいたします……ところで話は変わりますが、魔王軍への出資金を従来の十倍に引き上げる案が領内で熱議されております。ナ二がとは言えませんが、もしケンちゃんと交尾させてくれたら……】


 ビリビリッ!


 途中から読むのも馬鹿らしくなり、苛立ちと共に手紙を破り捨てる。


 誰が喜ぶのか見当もつかない裸の写真に、哀愁をにじませた文章まで添えて送ってくるのだから本当に見るに堪えない。


「しかも今のは貴族であったな。ともなれば断るにも細心の注意を払わなきゃならん……まったく、面倒くさいなんて言葉じゃ足りんぞ!」


 こういった暴走を抑える為、吾輩はちゃんと交尾できる種族に条件を付けた。


 具体的には「出産可能なメスの人数が5名以下の種族のみ交尾可能」と魔新聞にしっかり記載した……のだが、それはそれで思わぬ事件の引き金となったのである。


 なんとこの条件を満たすため、魔界の至る所で種族同士の殺し合いが勃発。


 先日のルナの城で行われたバトルロワイヤルが微笑ましく思えるほどの大惨事が魔界を襲い、もはや崩壊寸前にまで追い込まれた。


 普段ガラガラの病院が満員になったところで、慌てて「先月までに確認された種族人数」と訂正してようやく事態は収まった。


「大変胃に来る数日であったな……」


 もう吾輩には魔界の住人の考えが理解できぬ。


 なぜすぐに殺し合いが始まるのか……奴らには常識という概念が欠けているのか?


「はぁ……もう嫌だ!」


 手元に積み上がる手紙をペラペラとめくりながら、そう思わずにはいられない。


「いっそ、婚約者探しの業務はルナたちに任せてしまおうか。吾輩は人間族との会合の準備に追われているしな」


 最悪なことに、かねてより危険視していた人間族との会合はもはや来週に迫っている。


 想定よりも大きく、そして大々的にケンちゃんの存在を世に示してしまった以上、もはや「知らぬ存ぜぬ」で逃れられる余地はない。


 一応、ケンちゃんがどれほど魔族が好きなのかをアピールする音声や、長考の末に練り上げた【保護するついでに種馬にするだけですよ~毎日交尾するだけで人道的に保護しますよ~】というシナリオを用意してはいる。


 客観的に見てもこちら側の主張の方が正当性はある……だが。


「それで貴重なオスを見逃せるかと問われれば、答えは“否”であろうな」


 オスを諦めるなんて選択肢は断じて存在しない。どれほど無理難題を課されようとも、ケンちゃんを奪うつもりだろう。


「交渉次第ではケンちゃんを手放す……そんな展開もあるやもしれぬ」


 ありえなくはない絶望の未来に悪寒が走る。


 ただ、もしケンちゃんを人間族に渡すことで、今後何年もオスを融資してくれるという提案があったなら、魔界の長としては従うのが正しい判断であろう。


 その方が、長期的に見ればその方が魔族の存続にも寄与する。


===================


「(マオウちゃん!いい子いい子ですね~)」


なでなで……


「(まじかで見ると……立派な角ですね。どうなってるんだろ)」


 サスサス……


===================



 だが、私個人としてはケンちゃんを手放したくない!


 本音を言えば、あんな施設で展示などという無粋な真似もせず、私のすぐそばで愛を囁いてほしい!


 交尾すらせず、仕事終わりに「頑張ったね」と優しくなでてもらえるだけでも最高だ。


 彼の存在を思い浮かべるたび、魔界の長という立場を忘れそうになるほど心がときめいてしまう。


「はは、これでは魔王失格だな……」


 私はもはやケンちゃん無しでは生きられない。オスであるとかそういう理由ではなく、ただ単純に彼を手放したくないのだ。


「ふっ……もしかすると、ケンちゃんを取るか魔界を取るかの選択を迫られる日が来るかもしれんな」


 それほどまでにケンちゃんは魅力的なのだ……だからこそ。


 そんな破滅的な事態を避けるためにも、魔界の頂点に君臨する吾輩が責務を全うせねばならん!


 ペラッ!


 覚悟を胸に気合を入れ、見ただけで気が遠くなるほど山積みの書類に手を伸ばす。


「ケンちゃんに危害を加えた者に対する処罰の引き上げ……承認」


 ぺタッ!


「新規独房の建設……承認」


 ぺタッ!


「暴力・暴行事件における刑期短縮、およびケンちゃん関連に関係のある暴力行為への刑罰軽減……承認」


 ぺタッ!


 ぺタッ!ぺタッ!


 ぺタッ!ぺタッ!ぺタッ!ぺタッ!ぺタッ!


「む……この手紙は」


 ケンちゃんの笑顔を思い浮かべながら黙々と作業を進めていると、書類の間から「クシナより」と書かれた手紙が顔をのぞかせる。


「あの施設からの手紙など久しぶりだな。少なくとも悪い知らせでなければよいのだが……」


 ペラ……


 心の奥底で、これ以上の厄介ごとが増えぬことを願いながら慎重に封を切る。


「これはまた無茶な要求であるな……いや、考えようによってはチャンスとも言えよう。メンタルを回復させることができれば、ケンちゃんの負担はかなり減る」


 これ自体は良い知らせではあるが、面倒であることには変わりない。


 しかし、これも最終的にはケンちゃんのためになる……ならばやらないわけにはいかぬ!


「大丈夫……まだ4徹目だ。承認」


 手紙に記された要望に承認の印を押す。


「ふ、ふふ。押してしまったな……」


 多忙な身でありながら印を押してしまった。


 これからしばらく睡眠もままならぬことが確定しているというのに、なぜか自然と笑みが浮かぶ。


「よし、とりあえずムカつくからアウラの刑期は倍にしてやるか……承認」



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