第32話 ギルドの受付嬢
「ぬおおっ……! 濃厚なミルクの風味とバニラの香りが、爽やかな風のように口の中を駆け抜ける! ミルクチョコを超える甘みとバナナが混ざれば、それはもはや噛み締めるバナナ・オレ! 三種のチョコバナナ、どれも甲乙つけがたい美味さだったぞ!」
ホワイトチョコバナナを食べ終えたガルーが、味のレビューを締めくくる。
私とシャロさん、ムニャーもクレープを食べ終えたから、ついに冒険者ギルドに行ける!
「予定より遅い時間に到着することになりますけど、この大通りの人の数を見ている感じ、冒険者ギルドもそんなに混んでいない気がしますね」
バナンバの街中を行きかう人は、想像よりも少ない。
チョコバナナ屋さんとクレープ屋さんが言っていた通り、街の外から来る人が減っている……ということかも。
まっ、そこらへんの事情も冒険者ギルドで聞けばいい。
ギルドとはたくさんの情報が集まる場所。
拠点を構えている街の異変について、知らないなんてことはないはずだもん!
◇ ◇ ◇
「ここがバナンバの冒険者ギルドですね……ゴクゴク」
道中の出店で買ったビン入りバナナ・オレを片手に歩くこと数分――。
出店が立ち並ぶエリアを抜けた先、住宅と商店がまばらに立ち並ぶ通りの中に、冒険者ギルドの建物はあった。
「ふむ、それなりに発展したバナンバのギルドとなれば、もっと新しくて立派な建物を想像していたが……外観は大衆向けのバーか喫茶店のようにも見えるな」
ガルーの言う通り、バナンバ支部の建物は歴史を感じさせる木造建築だ。
深みのある木の色には温かみもあるけど、戦争の後に生まれた新しい組織である冒険者ギルドの支部にしては……古臭さを感じるかも。
「おそらくは元々あった建物を、ギルドの支部として再利用しているのだろう。外観は少々古臭くとも、働いている人間がまともならば問題はなかろう」
「そうですね。特に混雑もしていないようですし、早速中に入りましょう!」
入り口のドアノブをひねるとギギッ、ドアを引くとギーッと木がきしむ音がする。
さらにはドアに取り付けられたベルが、カランカランと来客を知らせるように鳴った。
「あいよ~、らっしゃっせ~」
入り口から見て右の壁際にある受付カウンターの中から、奇抜な髪色のお姉さんが応えた。
彼女はこちらを見ることもなく、手元の書類を読み続けている。
こ、個性的な接客態度だ……!
「……なんや、一見さんか。こんな時に珍しい」
困惑している空気を感じ取ったのか、お姉さんは顔を上げてこっちを見た。
年齢は二十代後半くらいかな……?
体はほとんどカウンターに隠れているけど、見えている上半身と腕だけでも、かなりガッチリした体格なのがわかる。
仕事中とは思えない気だるげな表情は大人としてどうなのかなと思う一方で、そのアンニュイな雰囲気には大人っぽさを感じるから、とっても不思議な……。
いや、一番不思議なのは雰囲気とかじゃなくって髪色だっ!
胸のあたりまで伸びたロングヘアーの頭頂部は茶色、毛先は黄緑色、それ以外は鮮やかな黄色になっている!
それはまるで……食べごろのバナナの色!
バナナの名産地バナンバにはあまりにもお似合いの髪色だけど、これは染めているのかな、それとも地毛なのかな?
くぅ~……気になるぅ~!
「お客さんはガキンチョが二人と、かわいいワンコとニャンコ……おおっ!? なんやでっかいニャンコやなぁ! ちょっと撫でさせてぇな~」
カウンターをひょいと飛び越え、お姉さんはムニャーに駆け寄る。
「にひひひっ……モフモフやなぁ! でっかい体してるのに、子猫みたいでかわええわ!」
「むにゃ~!」
頭や喉元、背中を撫でられてムニャー満足そうに喉を鳴らす。
初対面の大人相手に、ムニャーが警戒する素振りも見せないなんて……!
「おおっ! こっちのワンコはちっこいのに男前やなぁ~。狼みたいな顔しとるやん!」
お姉さんの興味の対象はガルーに移った。
頭をわしゃわしゃと撫でられたガルーは……子犬のようにしっぽを振って喜んでいる!
黒柴犬の状態でもカッコいいと言われて、まんざらでもない気分なんだろうなぁ~。
「んで、こっちのガキンチョは……お?」
シャロさんの顔をググッと間近で覗き込み、お姉さんは首をかしげる。
「よく見たらガキンチョやなくて、ベビーフェイスなお姉ちゃんか! いやぁ、あまりにもかわいくって若々しいから、勘違いしてもうたわ! すまん、すまん!」
「えっ、私ちゃんと大人の女に見えましたか……!?」
顔を輝かせ、女性に問い返すシャロさん。
「うんうん! よ~く見たら大人のお姉さんやったわ!」
「お、大人のお姉さんなんて言われたの、初めてかもっ……!」
普段から子ども扱いされてきたシャロさんは、大人だと言われるのが嬉しいんだ。
このお姉さん……もしかして、相手が言ってほしいことを見抜く能力がある!?
「最後にこっちのガキンチョは……っと」
お姉さんが私の目を真っすぐに見据える。
夏の青空のような澄んだ水色の瞳には、やっぱり心を見抜く力が……!
「……ぷっ、あははっ! こっちは本物のガキンチョやな!」
「は……?」
お姉さんは心底楽しそうに笑う。
確かに私はガキンチョだし、子ども扱いされて怒るほど、大人に憧れているわけでもない。
でも、でも……なんかムッとする~!
「確かに私はまだ8歳のガキンチョですけど、ただのガキンチョではありません! セフィラ・ローリエっていう立派な名前もあります!」
「ローリエ……勇者グラストロと同じ家名やな。確か勇者には幼い養子が一人いたはず。ふぅん、はぁん、なるほどなぁ~! あんたらがここに来た目的はオデットやな?」
おおっ、図星……!
やっぱりこのお姉さん、ただものじゃない!?




