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第90話 愚かで盲目な統率者

【超朗報!ケンちゃんの交尾解禁!交尾相手となる種族は、個体数の少ない順から案内文を送りますので、くれぐれも無断で襲わないように!記念すべき最初の交尾相手・魔王様のインタビュー映画は来週公開予定!】


 ふざけた見出しを一面に載せた魔新聞。


 それ見た瞬間、胸の奥からこみ上げた怒りを抑えきれず、紙面をぐしゃりと握りつぶした。


『ついにか……クソ。間に合わなかったか』


 長い時間をかけて綿密に積み上げてきた計画が音を立てて崩れていく。


 まさか城を襲撃したあの決定的な瞬間にケンちゃんが不在だったとは……あの失敗さえなければ、今頃あの子を自由に生きれたはずなのに!


『いや……落ち着け。ここで焦れば、これまでの努力がすべて無駄になる』


 ポチ……


【(まるちゃんさ~ん。ボールを投げますけど……前みたいに破裂させないでくださいね?)】


【がう!】


【パンッ!!!】


 ボタンを押した瞬間、スクリーンには獣と楽しげに遊ぶケンちゃんが映し出される。

 

 癪ではあるが、ふにゃふにゃと喋るその様子は目を奪うほど可愛らしい。


『だがまだだ。まだイライラが収まらない……ならば、奥の手を使うしかないだろう』


 パリィ……ッ!


 厳重な金庫を開けて中から透明な袋を取り出す。それをゆっくりと裂き、あたかも神聖な儀式をするかのように開封していく。


『おほ~♡』


 表面に【ケンちゃんの靴下:1ヶ月前】と記載された袋に顔を突っ込んだ瞬間、脳に直接麻薬を流し込まれるような衝撃が走る。


『おほっ♡おほおほ♡』


 嫌悪感も疲労感も、一気に霧散し、代わりに甘い痺れと陶酔だけが全身を満たしていった。


『すぅ……はぁ……♡やはりこの匂いだ。オスという生き物がどれほど神秘的で尊い存在かを知らしめてくれる♡あぁやばいこれ飛ぶ』


 視覚と聴覚にはケンちゃん映画。

 

 味覚と嗅覚はケンちゃんの靴下。


 最後の触覚は、人肌に似せたケンちゃん人形をまさぐり、五感をすべてをケンちゃんで満たす。


 これほどまでの贅沢……私のような大金持ちでなければ到底味わえないだろう。


『守る……この尊き笑顔を絶対に守る!暴虐無人な魔王様なんてクソくらえ!この唇も、指先も、香りも……ぜーんぶ私が救済して味わい尽くす♡この世界で私だけが理解者なんだ♡』


 すぅ……はぁ……♡すぅ……はぁ……♡


 コンコン!


『なんだ!!!』


 楽しんでいたお楽しみタイムを扉の音に邪魔され、心の中で怒りが沸き上がる。


「ボス!そろそろ対ケンちゃん園の会議が始まりますので移動を」


『チッ……すぐイクから1分だけ待て!!!』



===================



「ボス!このままでは、また前任者と同じくケンちゃんが壊されてしまいます!」


「ボス!まだ間に合います!魔王城ではなくケンちゃん園にいるこの瞬間こそ、襲撃の絶好のタイミングです!」


「入口に垂れ幕を掲げるだけじゃ弱い。血に染まったケンちゃんの写真……いや、ケンちゃん人形を並べればみんな嫌でも目を覚ましてくれるはず!」


 会議が始まるや否や、幹部たちが互いに声を重ね合いながら、ケンちゃんをどう守るべきかと次々に提案を繰り出す。


 その言葉の端々には焦りや不安がにじみつつも、誰もが本気で彼を守ろうとする意志を宿していた。


 そのオスを大切にしたいという心意気は良い……が


『焦るな。今日新しいケンちゃん園を視察した者が証言している。あれは魔王城すら凌ぐ堅牢さだ。いくら金を積んで傭兵を集めたところで突破は出来ないだろう』


「ですがそれでは……」


『安心しろ。すでにもう一人の方には根回しを済ませ、了承も受けている』


「ほ、本当ですか!?」


『ああ、オス匂いがプンプンとしたから本当だよ』


 ケンちゃんの交尾が解禁される……それは我々にとって敗北を意味しているが、それと同時に絶好の好機でもあった。


 なんせ、これまで私たちの誘いを無視して返事すらしなかったあの方が、ケンちゃんの交尾解禁を知った途端自ら進んで我々の作戦に乗ってきたのだ。

 この展開が、いかに大きな転機であるかは言うまでもない。


 ふふふ……あの方からの協力を受けた時点で、どんな頑丈な警備も意味をなさない。魔王様もまさか内側から破られるとは夢にも思っていないだろう。


『そういうわけだ。ここで焦って行動すればどちらも救えなくなる。ケンちゃんが罠にかかるまでは、これまで通り闇市で稼ぎながら待つしかない』


「しかしボス。ケンちゃんグッズは魔王様が正規販売を始めたため需要は落ちています。前回の襲撃で手に入れた下着などのプレミア品はありますが、数に限りがあるためすぐに底をつくでしょう」


『そうか。なら―――――』


「え、それってマジやばくね?私たち、たくさん儲かるって聞いて解放戦線に入ったのにグッズが売れないなんて入った意味ないじゃん!も~~、せっかくお金持ちになれるチャンスだったのに!!」


『…………は?』


 初めて見る明らかに頭が悪そうな女から出た言葉に今日一番の怒りが湧き上がる。


 グイッ!


『お前は今なんて言った?ケンちゃん……オスで儲けるだと!?神聖なオスを使って大金持ちになるだと!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!』


「ちょ……なんで怒ってんの!?あんたたちだって、ケンちゃんのグッズを売りさばいて金儲けしてたじゃない!」


『黙れ!私たち違う!私はオスの救済をするために金儲けをしている!自分の私腹を肥やし、その権力でオスと交尾した魔王とは違う!オスを救う為に戦っているのだ……!それを貴様は!』


 机の上に立ち上がり、不届き者の胸ぐらを容赦なくつかむ。


 ケンちゃんの映像を見れば嫌でもわかる……あの子の瞳は恐怖と寂しさに満ちていた!


 可哀想に……きっと今すぐあの場から逃げ出して元々いた場所に帰りたいのだろう。


 本当なら今すぐにでも抗議してケンちゃんを解放させてあげたい……だが、魔王という圧倒的な力の前で逃げられないのが現実。


 だから私は自分の心を犠牲にしてまで、財という力でケンちゃんを解き放とうと必死にグッズを売っているのに……それをこいつは……こいつはぁぁぁぁ!


『許さない!!!!!』


「ボス……もう離してあげてください。気絶してます」


 気づけば不届き者はぐったりと倒れ、机の上は赤く染まっていた。


 チッ……職人に特注したお気に入りの一品なのに、汚れてしまうとは実にもったいない。


「こいつは滞納者どもと同じ工場で働かせろ。そうすれば、自分がどれほど愚かなことを口にしたか身をもって理解するだろう」


 運び込まれる不届き者を冷ややかに見下ろしながら、紅茶(ケンちゃんの髪の毛入り)を口に含む。


 なぜこうも、魔界の住民は自分勝手で私利私欲にまみれているのだ!こんな愚か者たちに神聖なオスが振り回されるなんて我慢ならない!


 オスを取り巻く状況を思えば思うほど、胸の奥で苛立ちと焦りが渦を巻いていく。


『絶対に助け出してやるからもう少し待つのだぞ。ケンちゃん……クシナ!』




===================



第3章『交尾解禁!運命のバトルロワイヤル!!』 完


次回 第4章『オスは私たちの種馬になればいいんだよ!』 


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