離反
あるいは、それほど長い時間ではなかったのかもしれない。
だが、いつ終わるとも知れなかった重苦しい沈黙が、ウーゴの声によって再び破られた。
「……槍兵部隊、騎馬隊、迅速に道を開けよ。城門を開くぞ」
その言葉に、帝国兵たちが、どよめいた。
彼らにとって、ウーゴの命令が想定の範囲外であろうことは明らかだった。
「いいか、我々は何も見ていない。つまり、敵は存在しない。ゆえに攻撃してはならん。命令に背いた者は、俺が直々に首を刎ねてやるから、そう思え」
ウーゴの言葉は、ロデリックにとっても思いがけないものだ。
「お父さん、これって、通してくれるということよね?」
アンネリーゼが、明るい表情でロデリックを振り返る。
「ああ……そのようだな」
目の前の光景を半ば信じられない思いで、ロデリックは頷いた。
そうしているうちにも、城門が重たい音を立てて開き、目の前の槍兵部隊と騎馬隊が、きびきびとした動きで中央から左右に分かれ、道を作った。
「警備隊の皆さんが、道を開けてくださいました! 前進しましょう!」
後方のフィリップたちに向けて、アンネリーゼは拡声魔導具で呼びかけた。
「お父さん、行こう。あの司令官の人、嘘をついたりしなさそうだよ」
アンネリーゼに促されたロデリックは、馬の腹を軽く蹴り、ゆっくりと前進し始めた。
――もし、騙し討ちされたら……大きな鳥にでも変身すれば、アンネリーゼ一人くらいは連れて離脱できるだろう。
まるで出迎えるかのように道の両脇に並ぶ帝国兵の間を、アンネリーゼを同乗させたロデリックの馬と、騎馬で護衛するシャルルやバルドが、粛々と進んでいく。
解放軍も、彼らに続いて動き出した。
「ウーゴは石頭だが、真っすぐな気性の男です。背後を突かれるようなこともないでしょう」
ロデリックたちの横についたバルドが言った。
「すごい……アンネリーゼ、いやステラ姫の名が、これほどの効果を現わすなんて」
シャルルも、周囲を警戒しつつ呟いた。
「私一人では、駄目だったかもしれないわ。バルドさんがお話してくれたお陰よ」
アンネリーゼにそう言われ、バルドが照れ臭そうな顔をした。
「それに、お父さんが傍にいてくれるから怖くなかった。一人だったら、あんなふうに話せなかったと思う」
小さく息をついて、アンネリーゼはロデリックに寄りかかった。
「頑張ったな。偉いぞ、アンネリーゼ」
ロデリックが労うと、アンネリーゼは彼の顔を見て、少し得意そうな表情を見せた。
やがて、解放軍の全員がオーロールの国境を越えた。
バルドの言ったとおり、警備隊が背後を突いてくることもなく、解放軍は目的地である港湾都市へと歩みを進めた。
アンネリーゼも馬車に戻り、行軍を続けていると、後方の部隊からの伝令が馬で駆け付けた。
「報告します! 先ほどの国境警備隊の一部と見られる兵たちが、我々を追ってきているようです!」
「何だって? だが、それほどの数でなければ、何とかなりそうだな」
報告を受けたフィリップが厳しい表情を浮かべると、周囲に緊張が走る。
状況を確認しようと後方を振り向いたロデリックの目が、解放軍を追ってくるように走る十騎ほどの騎馬兵と、更に後方の数十人はいると思しき歩兵たちの姿を捉えた。
よく見れば、先頭の騎馬兵はその手に白い旗を掲げている。
白い旗は、降伏もしくは敵意のないことを表すものであると、ロデリックは「コンラート」の知識から思い出した。
「彼らに戦意はないようだ。白旗を掲げている」
「ここから見えるのか? あんた、目がいいんだな」
ロデリックの言葉に、バルドが驚きの声を上げる。
「もしかして、解放軍に合流したいのでは。兄上、迎え入れてやりましょう」
「そうだな。一旦、行軍を停止するよう伝えろ」
シャルルの進言を受け、フィリップが伝令に命じた。
解放軍が歩みを止め、少し経った頃、帝国兵たちが追い付いてきた。
「彼らは、ステラ姫様とお話がしたいと申しておりますが、如何いたしましょう」
伝令からの言葉を伝えられたアンネリーゼは、即座に承諾し、馬車から降りた。
帝国兵たちの代表は、アンネリーゼの下に案内されると、彼女の前に跪いた。
「我々も、ステラ姫様率いる解放軍へ参加したく存じます。何とぞ、末席へ加えていただければと」
「ありがとうございます。お力を貸していただけること、感謝します。共に、頑張りましょう」
アンネリーゼが言うと、若い騎馬兵は顔を赤らめた。
「私はフォルトゥナ帝国出身ですが、国境部隊にいたオーロール出身者は、全員が解放軍への参加を希望しております」
「そうか、だが、よくぞ軍を抜けてこられたものだな」
フィリップの言葉を聞いて、騎馬兵は真顔に戻った。
「指揮官のウーゴ様が、解放軍に参加したい者は止めぬと仰って……ご自身は国境を離れる訳にはいかないということで、我々に、ステラ様をお守りするようにと」
「ああ、ウーゴらしいな。だが、帝国に表立って離反したとあれば、ただでは済むまい。どうにか本人も逃れて欲しいところだが」
バルドが、寂しげに言った。
国境警備隊から解放軍に加わった兵は、帝国出身者とオーロールから徴兵された者たちを合わせると、最終的には三百人近い数になった。
オーロール出身者たちは、故国に帰還したフィリップとシャルルの姿を見て、歓声を上げている。
「皆、よくぞ今まで耐えてくれた。一日も早く、我らがオーロールを解放できるよう、力を貸してほしい」
自国民たちに呼びかけるフィリップの笑顔は、ロデリックから見ても、心からのもののように思えた。




