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第5話 黒柴犬と小麦畑の村

「やって来ました、フラウ村!」


 ルンルン気分のガルーと歩くこと数分――。

 大小様々な木の家が立ち並ぶ、フラウ村に到着した!


 小麦を王国各地に売っているこの村は、それだけお金が儲かるみたい。

 だから、裕福な人たちが住む大きな家も建っているんだ。


 他者の腹を満たすために働く者が()むのはよいことだ――と昔ガルーが言っていたのを覚えている。


 でも、今のフラウ村で一番気になるのは……ボロボロの家がところどころにあることだ!

 小さな家は完全に崩壊しているものもあって、大きな家も崩れてはいないけど無傷じゃない。


 それにまだ夕方なのに、外を歩いている人がいない!?

 畑仕事を終えた人が家に帰る時間なのに……!


「ど、どうしてこんなことに……? 村の人たちはどこへ……!」


「落ち着くのだ、セフィラ。村人たちは破壊されていない建物の中に隠れているようだ」


 ガルーはくんくんと鼻を小刻みに動かして、村に流れる空気の匂いを嗅ぎ分ける。

 人間の何百倍も鼻がいいガルーなら、匂いを嗅ぐだけで人の位置を特定することが出来る。


「たくさんの人間の匂いがする。多少血の匂いも混じっているが、それ以上に気になるのは……」


「おいっ! 君たちはそこで何をしているんだ!?」


 ガルーが頭をあちこちに動かして考え事をしている時だった。

 近くの大きな家から、いかにもお金持ちっぽい体格のいいおじさんが出てきて、私たちに大声で話しかけてきた。


「あっ、えっと、怪しい者ではありませんよ! 私たちは旅の者で……」


「旅の者って……君とその犬だけで旅をしているのかい?」


「あうぅ……そうです……。1人と1頭で旅を……」


 しまった……!

 ガルーが黒柴の姿になれば恐れられることはないけど、代わりに子どもと犬だけで旅をしているいかにも訳ありのコンビが生まれてしまった!

 こんなの珍し過ぎて声をかけられるに決まってるよっ!


 上手い言い訳が思いつかず立ち尽くしていると、おじさんが赤い夕陽に染まった空を見上げて顔色を変えた。


「マズい……! もうすぐ日没だ! いろいろと事情はありそうだが、とりあえず私の家の中に避難してもらうよ!」


「え……はいっ!」 


 思わず返事をしてしまった後にガルーの方を見る。

 ガルーは「問題ない」と小さな声でつぶやいた。


「どちらにしろ、村人から話を聞かねばなるまい……。まあ、我は大体の事情を把握したがな」


「えっ……! 流石ガルーです……!」


 ガルーとぶつぶつ小さな声で話しながら、おじさんの家の広い庭を通る。 

 その途中、おじさんが話しかけてきた。


「小さな旅人さんたち。なぜフラウ村がこんなことになっているのか、気になっているだろう?」


「はい! 気になっています! ぜひ事情をお聞かせください。私たちが力になれるかも……!」


 私の言葉を聞いて、おじさんは豪快に笑った。


「そうかい、そうかい! それはありがたい話だ! いやはや、本当に猫の手も借りたい状況でね……。その言葉だけでも、救われる思いだよ」


 おじさんは私たちが力になれるとは思っていないようだ。

 まあ、それは当然か……。

 いきなり現れた子どもと犬に期待する方がおかしいもん。


「さあ、どうぞ入って」


 おじさんが玄関のドアを開け、私たちを家の中へ招く。

 中に入って真っ先に目に入ったのは、私よりも数歳幼そうな子どもたちの集まりだった。

 きっと自分たちの家を壊されたから、この大きなおじさんの家に避難してきたんだ。


 でも、子どもたちの目は恐怖に怯えるどころか、キラキラと輝いていて……?


「ワッ、ワンちゃんだ~!!」

「黒い柴犬ちゃんだ~!!」

「めちゃくちゃかわいい~!」


 子どもたちの集団が一斉にガルーを取り囲み、その全身をなでなでし始めた……!

 そして「もふもふ~!」「あったか~い!」「お日様の匂い~!」と素直な感想を言う!


「お、おいっ……あ、ワン……! ワゥゥゥ……!」


 今の姿で人の言葉を使うのはマズいと思ったガルーが、普通の犬の鳴きマネをする。

 子どもたちを振り払って逃げるわけにもいかず、私に助けを求める視線を送ってきた。


「あの~、このワンちゃんと私は今からこのおじさんと大事な話をしなくちゃならないの。だから、遊ぶのは後にしてあげてくれないかな?」


「そのお話が終わったらワンちゃんとまた遊んでいいの!?」


 キラキラした目で私を見つめる子どもたち……。

 やめてくれと目で訴えているガルー……。


「……うん! 遊んでいいよ!」


 ごめん、ガルー!

 子どもたちがあまりに期待してるから、ダメとは言えなかったの……!


 後で遊んでいいと言われて、素直にガルーから離れる子どもたち。

 ガルーはブルブルと身震いした後、甘えるように私の脚に体を擦りつけてくる。


「まあ、この状況では致し方ないことだ……」


 ボソッとガルーがそう言ったのを聞いて、私は「ごめん、ごめん」と小さく頭を下げた。


「ワンちゃんをびっくりさせてしまってすまないねぇ……。話はこちらの応接室(おうせつしつ)でしよう。こっちには子どもたちはいないから、安心してくれたまえ」


 応接室の真ん中にはテーブルを挟んで2つのソファーが置かれている。

 そのソファーの1つに腰掛けると、ぐったりしたガルーが私の隣に、おじさんはテーブルを挟んで向こう側にあるソファーに座った。


「この応接室以外は私の家に避難してきた人たちでいっぱいでね。今はお茶を出すことも出来なくて申し訳ない」


「いえいえ、お構いなく……!」


「そういえば、自己紹介もまだだったか。私はゴルドン・ビッグフィールド。この村で一番広い土地を持つ小麦農家であり……村長もやっていたりする。まあ、土地も役職も代々受け継いできたもので、私の努力で手に入れたものではないんだがね」


 村一番の小麦農家で村長……!

 やっぱり豪邸には、それに見合うビッグな人が住んでいるんだ!


「さて、君たちのことを根掘り葉掘り聞くつもりはないが、お名前くらいは聞かせてくれるかな?」


「あっ、私はセフィラでこっちの黒柴はガルーと言います!」


 そう自己紹介すると、ガルーが「えっ!?」と言わんばかりにこっちを見る。

 ……思いっ切り本名を名乗ったからだ!

 私の名前はともかく、ガルーの名前は神獣として轟いているもん!


「はははっ、犬に神獣様の名前を付ける人は本当に多いね。この村にもガルーという犬が何匹もいるよ。みんなたくさんエサを与えられてコロコロと丸くなってるから、伝わっている神獣様の姿とは似ても似つかないけど……こちらのガルー君はなかなか凛々しくて、神獣様に似ているかもしれないね」


「フゥゥゥ……!」


 ガルーが嬉しそうに鼻を鳴らす。

 凛々しいと言われてまんざらでもないんだ。


「あの、それでこの村に一体何が起こっているんでしょうか?」


「そうだそうだ、本題はそれだったね。……君はアンデッドという恐ろしいモンスターを知っているかな?」


 おじさん改めゴルドンさんはそう切り出した。

 その質問に私は胸を張って答えた。


「はい! モンスターの話は得意分野ですっ!」

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