第9話 お外は危険がいっぱい!
ガヤガヤガヤガヤ……
「あれ……ここどこだ?」
ふわふわの毛布に包まれて目を覚ますと、そこはなぜか檻の中だった。
檻の周りには大きな布が被せられていて外の様子はわからない。ただ、床下から響くゴトゴトという振動と揺れで、僕が今まさにどこかへ運ばれていることだけはわかった。
『(ううう腰が痛いのじゃ……)』
「(ルナ様。この繁華街を抜けたら魔王城です。あと少しですので我慢してください)」
布の向こうから聞こえてくるのは、昨日耳にした女性の声が二つ。
現状を把握ようと耳を傾けるが、相変わらず何を言っているのかさっぱりわからない。
「言語が違うとか終わってるでしょ……」
どうしようもないのでいずれ異世界語を学ぶしかないのだろうけど、今は愚痴ぐらい言わせてほしい。教科書すらないこの状況でなにをどう学べばいいんだよ!
こんな状況になって初めて思うけど、大昔に日本へやってきた外国人たちがどうやって言葉の壁を越えていたのかと不思議で仕方ない。
きっとコミュニケーションエラーが頻発してたんだろうなぁ。
「ていうか、監禁するのはなのは分かるけど……なんでこんな頑丈な檻なんだろう。 脱走防止とか?」
まるでライオンの檻のような極太の鉄格子が四方を取り囲む状況に違和感を覚える。
まさかこのまま奴隷として売られるなんてことないよな?
いや、ここはファンタジー異世界なのだから人身売買があってもおかしくない。
「ならこの流れはまずいかも……僕にはたぶん転移特典とかで無限の魔力があるはず。もしそれが世間にバレてしまったら、僕を狙って国を揺るがすほどのひと悶着が起きてしまう!」
そう未だに諦めきれないチート能力について妄想をしていると――
「あれ……なんか良い匂いがする」
焼き肉のような香ばしい匂いが漂ってきて、思わず思考がそちらに引きづりこまれる。
そういえば昨日食べたものは、全部リバースしたんだった……
もうしばらく肉はいいやと思っていたけど、こうも香ばしい匂いを嗅がされるとやっぱり食べたくなってしまう。
「お腹すいたな。でもこの世界の肉って微妙なんだよなぁ……」
昨日食べた肉そのものは驚くほど柔らかく、噛めば噛むほど旨みがにじみ出る文句の付けようがない良質な肉だった。
だが、肝心の味付けが皆無なのはいただけない。美味しくはあるがさすがにあれでは飽きてしまう。
【昔、胡椒が黄金と同等の価値を持っていたって話だし、この世界でも香辛料はかなり貴重なのかも……」
調味料がない世界……普通にきつすぎない?
「ああもう!言語さえ理解できれば異世界転生名物のマヨネーズを発明して流行らせてやるのに!」
まあ、残念ながらマヨネーズの詳しい作り方は知らないんだけどね。
ガチャ……
『(おお~ふにゃふにゃしたかわいい声が聞こえると思ったら起きておったか。大丈夫か?具合悪くないかのう?)』
「もしよろしければ、ご飯を食べさせてくれませんでしょうか?」
美味しくなくても構わない。
とにかく何か胃に入れたい。
「(ふふふ、相変わらずかわいいのう)」
そう思って頭を下げて頼んでみたものの、相手の反応は薄い。
ぐぬぬ……言葉が通じないこの状況で、お腹が空いたことをどう伝えればいいんだ……
「ぐ~~~~!!!」
そんな時、あまりの空腹に限界を迎えたのか僕のお腹が大きな声を発する。
「(ルナ様。どうやらこの子はお腹が空いているようです。思えば朝から何も食べさせておませんし、ここは遅めのお昼休憩としましょうか)」
『(うむ、なら近くに出店があるようだし、この子が食べれそうな物をもらってくるかのう。実はさっきからあそこの串焼きが気になっておったのじゃ)』
僕のお腹が鳴ったのを聞いた二人は、顔を見合わせたあとどこかへ行ってしまった。
もしかして、食べ物でも持ってきてくれるのだろうか?
もしそうなら嬉しいが、異世界で始めて成功したコミュニケーションが「腹の虫の音」ってのはなんか嫌だな。
ガン!
「うわ!びっくりした……」
「(ねぇねぇ!君なんで檻の中にいるの?なにか悪いことでもしたの?)」
音のする方に目を向けると、布の隙間から小さな色白の少女がひょっこりと顔を覗かせていた。
特徴的な獣耳がない為人間かと思ったが、よく見ると口の中に黒髪の女性とはまた違うタイプの牙が生えている。
「上の歯2つだけ異様に尖ってる………相変わらず不思議だ」
「(ふにゃふにゃ言ってておもしろ~い。そうだ!これ食べる?)」
和やかに笑う少女は、肉の刺さった串を両手に握っており、そのうちの一本を檻の外から必死に腕を伸ばして渡そうとしている。
そんな彼女の健気な姿に胸が温かくなるのと同時に、僕の食欲が限界を迎えた。
「いただきます!」
もぐもぐ……
「うまい……何の肉かわからないけど濃い味付けが最高にうまい。昨日食べた肉より嚙み切れないしぱさぱさしてるけど、体がこれを求めていたの実感できる」
もぐもぐ……
「あ、ありがてぇ……犯罪的だぁ」
やばい……
あまりの美味さで涙が出てきた……
謎の病気で入院して以来、ずっと味気ない病院食ばかりでこんなにも塩っ辛いものを食べるのは何年ぶりだろうか……これを食べれるだけで異世界に来てよかった。
きっと僕はこれを食べるためにこの世界に来たんだ。
「(はぁ……♡はぁ……♡。なんかこの子見てると体が熱くなる……)」
じゅるり……
「(ねぇ、もっとこれが食べたいなら私についてきてよ?毎日好きなだけ食べさせてあげるよ♡)」
謎の少女が手招きをしているが残念ながら僕はこの檻の中にいるため出ることができない。
ぐ……もっとこのお肉を食べたいのに後一切れしかない!くそぉ!
「(少し首をこっちに出してくれるだけでいいの。そしたら君は私の眷属になって、一生私と一緒にいられるから………まぁ、その代償として私の命令には絶対服従の呪いもかけちゃうけどね♡)」
肉を平らげたばかりの僕はまだ腹が減っていて、まるで猫じゃらしのように目の前で串を左右に振る少女の姿に魅了される。
「食べてもいい?」
そして串の動きに引き寄せられるように、気づけば檻の端まで体を寄せ、無意識に肉の串に手を伸ばしていた。
「(そうそう、えらいえらい♡きっとお母様も君のことを心から歓迎してくれるよ。それじゃあ眷属の証として、あなたの血をいただきま~す♡)」
ガシッ!
『(こら!貴様なにをしている!この布の中は生きる18禁がいるのじゃから子供は近寄ってはいかん!見るだけ………いや、匂いを嗅ぐだけでメスを自覚してしまからな。わかったらあっちにいくのじゃ!)』
「(いや!私が最初にこの子を見つけたの!餌付けもしたし、死ぬまでペットにするって決めたんだから!)」
『(ごちゃごちゃうるさいのう……まて、貴様その牙……さてはヴァンパイア種じゃな!ラミィこの子を早く遠くに連れてゆけ!ヴァンパイアは魔力の弱い魔物の血を吸うことでその者を眷属にする危険な種族じゃ!)』
「(かしこまりました。ほらあっちに行きますよ)」
「(ちょっと!この尻尾を離して!私は高貴な貴族なんだから!絶対に!ゼッタイニアキラメテヤラナインダカラァ……)」
何故かはよくわからないが、僕にお肉を恵んでくれた親切な子が、何の前触れもなく連れていかれてしまった。
次に会った時までには言葉を覚えて、串焼きのお礼を伝えられたらいいな。
『(まったく……魔王城付近は多種多様な種族がいて油断ならんのう)』
「お、あの子が持ってたお肉の串が一本落ちてる。しかも汚れてない!ラッキー」
もぐもぐ……
『(な!そのお肉を食べるでない!魔界の香辛料は人間族に悪影響があるかもしれないのじゃぞ!こっちの何も付いてない方を食べるのじゃ!)』
ぺち!
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐ!」
僕は見るからに美味しくなさそうな肉の串をはたきおとし、依然として香辛料たっぷりのお肉を貪り食べる。
「うま〜い!」
「(メ!今すぐそのお肉を口から離すのじゃ!こら!そっぽ向いて檻の奥へいくんでない!も~う………言うこと聞かないとルナ怒っちゃうよ!)」
結局、健斗の可愛さに心を奪われてしまったルナは怒ることが出来ず、満足そうに食べるのをただただ見ることしかできなかった。




