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浮かび上がる未来

 この日、ティエト学院では魔法科や武術科など上級科の卒業式が執り行われていた。

 広い講堂には卒業生と在校生、講師、それに生徒の父兄たちが整然と着席し、厳かな空気が満ちている。 


「次は、卒業生代表の挨拶です。アンネリーゼ・ヴァイス、前へ」


 在校生の送辞に続いて、アンネリーゼの名が呼ばれた。その制服姿の胸には、最優秀の成績を収めたことを示すメダルが輝いている。

 壇上に立ったアンネリーゼは原稿を手にしていなかった。しかし、彼女は抑揚のある声で身振りを(まじ)えながら淀みなく語り、その場にいる全員を感心させた。

 講師の席に座るロデリックは、十六歳になった娘の晴れ姿を目にして、誇らしさで一杯になっていた。


「さすが、最優秀生徒だけあるな」


 割れんばかりの拍手が講堂を震わせる中、ロデリックの隣に座っている講師のトビアスが囁いた。


「ああ、自慢の娘だよ」

 

 言って、ロデリックは微笑んだ。


「あんた、自分が褒められると謙遜してばかりなのに、娘さんについては全く謙遜しないよな」

「謙遜などしようがないというだけだ」

「そうだな、親というのは、それくらいでいいのかもしれないな」


 堂々としているロデリックを見て、トビアスが、くすりと笑った。

 式が滞りなく行われたあと、卒業生と父兄、講師たちは謝恩会の行われる校舎へと移動した。


 幾つかの部屋の仕切りを外して作られた宴会場には、立食形式で様々な料理が用意されている。

 華やかに飾り付けられた空間で、卒業生も大人たちも、料理や飲み物を楽しみながら、思い出話に花を咲かせた。


「あ、いたいた、お父さん!」


 ロデリックがアンネリーゼの姿を探していると、先に彼女のほうから声をかけられた。


「ああ、そこにいたのか」

「お父さんは背が高い方だから、遠くからでも分かりやすいね」

「そうか? ……卒業生代表の挨拶、立派だったぞ」

「実は、緊張して舌を噛みそうになっちゃったの」


 飲み物を手にしたアンネリーゼが、そう言って笑った。

 その傍らには、シャルルの姿もある。


「シャルルも、卒業おめでとう」


 当然のごとくアンネリーゼの傍に立つ彼を見て複雑な気持ちになりつつも、ロデリックは挨拶した。


「ありがとうございます。先生には、お世話になりました」

「君も、ティエト学院の系列大学に進むのだったな」

「はい、政治経済学部へ」


「私は魔法学部だけど、大学は同じよね」


 アンネリーゼが言うと、シャルルは照れた様子を見せながら、彼女と微笑み合った。

 

「やあ、ロデリック殿、アンネリーゼくんの卒業、おめでとう」


 そこへ、飲み物のグラスを手にしたエルッキが、恰幅のいい五十がらみの男を伴って現れた。


「エルッキ理事長、ありがとうございます。あなたのお陰で、娘も、ここまで成長することができました」

「そう堅苦しくしないでくださいよ。我々の仲じゃありませんか」


 (かしこ)まって礼を言うロデリックの肩を、エルッキは軽く叩いた。


「シャルル、ここにいたのか」


 エルッキと一緒に来た男も、口を開いた。

 シャルルの父、ウジェーヌ・ボウ――ロデリックも、シャルルの担任として何度か会ったことのある人物だ。彼もまたコティを拠点とする裕福な商人で、エルッキとも親しいらしい。


――正確には、フィリップとシャルル兄弟の養父か。兄弟は両親を亡くし、遠縁だというウジェーヌ殿に引き取られたと聞いているが……フィリップは、魔法科を卒業してから大学の政治経済学部へ進んだのだったな。


「これは、ロデリック先生。息子が大変お世話になりました」


 ウジェーヌが、温和な笑顔で言った。


「時に、シャルルは先生のお嬢さん――アンネリーゼ嬢と親しくさせていただいているようですが」


 挨拶しようと思ったロデリックは、思わぬウジェーヌの言葉に思考が停止した。


「お嬢さんは総合成績で見事に主席になられた……しかも、飛び級して同級生たちよりも年下だというのに。立派なものですな。息子には勿体ないくらいですよ」


 ウジェーヌの言葉は真っすぐなもので、ロデリックにも何らかの含みがあるようには聞こえなかった。


――しかし、聞きようによっては、アンネリーゼとシャルルが、ある程度の関係にあるようにも受け取れてしまう……


「もしよろしければ、近いうちに、お嬢さんと二人で我が家へいらしていただけませんか。先のことも考えたいですし」

「ち、父上、僕は、まだ彼女とは、そこまでの関係では……」


 機嫌よく話すウジェーヌの袖を、シャルルが顔を赤らめながら引っ張った。


「だが、いずれ、そうなりたいと思っているのだろう? こういうことは、早いうちに、きちんとしておいた方がいい。そう思いませんか、ロデリック先生」


 ウジェーヌの言葉を何とか咀嚼して飲み込み、ロデリックはアンネリーゼを見た。

 彼女も、そこまでは考えていなかったのであろう、大きな目を更に見開き、耳まで赤くなりながら、両手で口元を押さえている。


――たしかに「きちんとしておく」のは大事なことだ。結論を先延ばしして引きずるくらいであれば、早めに事態を見極めたほうがいいだろう。これは敵情視察とも言える。


「そうですね」


 止まりかけた思考を全速力で回し、ロデリックは答えた。


「ご都合の良さそうな時に、娘共々(ともども)伺いたいと思います」

「そうですか。では、後ほど日程を調整するのに連絡を差し上げますので」


 ロデリックの返答に満足したのか、ウジェーヌは深く頷いた。



 謝恩会も無事終了し、ロデリックはアンネリーゼと共に宿舎へと戻った。

 アンネリーゼは大学進学により新たな学生寮へ移る予定だったが、授業が始まる直前まで、ロデリックと過ごすことにしたのだ。

 礼服から普段着に着替え、ロデリックはアンネリーゼと自分の為に茶を淹れた。


「今日は疲れただろう。しばらく、ゆっくりするといい」


 居間のテーブルに着いて何か考え事をしている様子の娘に、ロデリックは茶を注いだカップを差し出した。


「ありがとう、お父さん」


 アンネリーゼは、はっとした顔でカップを受け取った。

 ロデリックも、彼女と向き合ってテーブルに着いた。

 少しの沈黙のあと、ロデリックは重い口を開いた。


「シャルルのことだが……お前は、どう思っているんだ? 時々、一緒に出掛けたりしているようだから、親しくしているとは思っていたが」


 途端に、アンネリーゼは頬を染め、恥ずかしそうに瞬きをした。


「……一緒にいて楽しいし、優しくていい人だと思ってるわ。私が知らないことを色々知っていて、でも、威張ったりしないし……お父さんも、よく知っているでしょう?」

「そうだな。彼は優秀だし人望もある。礼儀正しいし、申し分ない青年だと、俺も思う」


――アンネリーゼに好かれているという点を除けば、だが。


 喉まで出かかった言葉を、ロデリックは飲み込んだ。


「お父さん、シャルルのお父様は、どういうつもりで私たちを招待したのかしら」


 アンネリーゼが、不安げにロデリックを見つめた。


「もしかして、シャルルと付き合うなって言われたりするのかな。ボウ家は立派なお(うち)だから……」

「それは、ないだろう。ボウ殿も、お前に対しては好印象のようだったし、きちんとした家だから、早めに色々と準備したいのかもしれないじゃないか」

「そう、だといいけど」


 これまでは、おそらくぼんやり夢想していただけであろうシャルルとの未来が、急に具体性を帯びて、アンネリーゼは不安になったのだ――ロデリックは、赤子をあやすように、アンネリーゼを慰めた。


 数日後、互いに都合の良い日を選び、ロデリックとアンネリーゼは、自治都市コティの中にあるボウ家の屋敷へ向かうことになった。

 ボウ家から、馬車が学院の入り口まで迎えに来るという待遇に、ロデリックは驚いた。


「私、変じゃないかな」


 とっておきのドレスをまとい、薄らと化粧を施したアンネリーゼが、緊張の面持ちで言った。


「何を言っている。お前より美しい女性などいないさ」


 やはり、よそ行きの服を着たロデリックは、そう言って笑った。

 父の言葉に安堵の表情を浮かべ、アンネリーゼはロデリックと共に馬車へと乗り込んだ。

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