第9話 焼き立てパンの夜更かしパーティー
「ガルーもパン大好きだから、楽しみですよね!」
そう言って後ろにいるガルーの方を振り返ると……ガルーの大きな体が子どもたちの遊び場にされていた!
「他者からの感謝は素直に受け取れ――いつかグラストロがそんなことを言っていたか」
遠くを見つめながら、昔を懐かしむようにガルーは言う。
その間にも子どもたちはガルーの背中によじ登ったり、しっぽをもふもふしたりしている!
「おっきいワンちゃんカッコいいー!」
「おけけがふわふわしてて気持ちいい~」
「みんなも頭まで登って来いよ! 小麦畑まで見渡せるよ!」
子どもたちに大きな体が怖がられるどころか、遊びごたえが増したとした思われていないみたい。
自分の本来の姿を受け入れてもらえて嬉しいのか、ガルーも子どもたちを遠ざけようとしない。
しばらく子どもたちに遊ばれるガルーを眺めていると、村中から香ばしい匂いが漂ってきた!
その匂いだけでもう私のお腹はぐぅぐぅと鳴り続ける……!
「お待たせしました! まずはフラウ村自慢の小麦本来の味を楽しめる、シンプルなロールパンからどうぞ!」
村の人が駆け足で運んできてくれたのは、大きなバスケットにどっさりと入ったロールパン!
淡い焦げ茶色の表面に、私の手のひらくらいの小ぶりなサイズ感だ。
具材が乗せられたり、挟まれたりはしていないそのままの姿。
香り立つ小麦とバターの匂いは、まるで「俺たちだけで十分だ」と言っているみたい~!
「あ……ああ……っ!」
いろんなことがあって大変だった今日、初めて目にする食べ物!
その神々しいまでの姿に、思わず体が固まってしまう。
食べたくて仕方ない、食べた過ぎて食べ方を忘れてしまったみたいな……!
「うおーっ! 焼き立てのパンが来たー!」
「そういえば、まだ晩御飯食べないや!」
「いい匂い……! いただきま~す!」
ガルーで遊んでいた子どもたちが、パンの匂いに釣られて集まってくる。
そして、私が手を付けられずにいたロールパンをパクパクと食べ始めた。
「う~ん! 美味し~い!」
「やっぱりうちの村のパンは王国最強だぁ!」
「お姉ちゃんは食べないの? 美味しいよ!」
私よりも小さい女の子が、ロールパンを私の手に持たせる。
焼き立てパンの熱が両手から伝わり……私の食欲を正気に戻す!!
「ありがとう! いただきます!」
人前だからって気にしない!
大きな口を開けて、女の子から受け取ったパンにかじりつく!
「…………ッ!! もぐもぐもぐもぐもぐもぐ!!」
あっという間にパンを口に詰め込み、バスケットから次のパンを取り出す!
香ばしくて、柔らかくて、ほんのりとした生地の甘みとバターの塩味で口がいっぱいに……いや、頭の中までいっぱいになる!
このままお腹もいっぱいにしてやるぞと本能が叫んでいるっ!
「お姉ちゃん、うちの村のパン……美味しい?」
子どもたちが少しそわそわしながら聞いてくる。
答えはもちろん……!
「美味しいっ! 今まで食べたパンの中でいっちばん!」
そう答えると、子どもたちはパーッと笑顔になった。
この子たちもきっと自分の村の小麦に誇りを持っているんだ。
その笑顔を見ながら再びパンを口に運ぶ!
「セフィラ様、ミルクなどいかがですか? 紅茶やコーヒーもご用意出来ますよ?」
ゴルドンさんが少し心配そうに言った。
私があまりにガツガツ食べるから、喉を詰まらせるんじゃないかと思われたのかも……。
「い、いただきます……ミルクを!」
少し落ち着こう……。
目の前に並べられていくつものテーブルには、いろんな種類のパンが置かれていた。
集まってきた村の人たちも、私が食べ始めるのを合図にパンを食べ始めている。
アンデッド撃退を祝う夜のパンパーティーは始まったばかり。
いろんなパンを楽しみたい……と考えながら、とりあえず一旦最後のロールパンを口に入れる。
う~ん、何個食べても変わらない……シンプルなのに深すぎるおいしさ!
「ガルーも食べてますか~? 美味しいですよねっ!」
そう言って後ろにいるガルーの方を振り返ると……子どもたちからパンを貰っているところだった。
でも、子どもたちはなんだか悲しそうな顔をしているみたい?
「ワンちゃん……こんな小さいパンじゃお腹いっぱいにならないよね……?」
子どもたちが抱えているのは、十字の切れ目が入ったボールみたいなパン!
それに長い長いバゲットを綺麗なバケツに何本も入れている。
普通の人ならあれだけ食べればお腹いっぱいになるというか、食べきれないと思う量だ……!
でも、ガルーの体の大きさを見れば、これでも足りないと思うのも無理はないよね。
「心配しなくていい。これだけ食べれば体を維持するだけのエネルギーを得られる。確かに我の体は大きく、たくさん食べようと思えば人間の何倍も食べられる。だが、食べ物から栄養を得る能力も優れているから、普通の人間の食事と変わらない量でも、十分に必要な栄養を摂取することが出来るのだ」
ガルー的にはわかりやすく説明したつもりなんだろうけど、私よりも小さい子どもたちにはその意味があまり伝わらなかったみたい……。
子どもたちは困ったような顔のまま、立ち尽くしている。
助け舟を出した方がいいかな……?
そう思って立ち上がろうとした時、ガルーが大きな口を開けて子どもたちへ顔を近づける。
「と、とにかく……だ! その美味そうなパンを早く食べさせてくれ……!」
子どもたちは言われた通り、ガルーの舌の上にパンを置く。
持ってきたパンを全部置き終えたところで、ぱくっと大きな口は閉じられた。
「……お、おおおおおおっ!! うっ、美味い! このパンはとっても美味いぞ~! もっと我に食べさせてくれ、子どもたちよ! そうすればお腹いっぱいになると思う!」
しっぽの周りに誰もいないことを確認して、ガルーは嬉しそうにしっぽを振る。
その気持ちは子どもたちに伝わったみたい。
「じゃあ、もっとパンを焼いて持ってくる!」
「ワンちゃん、たくさん食べてね!」
「僕たちもお手伝いしてくるぞ~!」
笑顔の子どもたちはあっちこっちへと走り出した。
その後、ガルーは「ふぅぅぅ……!」と息を吐いた。
「ガルーは優しいですね! いつも思ってるけど、今日もまた再確認しちゃいました!」
「まあ……もっとパンを食べさせたいと、子どもたちの顔に書いてあったからな。せっかくの気持ちを無下にするほど冷酷なら、もとより神獣を名乗って人のために戦わぬ。ただ……」
「ただ……何ですか?」
「この村の者たちがこれから食べていく小麦まで使ってしまわないか、それだけが心配だな」
……やっぱりガルーはどこまでも優しい子だ。
また一緒の時間を過ごすことが出来て、私はとっても幸せだ!
村の人たちの小麦まで食べつくしはしないけど、ガルーと一緒にもっといろんなパンを楽しもう。
夜空の下のパンパーティーは始まったばっかりだもん!