第4話 美味しいパンを求めて!
王都を飛び出して周りに人も建物もない平野に来ると、ガルーはぐんぐんと走るスピードを上げる!
「ハハハッ! どうだ、セフィラ! 我の脚力はまったく衰えていないだろう? 戦争が終わりノーレイ大樹海の守護を命じられた後も、我は森の中を駆け回って自らの肉体を鍛えておったのだ!」
「ガルーはすごいですね……! 私はこんなスピード久しぶりだから、ガルーに捕まっているのがやっとで、おしゃべるするのも大変です……! というか、昔より速くなってませんか!?」
「ふむ、そうかもしれんな! フハハハハハハッ!」
機嫌を良くしたガルーはさらにスピードを上げる。
こ、このままでは私が背中から吹っ飛ばされちゃうかも……!
何か真面目な話をして、ガルーに走ることより考えることを優先させないと!
「そ、そうだ……! 助けてもらうためにガルーを呼んだ私が言うのもなんですが、勝手にノーレイ大樹海の守護をやめてしまって問題はないんでしょうか……?」
「おお、そのことか! 無論、問題はない! かつては兵器モンスターであふれていた森だったが、我が時間をかけてそいつらを狩り、その根源たる魔造結晶もすべて破壊した。もはや危険度は通常のモンスターが棲息しているそこらの森林と変わらんだろう」
「おおっ、流石はガルーですね! 会えなかった1年間でそれほどのことを……!」
私はこの1年何をしていただろう?
そう思った時、浮かんでくるのは体が弱っていっても笑顔を絶やさなかった勇者様の顔――。
「……ごめんなさい、ガルー。勇者様のお葬式に呼ぶことが出来なくって……最期のお別れが出来なくって……。本当に突然のことで、ノーレイ大樹海まで連絡が間に合わなかったんです……。召喚魔法で呼ぼうとも思ったんですけど、その時は上手くいかなくって……」
「召喚魔法は我にも使えない高度な魔法だ。精神が不安定な状態で発動出来ないのは当然のこと。気にするな、セフィラ。グラストロとは戦いの中で十分に語り合った。それにあいつは案外カッコつけだからな! 死ぬ間際の自分の姿など、我に見せたくなかったかもしれん! ハハハハハッ!」
ガルーが私にとても気を使ってくれているのが伝わる……。
本当に本当に優しい子なんだ。
「ありがとう、ガルー。これからはずっと一緒にいようね」
ガルーの大きな背中に抱き着くと、ガルーの足取りがスキップのように跳ね始める。
「うむ! 我もその……セフィラと一緒にいられると嬉しい……ぞ! 1年間も会えなかったのだからな……! フッ、フフフフフ……ッ! グラストロのためにも、共に戦った戦士たちのためにも、これからは我がセフィラを守っていく!」
「頼りにしてます! でも、守られるばかりじゃ神獣の契約者の名がすたる! 一緒に戦ったみんなみたいに、私も筋肉をムキムキに鍛えて見たいです!」
「……う~む、そうだな。ムキムキのセフィラか……。我、ちょっと反対かもしれんな」
「え、そうですか?」
「そう……。セフィラは今のままでいいと思うぞ」
なぜか反応が悪いガルーと話をしながら走ること数時間――。
夕暮れのオレンジが大地を照らし始める頃、フラウ村の周囲に広がる小麦畑にやってきた!
「これが王国最大の小麦畑……!」
目の前に広がる景色のほとんどが黄金色の小麦だ!
すっごく感動すると同時に、妙な違和感を覚える。
すでに収穫してもよさそうなくらい実っているのに、ほぼすべての小麦が手つかずのまま……。
中には虫や動物に食われたり、枯れてしまっている小麦も見かける。
「何だか手入れが行き届いてないように見えませんか?」
「我も同意見だ。収穫を前にして何か大きな問題が起こったとしか思えん。戦時中も国民の胃袋を支え続けた小麦畑が、放置されるほどの問題がな……」
「これは村に急いだ方がよさそうですね!」
ガルーは小麦畑に挟まれた道を駆け抜けてフラウ村へ急ぐ。
まずは村に住んでいる人に話を聞かないと……!
「……セフィラ。こんな時にあれだが、我は森の守護をしている間に、ある特技を身につけたのだ。村に入いる前にぜひ見てほしい」
「はい……?」
こんな時に新しい特技を……?
思わず困惑の声が口から飛び出した。
でも、あのガルーが真剣な声で言っているんだ。
きっととてもすごくて、これからの旅に役立つ特技に違いない!
「わかりました! ぜひ見せてください、ガルーの新しい特技を!」
「フフフ……! この時を待っていた!」
村の手前で足を止めたガルーに、「背中から降りるのだ」と言われて素直にそうする。
「覚悟して見るのだぞ、セフィラ。あまりに驚愕し、腰を抜かして尻を打ちつけぬようにな!」
「は、はい……!」
さらに期待を煽ってくるとは……。
一体どんな特技が飛び出すのか……!?
「刮目せよ、神獣ガルーの新たなる姿を!」
その瞬間、ガルーの体が一瞬ピカッと光った。
思わず目を閉じ、次に目を開けた瞬間……!
私の前に黒い柴犬がちょこんとお座りしていた!!
「も、もしかして……あなたがガルー!?」
「その通りだ! この愛らしい黒い犬こそ、我が手に入れた新たな姿なのだ! もちろん、元の姿にはいつでも戻れるから心配無用!」
元のガルーの毛は黒一色だったけど、黒柴のガルーは白い毛や薄い黄色の毛も混じっている。
特に目の上にある黄色い毛は、まんまる眉毛みたいで超チャーミング!
体のサイズも中型犬そのもので、頭までの高さがちょうど私の腰くらいだ。
顔立ちやしっぽをぶんぶん振り回す癖にガルーの面影があるけど、普通の人は絶対に今の姿を見てガルーだと判断出来ないと思う。
それくらい大きく姿を変えるすごい特技なのはわかったけど……一体何のためにこの特技を覚えたんだろう?
どうしても気になって、ガルーに直接聞いてみた。
「ガルーはどうしてこの特技を覚えたんですか? 確かにすっごくかわいい姿だと思いますけど……体が小さくなった分、戦う力は弱くなってしまうのでは?」
「フッフッフッ! それが何故だか当ててみるのだ!」
ガルーはそう言って、小さくなった体でじゃれついてくる。
この大きさなら体をすりすりされても私が倒されることはないし、全身をくまなく撫でてあげることが出来る。
さらにはガルーを抱っこして持ち上げることだって出来るんだ!
「ハッ……わかりました! 私がガルーをなでなでしたり、遊んだりしやすいように小さな体になる特技を覚えたんですね!」
「その通り……って違う! 確かにこの体ならセフィラと触れ合いやすいし、それもとっても大事なことではあるが……違うのだ! 断じて違うっ! 前々から普通の犬のようにセフィラと遊びたかったのは事実だが……」
「では、この特技を覚えた本当の理由は何ですか? 私、知りたいです!」
ぶつぶつ言っていたガルーの話をさえぎるように質問すると、何故かガルーはホッとした表情で語り始めた。
「本来の我の恵まれた肉体は確かに強く、気高く、美しいが……時にその大きさが仇となる場面もあった。狭所では戦いにくく、身を隠す場所には困り、何より我をよく知らぬ人々から恐れられた。それもそのはず、元の姿は神獣というより真っ黒な化け犬にしか見えんからな」
「話をすればガルーがいい子だって誰にでもわかると思うのですが、そもそも人の言葉を話せること自体ビックリされますからね……」
「ゆえにこの姿が必要なのだ。見よ! この愛らしいフォルム!」
ガルーはその場にぺたんとお座りする。
そして、丸い瞳でこっちを見つめながら、舌を出してニコッと笑顔を見せつける。
「か、かわいいいいいいいいいいいいっ!! よーしよしよしっ!」
ガバッとガルーに抱き着き、頭を全力でなでなでする!
普段のガルーはカッコかわいいけど、今のガルーはひたすらかわいい!
「フハハー! これならばどこへ行っても恐れられることはない! あまりにも愛らし過ぎて騒がれることはあってもな!」
「ガルーはこれから向かうフラウ村の人たちのことを想って、先にこの姿を見せたかったんですね!」
「うむ、その通りだ! 何か問題を抱えているかもしれぬ村人たちを驚かせては悪いからな。まずはこの姿で様子を見て、状況に応じて元の姿を見せることにする」
「流石ガルーは優しい神獣です……! 私、感動しました! わしゃわしゃわしゃ~!」
仰向けに寝転んだガルーのお腹をわしわし撫でる。
体をバタバタさせて喜ぶ姿は本当に普通の犬のよう!
演技も完璧なんて、やっぱりガルーはすごい!
「あっ! そろそろフラウ村に急ぎましょう」
「もう少し撫でて……いや、そうだなっ!」
トランクを自分の手で持ち、黒柴になったガルーと並んで歩く。
もうすぐフラウ村に到着だ!