第35話 偉大なる原種
セフィラとシャロは顔を見合わせた後、慌てて口と鼻を手で覆った。
「つ、つまり……私たちもそのうち、涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになっちゃうってことですか!?」
「でも、セフィラ様は聖なる魔力でなんとかできそうですよね……? あわわわっ、私だけ無防備ってことに……!」
慌てる二人に対して、ガルーは堂々としたものだ。
根拠はないが、冥府の番犬たるもの花粉ごときには負けない自信があった。
そして、ムニャーはそもそもアレルギーがなんなのかわかっていない。
きょとんとした顔で、セフィラたちを見つめてる。
「まあまあ! そう慌てなさんなって、お嬢さんたち」
「慌てるような言い方をしたのは、ラカタンさんですよね?」
セフィラは不満げな表情でラカタンを見つめる。
「あはは……! ちょっと深刻に語りすぎてもうたかな……。でも、嘘は言ってないで! 今この瞬間もバナンバタウン全体に花粉は舞ってるし、これを対策もなしに三日も吸ってれば、アレルギーの初期症状が出てくるはずや」
「だから、この街に来る旅人が減っている……? いえ、それなら旅人どころか、街に住んでいる人たちも避難しないと危険なはず……」
シャロが述べた疑問を、セフィラも考えていた。
そして、一足先に結論にたどり着いた。
「昔からこの街に住んでいる人たちは、バナンバ原種の花粉への耐性を獲得している。さらには外部からこの街に来た人にも、耐性を獲得させる手段がある。でも、その手段が今は使えなくなって、人が寄り付かなくなってしまった……ですよね?」
「正解や、流石は勇者の娘さん! バナンバ原種の花粉への耐性をつけるには、他でもないバナンバ原種のバナナを食えばええ! この街で栽培されているバナナの元となった品種であるバナンバ原種は、すさまじい栄養を秘めとってな。一本食べれば花粉への耐性を通り越して、一年間はあらゆる病気に強くなるとまで言われとる」
バナナの花粉に対抗するためには、同じ品種のバナナを食べればいい。
構図としては、とてもシンプルである。
「だから、プラタノ原生林へ街の若者たちがバナナを取りに行く儀式……ってか、祭りみたいなのが毎年行われとるわけや。ただ、今年はプラタノ原生林に本来はいないはずのごっつ強いモンスターが現れてな……。儀式は大失敗、死人は出えへんかったけど怪我人続出。もちろん、原種のバナナは手に入ってないんや」
ここまで聞けば、シャロにも事情がわかった。
ラカタンの言う強大なモンスターを倒し、目当てのバナナを持ち帰るために、オデットはやってきたのだと。
「セフィラ様、私たちがやるべきことは要するに……バナナ狩り!」
「はい! オデコさんがこの街に帰ってくる前に、私たちでモンスターを倒してバナナを持ち帰り、みんなで美味しくいただけばいいってことですね!」
たくさんバナナを持ち帰って保存しておけば、街にやってきた旅人たちに振る舞える。
そうすれば、いろんな人がアレルギーを気にせずに、この街で活動することができる。
「今は街のバナナ農園がちょうど出荷の季節や。でも、バナナを各地に運ぶ輸送馬車すら、花粉を恐れて集まりが悪い。一日でも早く問題を解決できる可能性があるんなら、ギルドマスターの特権であんたらにこの大仕事を任せてもええで!」
本来ならばギルドに来た仕事を部外者に流すことはできない。
しかし、仕事の内容によっては外部の専門家の力や知恵を借りる場合もある。
そういった時に使う特例を、セフィラたちに適用すればルール上は問題ない。
もちろん、セフィラとガルーがオデットによって身元が保証されているというのも大きい。
(ふふふっ、ラカタンさんが話のわかる人で良かったです! オデコさんは山の向こうのフラウ村まで子どもたちを届けて、そこからさらに各地へ子どもたちを帰す調整をしないといけないはず。でも、フラウ村はバナンバと違って、まだ冒険者ギルドが完成していない……!)
バナンバタウンでは、山を下りた子どもたちをすぐにギルドに預けることができた。
そこから各地の事情に詳しい冒険者の手によって、故郷まで送り届けられることだろう。
しかし、フラウ村はまだ冒険者ギルドの設置が決まった段階で、体制は整っていない。
それだけ引き継ぎにも時間がかかることが予想される。
(オデコさんでも一週間、場合によってはそれ以上に時間がかかってもおかしくない。それだけ時間があれば、私たちでバナンバタウンの危機を救うことはできますっ!)
頭の中でそう結論付けたセフィラは、笑顔でラカタンの提案に乗っかる。
「その大仕事、私たちに任せてください! モンスター退治なら自信があります!」
「よっしゃ! 神獣様のお力があれば、こっちも安心できるわ! じゃあ、ウチは今日中に片付けなあかん仕事を今のうちに片付けるし、詳細な仕事の話は行きつけの店で晩メシでも食いながら――」
――その時、ギギッとギルドの玄関扉がきしみながら開いた。
「そのディナー、私も混ぜてくれるんだよね?」
セフィラたちは反射的に振り返る。
そこにいたのは……オデット・ココニャツ!
「そんな……早すぎます……!」
驚きながらも、セフィラは改めて思い出していた。
この人――オデットは病的なまでの仕事人間だということを……。




